とんでもない婚約者と別れて、初恋の人を手に入れたら王女が殺されました。
フェリオスの事が好き。
お日様みたいに、キラキラしている金髪が好き。
その夏の日差しみたいな笑顔が好き。
大好き。
アイリーナ・マルド公爵令嬢はまだ12歳の幼い令嬢だ。
だけれども、恋する気持ちはあって、ずっとフェリオスという男性の事が大好きだった。
フェリオス・アラウド伯爵令息。歳は20歳。
マルド公爵は王国で騎士団長を務めており、領地経営はもっぱら、後妻であるマルド公爵夫人が行っていた。
父は、時々、騎士団員数人を王都にあるマルド公爵家に招待して、自宅で酒を飲んだりしていたのだが、その中にフェリオスがいたのだ。
彼が来るたびに、胸がときめいて、ドキドキして。
初恋だった。
金の髪に青い瞳のアイリーナ。
大きくなったら絶対に美人になるとアイリーナ自身信じていた。
今はまだ子供だけれども。
フェリオスと結婚したい。
フェリオスの奥様になりたい。
ただ、今は、父と他の騎士団員達と廊下を歩くフェリオスを見るしか出来ないアイリーナ。
そんなとある日、アイリーナに婚約話が持ち上がったのだ。
まだ12歳なのに。
名門マルド公爵家の令嬢として、父がアシェル公爵と仲が良く、政略でこの話を持って来た。
「デイル・アシェル公爵令息。アシェル公爵家の次男だ。歳はお前より二つ上の14歳。
うちに婿入りする形になる。アイリーナしか娘がいないからな。アシェル公爵家なら、家格としても釣り合うだろう」
アイリーナは父に向かって、
「わたくしはまだ12歳。婚約者を決めなくても」
「婚約は早い方がいい。でないといい家の令息は他の家と婚約を結ぶ可能性があるからな。いいな。アイリーナ」
アイリーナは泣いた。
自分はフェリオスが好きなのに。
婚約者が決まってしまった。
実母であった母は幼い頃に病で亡くなった。
後妻である今の義母は領地経営が忙しくて、王都の屋敷にはいないのだ。
義母に手紙を書こうとして、諦めた。
義母に可愛がられた覚えもなく、義母はいつも仕事に追われていた。
父は騎士団にしか興味が無く、義母に全て任せきりだったのだ。
父に連れられて王都にあるアシェル公爵家に出かけた。
アシェル公爵夫妻に出迎えられて、初めて自分の婚約者に決まったデイルに会った。
金髪碧眼、顔だけは美男のデイル、アイリーナを見るなり、あからさまに顔を歪めて、
「なんだ?こんなチビが私の婚約者。もっと胸があって、美しい女性がいい。こんな子供は嫌だ」
と酷い態度で言って来た。
アシェル公爵が慌てて、
「これこれ、デイル。婚約者に対して失礼だぞ」
「父上。正直に言ったまでです。私に子守をしろというのですか?」
「この婚約は決まった事だ。お前はマルド公爵家に婿入りする」
アシェル公爵夫人も、
「息子が酷い事を言ってごめんなさいね。まだ14歳。許してあげて頂戴」
アイリーナは、
「わたくしだって貴方なんて嫌よ。もっと大人の男の人がいいわ」
デイルが怒りだして、
「なんだって?子供のくせに生意気だぞ」
「貴方だってわたくしと二歳しか違わないじゃない」
「私はお前と違って大人だ。背だってもっと伸びるんだ」
「どこが大人よ」
頭に来た。なんでこんな失礼な男と婚約をしなきゃならないのよ。
わたくしはフェリオスの事が好きなのよ。
まだ話した事はないけれども。
父マルド公爵が、
「まぁまぁ。まだ二人とも幼い。これから大人としての付き合いを学んで行くがいい。仲良くするのだぞ」
そう言われて涙が零れる。
泣くアイリーナに向かって、デイルは、
「そんなに私が嫌なのかっ。これだから子供は嫌になる」
背を向けて行ってしまった。
アイリーナは、デイルの事が大嫌いになった。
婚約者になったのだからと、デイルが週に一度、マルド公爵家にやってくることになった。
今日はその日で、客間でデイルに応対しなければならない。
メイド達がアイリーナを着飾らせる。
桃色のリボンに桃色のドレス。
可愛らしく見えるようにと。
デイルはそんなアイリーナを見て一言。
「なんだ?その色合いは。まるで子供だな。私は大人っぽい女性が好みだ。まぁお前は子供だから仕方ないか」
酷い言われ方をした。
「私の家庭教師のミアーナは、それはもう、大人っぽくて美しい女性だ。私に身体を寄せて、色々と教えてくれる。いい匂いがするんだ。胸もあって、胸の谷間を見るとドキドキする。それに比べてお前は、胸がないじゃないか」
確かに12歳の割には胸がないかもしれない。
でも、これから大きくなるかもしれないし。
せっかく桃色のリボンに桃色のドレスを着たのに、子供だなんて言われて。
アイリーナは桃色が大好きだった。
桃色は亡くなった母が好きで、庭に桃色の花が咲くと母が幼いアイリーナに向かって指さして、
「春の花が咲いたわ。アイリーナ。綺麗ね。一緒に見ましょう」
と言って母と共に庭の花を眺めたのだ。
温かい母の手を思い出す。
だから桃色が好きだった。
それなのに、桃色を貶された。子供っぽいって。言われた。
「貴方なんて大嫌い。帰ってよっ」
「私はこの家の婿になるんだ。追い返すなんて礼儀知らずだっ」
デイルを追い返した。
二度と会いたくない。
そう思えた。
父にその事がばれて、怒られた。
「デイルを追い返すとは何事だ。公爵家の令嬢としての覚悟が足りない。デイルと上手くやれなくてどうするっ。高位貴族同士の有難い縁なのだぞ。それなのに」
「わたくしはデイルが嫌なのです。わたくしの事を子供だと馬鹿にするのです」
「後、数年もすればお前だって成長する。馬鹿にしてくるのは今だけだろう」
父と共に今日も数人の騎士団員達が屋敷に来ていた。
その中にフェリオスがいたのだ。
フェリオスが父に向かって、
「団長。お嬢様が可哀そうです」
フェリオスが庇ってくれた。
アイリーナは父に向かって、
「わたくしはフェリオスと結婚したいの。デイルなんて嫌っ」
父は怒りまくって、
「フェリオスっ。娘はまだ12歳だ。お前、手を出したのか?」
フェリオスは慌てたように、
「近くでお見掛けしたのも今日が初めてです。いくら私でも12歳の子供に手を出したりはしませんっ」
「しかしだな。アイリーナがお前がいいとっ。どういうことだ」
アイリーナは一生懸命叫んだ。
「わたくしが、ずっとフェリオスの事を見ていたの。お日様のようにキラキラして、素敵だって。わたくし、フェリオスとっ」
その時、客間の扉が開いて、義母であるマリーが立っていた。
父に向かって、
「貴方、廊下で立ち聞きしてしまったわ」
「マリーっ。お前、領地から戻って来たのか?」
「執事から手紙を貰ったわ」
「どういう手紙だ???」
「アイリーナが婚約をしたって。わたくし、知りませんでしたわ」
「お前はアイリーナの母ではないだろう。だから知らせなかった」
「相談もありませんでしたわね。貴方」
「当たり前だ。アイリーナの父は私だ。お前はアイリーナの義母でしかない」
「悲しいですわ」
義母は父に向かって、
「アイリーナを娘のように思っておりますのよ。そりゃ、仕事が忙しくて構っていませんでしたが。そのアイリーナが婚約者になったデイル・アシェル公爵令息を嫌がっていると聞きましたの。確かに相手はまだ14歳。強がる年頃ですし、大人の女性に憧れる歳かもしれません。でも、家庭教師との距離感はおかしいですわ。メイドからしっかりと報告を聞きました。家庭教師の胸がどうこうとか、わたくしは反対です。アイリーナが嫌がる男を婿に迎える事は出来ませんわ」
「しかしだな。この婚約は公爵家同士の重要な婚約で」
「婚約解消を致します。わたくしが話をつけます」
「いやいやいや、だから、聞いているか?マリー」
「わたくしは王妃様の侍女を務めた事もあります。何だったら王妃様にお頼みして間に入って頂いてもよいのですわ」
「王妃様まで引っ張り出してくるなっーーー」
義母はアイリーナに向かって、
「随分と生意気な男のようね。デイルは。安心しなさい。この婚約は解消致します。いいわね」
義母に抱き着いて、思い切り泣いた。
安堵したのだ。婚約が解消されて。
デイルとなんて絶対に結婚したくない。
良かった。
初めて、義母の事が好きになった。
マルド公爵夫妻はアイリーナを連れて、再びアシェル公爵家を訪ねた。
マルド公爵夫人である義母が、アシェル公爵夫妻に、
「アイリーナが暴言を言われましたわ。そんなデイルを婿に迎える訳にはいきません」
アシェル公爵夫人が、
「本当なの?デイル」
デイルは首を振って、
「暴言なんて言っていません。ただ、アイリーナのドレスとリボンが桃色だったので、子供っぽいと言ったまでです」
「まぁ、それだけで暴言だなんて。随分と大げさな」
義母は扇を手に、
「家庭教師の女性の方が魅力的だと言っておりましたわ。家庭教師の女性とどういう関係なのかしら?」
アシェル公爵がデイルを睨んで、
「本当なのか?そういえば、家庭教師は若い女だったな」
デイルは青くなりながら、
「いえそのあの……」
アシェル公爵は、
「誠に申し訳なかった。家庭教師の件はこちらで調べる。もし、家庭教師と関係が出来ているとしたら、婚約解消を受け入れよう」
父は頭を下げて、
「いえ、こちらこそ娘の我儘で申し訳ない」
アイリーナは、婚約解消が成立しそうだと安堵した。
デイルの言葉では家庭教師の女性と出来ている感じだったので。
結局、デイルは家庭教師のミアーナと、ベッドを一度共にした関係だと白状した。
婚約は無事に解消された。
アイリーナは義母のマリーに礼を言った。
「お義母様のお陰で婚約解消出来ました。有難うございます」
義母は笑って、
「いいのよ。普段、忙しくて貴女の傍にはいられないから。ここに嫁いできて母らしい事を何一つやってあげられなくてごめんなさいね」
ソファに座っていた父が、
「アイリーナの次の婚約者を探さないとな。さすがにフェリオスは無いだろう」
義母も、
「そうね。家格が、それに歳も離れているから」
落ち込んだ。
それはそうだ。相手は20歳。そしていまだに結婚していない。
何か問題があるのか???
父に聞いてみた。
「フェリオスは何故、いまだに結婚していないのです?」
父は笑って、
「ああ、あの男は、凄い美男だからな。ミラーナ王女様に目につけられていて、婚約が決まりそうになると妨害してくると言っていた。アラウド伯爵も困り果てていたよ。なんとかしてやりたいが、王族に睨まれる訳にはいかないからな」
ミラーナ王女は美しい物が大好きな王女様である。
歳は18歳。
周りに美しい近衛騎士達を侍らせてやりたい放題。
国王陛下も王妃様もミラーナ王女を甘やかして贅沢をさせている王女だ。
フェリオスと婚約を強行すると王家に睨まれる。
さすがにそれは出来ないことだと言う両親の言葉に納得した。
お日様のようにキラキラして綺麗なフェリオス。
アイリーナは思った。
強くあらねば、強く強く。
マルド公爵令嬢として、一人前になる事を心に強く誓った。
あれから五年経った。
アイリーナは17歳になっていた。
現在の婚約者はまた、デイル・アシェル公爵令息である。
父はアシェル公爵と仲が良い。
若い頃の過ちだからと、二年前に父も再婚約を受け入れてしまったのだ。
アイリーナはデイルの事が大嫌いだ。
それは変わらない。
デイルも反省したのかアイリーナに対して暴言も吐かず、義母マリーの元に通って、マルド公爵家の事を学んでいた。
婚約者としての交流も順調に来ていたのだ。
しかし、とある日、ぽろっとデイルは、
「マルド公爵夫人のマリー様って、大人の色気があるよな」
「そう?お義母様の優秀さを見込んで、父は再婚したと言っていたわ」
「美しいし、あの方に領地経営を習えるなんて幸せだよ」
屑だと思った。
確かに義母は美しい。
歳は35歳。
王妃様の所で侍女をした事もある位に優秀な人だ。
昔の傷を思い出す。
散々、子供だと言って馬鹿にしてきたのだ。この男は。
「確かにお義母様は歳のわりにお美しいですわね」
「そうだろう。いい匂いもするし、あ、変な関係ではないよ。通りかかるといい匂いがするんだ」
頭が痛かった。
その発言を義母マリーに相談した。
マリーは不機嫌に、
「まったくあの男は。わたくしは領地経営を教えているだけです。いずれあの男が婿入りして領地経営をするのでしょうし。彼は確かに、もの覚えも早いわ。わたくしはデイルと貴女が上手くこの公爵家を盛り立てていってくれることを願っていて教えているのよ。そんな発言をしているだなんて、気持ち悪いっ」
バッサリと斬って落とした。
父マルド公爵を呼びつけて、義母マリーは、
「わたくしは再婚約には反対だったのです。それなのに、貴方はアシェル公爵と仲がいいからって、若いから許される事だからって?あのデイルはわたくしの事を、いい匂いがするとか美人だとか、アイリーナに言ったそうですわ。あの男、年上が好きなのかしら。家庭教師の時も年上の女に誘惑されていたわよね。今度こそ、婚約解消では生ぬるい。婚約破棄して下さいませ」
猛烈に義母マリーは怒りまくった。
父マルド公爵は、
「しかしだな。これは政略。アシェル公爵との友情がっ」
「貴方、寝取られてもよろしいのですか?わたくしが襲われても?」
「いやそれは困る。私はマリーを愛しているんだ」
「口先だけでしょう。国王陛下もお気の毒に、こんな男が騎士団長じゃ、王国は真っ暗ですわね」
「そこまで言う事はないだろう?」
「でしたら、婚約破棄を。我が公爵家にデイルはふさわしくないとアシェル公爵にしっかり言ってくださいませ。よいですわね」
義母に睨まれた父は、アイリーナに向かって、
「お前はいいのか?デイルを愛しているんだろう」
「はい?寝ぼけないで下さいませ。お父様が勝手にデイルと再婚約を結んだのでしょう。わたくしが嫌だと言ったのに」
「お前が婚約話を蹴り続けていたからだ」
確かに公爵令嬢としてまずかったかもしれない。
でもどうしても婚約者を決めたくなかった。
フェリオスは現在、ミラーナ王女様の近衛騎士をしている。
五人いる美しい近衛騎士の一人として。
アイリーナは宣言した。
「わたくしは王妃様にお願いしようと思っております。フェリオス・アラウド伯爵令息をわたくしの婿に貰いたいと。王女様にお願いしても無理でしょう。お義母様は王妃様の侍女をしていたとお聞きしました」
義母は頷いて、
「確かに王妃様とはいまだに手紙のやりとりをするくらい、親しいわ。でも王妃様と国王陛下はミラーナ王女様を可愛がっているの。遅くに出来た娘だと言って。承知するかしら」
父は笑いながら、
「フェリオスが望むと思うか?案外、今の近衛騎士の立場が良いと思っているのではないのか?」
確かにそうだ。
フェリオスは昔は良くマルド公爵家に遊びに来ていた。
アイリーナ自身、フェリオスの姿を見て一方的に思いを寄せていただけだ。
彼は何を望んでいる?
でも、もし、彼が望む事があるのならば叶えてやりたい。
今の立場に満足しているの???
アイリーナはきっぱりと、
「フェリオスが、マルド公爵家の婿を嫌がるのならば、彼の事はきっぱり諦めます。ですから彼の意向を聞いてみたいと思っております」
義母は頷いて、
「そうね。まずは情報ね」
父は、
「私は反対だぞ。何もフェリオスでなくても……」
結局、デイルとは婚約解消になった。
マルド公爵夫人に対する彼が話した事を公爵に話したら、アシェル公爵は平謝りに謝って、
デイルの耳を引っ張って、
「公爵夫人に対する無礼な言葉を取り消せ、この馬鹿息子が」
「しかし、父上。公爵夫人は色気があって……」
「煩いっ。まったく恥ずかしい。我が公爵家の恥だお前は。領地で反省するがいい」
王都の屋敷から領地に送られる途中で、変…辺境騎士団にさらわれた。
彼は金髪碧眼の美男だから。
彼好みの年上美女はいないが、年上ムキムキ男達は沢山いる。
今頃は、泣いて喜んで?いるかもしれない。
アイリーナは、フェリオスに手紙を書くことにした。
― フェリオス。わたくしの事を覚えていらっしゃるでしょうか?マルド公爵家のアイリーナです。わたくしは17歳になりました。もう子供ではありません。我が公爵家に婿に来ませんか?貴方のお心を聞かせて下さいませ ―
フェリオスから直接話をしたいと、手紙が来た。
王宮の中に、貴族が利用できる図書館がある。
そこでフェリオスと会う事になった。
図書館の奥まった場所でフェリオスに会った。
フェリオスは、アイリーナに向かって、
「何故?私なんです?私はマルド公爵家の婿にふさわしい人間ではありません」
「わたくしの初恋なのです。幼い頃からの。ずっと貴方の事を思っておりました」
アイリーナはフェリオスを見上げる。
相変わらずお日様のように、キラキラしたフェリオス。
あの頃と変わらない。いえ、更に美しくなったわね。
フェリオスは首を振って、
「私は王女様の近衛騎士です。ですから、貴方の家の婿になる訳にはいきません」
「貴方はそれを望んでいるの?王女様の近衛騎士のままでいいの?」
はっきりとフェリオスに向かって、アイリーナは、
「王妃様にお願いします。貴方の事を必ず貰い受けるわ。実家のアラウド伯爵家に王女様から嫌がらせがあるというのならば、我がマルド公爵家が守ります。わたくしはもう子供じゃない。マルド公爵家の娘なのですから。いずれ、マルド公爵家を背負っていくのは、わたくしよ」
フェリオスはアイリーナに頭を下げて、
「私を助けて下さい。私は王女様から逃げ出したい」
「解りました。我がマルド公爵家の婿入りの話はどうなのかしら?」
「光栄だと思っております」
「では、貴方を貰い受ける為に、わたくしは動くわ」
「有難うございます」
アイリーナは、数日後、義母と一緒にマルガリータ王妃に面会することになった。
王妃は、マリーを見るなり、
「久しぶりね。マリー。貴女に会えて嬉しいわ」
「お久しぶりです。王妃様。ところでお願いがあるのですが」
アイリーナが頭を下げて、
「マリーの義娘のアイリーナです。ミラーナ王女様付きの近衛騎士、フェリオス・アラウド伯爵令息をわたくしの婿に貰いたいのです。どうか王妃様の力を貸して下さいませんか」
「まぁミラーナの近衛騎士を?」
「ええ、貰い受けたいのです」
「本当にミラーナは甘やかし過ぎたと思っていたのよ。結婚話も蹴って、美男ばかり侍らせて。ほら、王子、王子、王子、で王女だったでしょう。女の子は別の可愛さがあって、国王陛下も、王子達も皆、ミラーナを甘やかしたのよ。我儘に育ってしまって。いいわよ。わたくしの責任を持って、フェリオス・アラウド伯爵令息を自由に致します。それでよろしいかしら」
「有難うございます」
アイリーナは礼を言った。
義母マリーは、
「王妃様。感謝致します」
王妃は微笑んで、
「貴女の頼みでは断れないわ。貴女が侍女でいて、わたくし色々と助かっていたのよ。貴女が辞めた時は寂しかったわ。時々、顔を見せて頂戴ね」
「ええ、わたくしも王妃様とまたお茶したいですわ」
義母のお陰で、フェリオスが婿に来ることになって嬉しかった。
長年の想いがやっと叶ったのだ。
フェリオスが王宮から、マルド公爵家に挨拶に来た。
「お陰様で、王女様から自由になれました。有難うございます」
アイリーナは嬉しかった。やっとフェリオスと婚約できるのだ。
父はため息をついて、
「フェリオスか……まぁ仕方ないか」
義母は微笑みながら、
「アイリーナの初恋が実ってよかったわ。これからよろしくお願いするわね」
フェリオスは頭を下げて、
「こちらこそよろしくお願いします」
フェリオスはマルド公爵家に住み込んで、義母に領地経営を習った。
アイリーナとも交流を深めて行った。
フェリオスと共に、公爵家の庭を歩く。
「わたくし、貴方と婚約出来てとても幸せだわ」
「私もです。私を助けて下さって有難うございます」
「あら、手の甲に傷があるのね」
「私の身体は傷だらけなのです。あまり気にしないで下さい」
「そうなの」
あまり触れてほしくなさそうだったから触れなかったけれども、いいの?
このまま気にしなくていいの?
秋が深まる頃、ミラーナ王女殿下が亡くなった。
身体の具合が悪くなってあっけなく……
王宮に行っていた父がフェリオスに話があると言って、アイリーナと義母マリーも同席した。
父はフェリオスに、
「王女様の身体から毒が検出された。長年に渡って、毒を盛られていたと。毒見はいたはずだ。お前達、近衛騎士達が毒見をしていたんだったな」
「はい。毒見をしておりました。別に食事に異常はありませんでした」
「私は騎士団長として、調べるように言われている」
「知りません。身に覚えはありません」
「まぁいい。毒が検出された事は医師に口止めしてある。医師の身内も、王女様に強引に近衛騎士をやらされていたとかで、国王陛下に毒の事を申し出ようかと悩んでいると私に相談があった」
アイリーナは思った。
ああ、もしかしてフェリオスが??王女様を殺したと言うの?
父はフェリオスを疑っている。
やっと叶った初恋だというのに。
義母マリーが、
「知らないと言うのだから、良いのではなくて?王女様は病死した。それで片付ければよいでしょう」
父は渋々頷いて、
「恨みを買っていただろうからな。王女様は。仕方あるまい」
雨が降っている。
冷たい雨が……
フェリオスと二人きりで、話をした。
窓に叩きつける雨を見てから、アイリーナはソファに座り、
「フェリオス。わたくしは貴方の事がずっと好き。正直に話して貰えないかしら」
フェリオスは頷いて、
「皆で、毒を盛っておりました。王女様の食事に。王女様は気に入らないと、鞭で私達を平気で叩きました。奴隷のような日々で辛かった。仲間の一人は会いに来た妹が無礼を働いたとかで王女様に殺されました。事故として処理されましたが。
だから……私達は王女様の食事に毎日、毒を……私のような男は婿になる資格はないですよね……」
「その傷はむち打ちの傷だったのね」
アイリーナは手の甲の傷に手を添えて、そっと撫でた。
フェリオスは頷いて、
「身体中に傷があります。仲間達も同様です。皆で、毒を入れながら、早くこの辛い日々が終わるように願っておりました。国王陛下も王妃殿下も、王太子殿下も王子達も皆、可愛い娘、妹だと王女様を可愛がっていて。何が可愛いだ。あの女は悪魔だ」
「辛かったわね。これからはわたくしが貴方を守るわ。わたくしはもう子供じゃない。いいわね?」
「有難うございます。アイリーナ様」
フェリオスを抱き締めた。
この日も冷たい雨が降って、暗い一日だった。
そんな中、ミラーナ王女殿下の葬儀が行われた。
皆、悲しんでいる。
愛らしい王女殿下が病で亡くなったのだ。
アイリーナも両親と共に出席した。
貴族達が皆、俯いていかにも悲しいと言う顔をしている。
アイリーナも両親と共に、いかにも悲しいという顔をした。
それが貴族として、公爵家の令嬢としての生き方なのだから。
二年後に、フェリオスと結婚をした。
結婚式の前の日に、父に感謝するよりも、義母に感謝した。
「お義母様のお陰で今日があります。有難うございます」
「貴女は大切なわたくしの娘よ。どうか幸せになって頂戴ね」
義母に抱き締められた。
幸せだった。
父が抱き締めて来ようとしたが、
「お父様は結構です」
とぷいと横を向いておいた。
色々とあった。
教会で皆に、祝われながら、過去を振り返る。
キラキラ光った初恋は、キラキラ光ったままでいられないとアイリーナは思った。
初恋の相手は傷だらけだった。王女を恨み、仲間と共に毒を盛っていた。
王女を殺していたのだ。
でも、自分はフェリオスの手を決して離さない。
フェリオスに向かって微笑みかければ、フェリオスは微笑み返してくれた。
これから何があるか解らない。
でも、彼と共に歩んで行こうと決意を新たにするアイリーナであった。




