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「とりあえず、あんた。リリアンだっけ? 詳しい話は後で聞くわ。急いで夕飯の準備をしなさい」
母親の言葉に、あ、と止めに入ろうとしたオーブリーだったが、リリアンの方が早かった。
「あたし、料理は苦手だから無理です。ご自分でどうぞ。あたしたちは外食してくるからご心配なく」
母親は、ぴくりと片眉を上げた。
「……家事は嫁の仕事よ。苦手だから無理なんて通らないわ」
「なんですか、それ。そもそもお義母さん、もう働いてないんですよね。じゃあ、普段はなにをしてるんですかぁ?」
わざわざ腹の立つ言い方をされ、母親は目を吊り上げた。
「私はこれまで、寝る暇もなく朝から晩まで働いてきた。だから今度は、あなたの番なの。わかる?」
「わかりません。ねえ、オーブリー。あたし、こんなババアと一緒に暮らすなんて無理。追い出しましょ?」
オーブリーの腕を掴み、甘えるように左右に揺らすリリアン。オーブリーはギョッとし、母親はあまりの口の悪さにぽかんとしていた。
「言ってたもんね。ビアンコ商会を仕切っているのはオーブリーで。もしあたしとの結婚をお義母さんが反対したら、追い出してやるって」
オーブリーは、ひゅっと息を吞んだ。恐る恐る見た母親の顔色は、見たことがないほどに、怒りで真っ赤に染まっていた。
「……出ていけ」
ぽつりと呟かれた言葉に、ぽかんとするオーブリーとリリアンの腕を掴んで外まで引っ張り出すと、母親は叫んだ。
「この屋敷は私が夫から相続したもの! つまりあんたを追い出すも追い出さないも、私の自由。よね?!」
「か、母さん! まっ──」
「商会はあんたが自由にすればいい! でも、二度とこの屋敷には入れないから、覚えておけ!!」
宣言してから、母親はリリアンを鋭く睨み付けた。
「なにが苦労。なにが同じ価値観。顔だけしか取り柄のないこの馬鹿女より、ナタリアの方が数倍マシだったわ。それに……」
「母さん……?」
「──顔だけで客が増えると本気で思ってるなら、あんたは私が考えていたよりずっと馬鹿だったということね。というか、女の賞味期限なんて、あっという間にくるわよ。そうなったらどうする? その女の取り柄、なにもなくなるわよ?」
見下す母親に、リリアンが食ってかかろうとするのを、オーブリーが必死に止める。
「こんなひどいこと言われてるのに、どうして怒ってくれないの? それに賞味期限がきれてるのは、あっちでしょう?!」
「と、とりあえず落ち着こう? ね?」
母さんも。オーブリーがリリアンから母親に視線を移す。
「ぼくを追い出してどうするの? 商会も自由にしていいって……収入なくなるよ? いいの?」
「私がいつ、あんたから給金もらったって?」
「直接はあげてないけど……食材とか、生活必需品とかは、ぼくが買ってたじゃないか」
「代わりにここに、ただで住まわせてあげてたでしょう?」
「当たり前じゃないか。ここは、ぼくの家でもあるんだから」
母親はそれを、鼻で笑った。
「当たり前、ねえ。成人した男がなにを甘えたことを言ってるんだか。だから私を追い出すなんて発想になったの?」
「そ、それは言葉のあやというか……」
「確かにあんたをこれまで屋敷に置いてやってたのは、お金と、家事をやってくれる嫁がいたからよ。でももう、期待できそうもないから、あんたなんかいらないわ。遊び歩いたりする余裕がなくなるのは腹が立つけど、こんな馬鹿な息子と女と暮らすよりずっとマシ──そういうことだから」
母親は迷うことなく玄関扉を閉め、鍵をかけた。オーブリーが扉を叩き、母さん、母さんと呼び続けるが、その扉が開かれることはなく。絶望するオーブリーに、リリアンが引き気味に訊ねる。
「オーブリー。あなた、マザコンとか言わないわよね」
「……なんでそうなるんだ。いきなり母親に絶縁されたら、誰だってこうなるよ」
「そう? あたしもされたけど、そこまで落ち込まなかったわよ」
「……へ?」
急展開が続いたことで、リリアンの親の存在を失念していたことに、今さらながら気付いたオーブリー。
しかし。
「絶縁って……どうして」
「借金を抱えた子どもはいらないって。ひどいでしょ?」
「……ひどい」
「うん。だから、そんなに落ち込まなかったのかも」
「……なるほど」
「まあ、とりあえず今日は、あたしのアパートに行きましょ。引き払う前で良かったわ」
「……うん」
正直、虫もウロウロするあのボロアパートに行くのは気が進まなかったが、背に腹はかえられなかった。




