白い手、ヒラヒラ
「白土、ウザいんだけど」
気がついたら、結構そんなことを言われる性格だった。
もう人生26年も経験すれば、性格矯正なんて、とんと無理な話で、なら、ウザイ俺でも付き合ってくれる人と付き合えばいいじゃん、って感じに厚顔無恥だけが広がっていく。
「白土、ウザっ!」
相も変わらずそう言われたのは、飲み会での席。
隣に座ってた大島にチョッカイかけていたら、斜向かいからチョッカイかけてもいないのに、おばさんがつっかかってきた。
既婚、子持ち、40代。
ノンキャリだけど、仕事は出きるおばさんは、ウザイ俺が大嫌い。
多分、
「白髪増えました?」
なんて産休あけに言っちまったのが原因。新卒2年目だった若僧の言葉を未だに引きずっているおばちゃん。
逆鱗に触れたんだろうけど、いい加減、そろそろ忘れてくれてもいいのに、年をおう事に俺へのあたりは強くなる。
もう仕事でも、俺の方が上の仕事で、その補助なんだってこと、気づいてもいいだろうに。
今度言われたら、「更年期ですか?」って、間違いなく言いそう。いや、言うね。
ピリピリしてるおばちゃんを無視しようとしたとき、
「戸田さん、どうぞ」
と酌に現れたのが、今度入ってきた契約社員の女の子。
と言っても、女々してない彼女は、意外にもおばさんのお気に入りだ。
「ちとせちゃん、あんな馬鹿には引っかからないでね」
余計なお世話だ、ババァ。
俺がニコニコしながら西脇にわざと手を振ると、西脇は俺を見て、苦笑い。
あ、返してはくれないのね。
彼女も俺のこと、嫌いなんだろうな。別にいいけど。
そう思ってたのに。
一次会終わりの帰り際、
「すいません、さっきは手振らなくて」
と、西脇が謝ってきた。
ウザイのは俺なのに。
謝られるなんて初めての経験で、キョトンとする俺に、西脇は申し訳なさそうな顔で、
「戸田さん、悪い人じゃないんですけどね」
と付け加えた。
あぁ、手を振らなかったのは、おばさんの手前でか。
「やっぱりおばさんの目は怖いもんね」
「そうじゃなくて、私が白土さんに甘くすると、もっと戸田さんが怒るからです」
コムキになって訂正された。
(この子、自分の中に確固とした正義があるんだな)
俺がおばさんに言われないように気を遣ったことを、自分の保身と勘違いされたくなかったらしい。
わざわざ俺に訂正することか、それ?
ちょっと頑固ちゃんなのか、と思った。
「じゃあ、今度、手振ったら振ってくれる?」
「時と場合によりますが」
それは約束にもならない約束だった。
☆☆☆
昼休み、食堂から戻ろうとしたら、売店に西脇がいた。脇には仲良く彼女の弁当仲間の花川と酒田。
俺は三人を見て、思わずいたずら心が湧いてくる。
三人が俺に気づく。
ヒラヒラと手を振る。
花川が嫌そうな顔をした。
酒田はちょっと困った顔。
そして西脇は、呆れた顔をしながら、手を振り返してくれた。
ヒラヒラと。小さな手で。
「あんた、何で手、ふりかえしてんの?」
花川の呆れた声が聞こえたが、俺は何も言わずに職場に戻る。
花川の反応が普通。
だって、俺、そういう対応しか彼女たちにはしてないし。
だから、西脇の反応はちょっとおかしい。
その時は、それだけ思った。
☆☆☆
「浅間さんと付き合うことになりました」
盆明けに、西脇にそう言われたのは、トイレの帰り道の廊下。
「あ、そう。すごいね、ちとせちゃん。さすが肉食!」
そう皮肉って笑ったのに、西脇は幸せそうに笑うだけだ。
「ありがとうございますね、白土さん」
「別に俺は飲み会、セッティングしただけだし」
その飲み会でまさかお持ち帰り強行が成功するとは思わなかったけど。
彼女は無事、自分の大好きだった先輩社員を射止めたらしい。
「ま、良かったね」
興味なさげに俺がそう言い、手を振って部屋に戻ろうとすると、西脇が小さく手をヒラヒラさせた。
「振り返す必要なんて今、ないじゃん?」
俺は退散の合図で手を振っただけなのに。
それでも西脇は会った時から変わらない融通のきかない顔で言う。
「だって出来る限り、手は振るって約束しましたよ?」
時と場合によるって言わなかったっけ?
俺はもう顔を背けて歩き始めた。
(あの子だけだったよなぁ)
ウザイとも言わず、自分にもきちんと接してくれる女の子。
さっき振った手を後頭部にまわし、ガシガシと頭を掻き回す。
色んな意味で後悔した。
何になんて聞くな。
ただ、手を振り返してくれる彼女が、他より珍しかっただけ。
そう思い込んで、俺は職場にいつもより早足で戻った。
白い手が小さくヒラヒラ振れるのを、もっとしっかり、意識して見ておけば良かった。
読んでくださって、ありがとうございました。