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すべての片がついたら、仕事場に戻ってきて。リリアンにはそう告げておいたが、いつまで経っても姿を見せず。心配ではあったが、この気まずい雰囲気のなか、仕事を抜け出す勇気もなく。オーブリーはそわそわしたまま退社時間を待った。
暗い空気のまま、みんなが帰っていく。いきなりのことで混乱しているが、数日経てばきっと理解もしてくれるだろう。自身にそう言い聞かせ、オーブリーは急いで仕事場を出た。
「……お金を返しに行ったとき、なにかあったのかな」
あんなに美人なのだから、誰に目をつけられても当然だ。やっばり、無理にでも着いていけばよかったと今さらながらに後悔する。かと言って、それがどこかもわからない。
(……アパートに、忘れ物でも取りに行ってるとか)
可能性があるところを回る。でも、リリアンを見つけることはできなくて。どうしよう。どうしよう。考え、焦り、もしかしてと屋敷へ足を向けると、明かりが窓からもれていた。まだ鍵は渡していなかったが、そんなことは忘れ、オーブリーはリリアンの名前を呼びながら玄関扉を開けた。
「リリアン!」
「! オーブリー!」
振り向いた人影は、リリアンで。オーブリーは、はあっと胸を撫で下ろし、安堵から床に膝をついた。
「……よかったあ。てっきり、金貸しになにかされたのかと」
「──それはどういうこと?」
響いた声色は、リリアンのものではなかった。
リリアンと向かい合わせに立っていたのは、オーブリーの母親だった。視界には入っていたはずなのに、完全に母親は、オーブリーの意識の外にいた。
「か、母さん。お、おかえり」
「おかえりじゃないわよ。この女はなに? 突然やってきて、あたしはオーブリーの妻になる女で、昨日からここに住んでいるなんて言って、強引に侵入してきたのよ?!」
オーブリーは慌てて立ち上がり「お、落ち着いて。話を聞いて」と、なんとか母親を宥めようとする。
「彼女の言っていることは、本当なんだ。ぼくは昨日、ナタリアと離縁した。彼女と──リリアンと結婚するために」
「……はあ?」
「驚くのは無理ないけどさ。母さんはナタリアを嫌っていたし、よかっただろ? リリアンはナタリアと違って苦労してきたし、ぼくたちと同じ価値観を持っているから、絶対、母さんもリリアンを気に入ると思うよ?」
「……あんた、なに言ってるの?」
他の人はともかく、母親だけは喜んでくれると思い込んでいたオーブリーは、あれ、と首を捻った。
「リ、リリアンはぼくがずっと好きだった人なんだ。でもほら。リリアンは見ての通りの美女だから、ぼくなんかじゃ絶対相手にしてくれないってはじめから諦めてたんだけど。昨日、偶然街で再会して。そしたら両想いだったってことがわかって。ナタリアに相談したら、納得してくれて、ぼくの幸せのために潔く身を引いてくれたんだ」
息継ぎすら忘れ、一気に捲し立てたオーブリーは、はあはあと、乱れた息を整えた。
「──確かに、私はナタリアが嫌いだった。元貴族令嬢だかなんだか知らないけど、いつも私を見下していたからね」
「……だ、だろ?」
「でもね。あの子、要領も人当たりもいいから、ご近所や客の評判がいいの。この意味、わかる?」
「……えと」
母親は、くわっと目を剥いた。
「そんな妻を捨てたなんて知られたら、どうなると思うの! 世間体最悪よ! この馬鹿息子!!」
「し、真実の愛を見つけたんだ。世間はきっと、美談として受け入れてくれるよ。それにリリアンはこれだけ容姿が良いんだから、これまでより客も増えるはずだ。ぼく、頑張るから」
「なにが真実の愛よ。ようは、他に好きな女ができたから、邪魔な妻を捨てただけじゃない」
「す、捨てたんじゃない。ナタリアは、ちゃんと納得してくれたうえで別れてくれたんだ。でも……仕事の引き継ぎをする前に出て行ってしまって。従業員たちに割り振ろうと考えてたんだけど、今日、二人が辞めてしまってさ……それで、母さん。リリアンに、しばらくの間でいいから仕事を教えてあげてくれないかな……?」
ちらっと様子をうかがえば、母親は鬼の形相をしていた。父親が亡くなり、やっと仕事から解放されたと歓喜していた母親。予想はしていたが。
「ふざけるな!!」
一蹴されて、終わった。




