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愛執の融点  作者: ぷくろ
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しあわせな窒息

じくり、と首筋を焼くような痛みが走り、るいは重い瞼をゆっくりと持ち上げた

 

視界はぼやけていて、頭の奥でガンガンと鈍い頭痛がする。口の中には、鉄を舐めたような血の味が広がっている


ピントの合わない目を何度か瞬きさせると、仄暗い視界の先に見慣れたシルエットが浮かび上がった


「…かなた」


擦り切れたひどく情けない声が出た

ベッドの傍らに立つかなたは何も答えない


どれだけ泣いて喚いても許しを請うても逆に愛を囁いても彼はただその漆黒の瞳でおれをじっと見下ろすだけ


部屋の中は時計の秒針が時を刻む音に自分の荒い呼吸音だけが響いている。。外の光は一切差し込まない。窓枠には分厚い遮光カーテンが引かれてその上から厳重に板が打ち付けられているからだ


今が昼なのか夜なのか今日が何月何日なのかすらもうずっと前から分からない


ぎしり、とベッドの軋む音がして、かなたの体重がマットレスに沈み込むのを感じた。

冷たい空気が揺れて、かなたの体温が近づいてくる

無意識にビクリと肩を震わせてシーツを握りしめる。怖い。逃げたい。でも逃げられない。


かなたの冷たい指先がるいの赤く腫れ上がった首筋を慈しむように優しく触れた


ついさっきまで、その手でおれの首を容赦なく締め上げてたというのに!


「痛い、かなた、痛いよ」


思わず涙がこぼれ落ちる。

かなたの指が首の痣をなぞるたびに先ほどの恐怖と痛みが鮮明に蘇ってくる



数時間前、るいはほんの少しだけ部屋のドアノブに触れてしまった


別に外に出ようと思ったわけじゃない

ただドアの向こう側で微かに聞こえた物音が気になってふらふらと引き寄せられてしまっただけ


しかしそれを見たかなたの態度は豹変した


背後から強い力で腕を引かれ床に叩きつけられた。肺から空気が弾き出されて、咳き込む間もなくかなたの重い体がのしかかってきた


そして両手でるいの首を絞め上げ始めた


かなたの瞳からは一切の感情が抜け落ちていた。怒りでもなく、悲しみでもなく、

異常な執着だけが、どろどろに渦巻いていた


爪が皮膚に食い込み気道が完全に塞がれる。るいの両手は必死にかなたの腕を掴み抵抗しようとしたが、圧倒的な力の差の前では無意味だった


ごめんなさい、かなた、ごめん


声にならない声で謝り続け視界が白く明滅し、完全に意識が途切れる直前

かなたはふっと手を離した


いつもそうだ。かなたは、おれを絶対に殺してくれやしない。おれがギリギリで命を繋ぎ止め、彼なしでは息をすることすらままならないと骨の髄まで思い知らされたところで必ず暴力をやめる


そして意識を取り戻したおれに対して今のように甘く、とろけるような愛を与えるのだ


「…んっ、」


首筋をなぞっていたかなたの指が、今度はおれの頬を優しく撫でた。涙を拭い去るように何度も何度も


そのひんやりとした指先の感触に心臓がドクンと大きく跳ねる。

かなたはおれをちゃんと愛してる


歪んでいるし狂っている


でもこの暴力は、彼の不器用な愛情表現

おれが悪い子だったからかなたは怒っただけ。


おれがこの部屋で大人しく彼だけを見ていれば、かなたはずっとこうして優しく撫でてくれる


「かなた…ごめんね、おれが悪かった

もう二度とドアには近づかない。ずっとずっとかなたの傍にいるからね」


おれは自分の頬に添えられたかなたの手にすりすりと猫のように頬ずりをした


痛めつけられた体は鉛のように重くあちこちが悲鳴を上げているのに、頭の奥の方だけが麻薬を打たれたようにぼんやりと甘く痺れていた


かなたの匂いがする。少し埃っぽくてひんやりとしてるこの部屋と同じ匂い


おれはかなたの腕の中に自分からすっぽりと収まりにいった


かなたは無言のままおれの華奢な背中に腕を回して力強く抱きしめ返す

骨が軋むほど強い抱擁


怖い。苦しい。痛い。


けれどその痛みがるいにとっては唯一の世界との繋がりだった


かなたが与えてくれる苦痛だけがおれがここに存在していることを証明してくれる


かなたがおれを傷つけるたびに二人の境界線は熱を帯びて溶け合い混ざり合っていくような気がする


自分を抱きしめるかなたの力強さと、首の痛みの余韻だけを感じながら、るいはうっとりと目を閉じた


「大好きなかなた。おれの全部、かなたにあげるから、だから、ずっとおれを閉じ込めておいてね」


返事はなかった。沈黙の中でるいの甘い囁きだけが血の匂いが漂う部屋の空気に溶けていった


ここが地獄だとしてもかなたがいるなら

そこはるいにとっての完全な楽園だった

ふたりだけの誰にも邪魔されない愛執の融点


るいはゆっくりと眠りに落ちながらもう二度と開くことのないドアに背を向けた

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