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翌朝。
オーブリーは従業員を集め、まず、隣に立つリリアンを紹介した。
「彼女の名前は、リリアン。近い将来、ぼくの妻になる人だ」
従業員たちはみな、ぽかんとした。
「……? あの、奥様は?」
一人が代表するように問うと、オーブリーが、さすがに少し言いにくそうに「昨日、離縁した」と、告げた。
は?
つい二日前まで、ナタリアとオーブリーが仲睦まじく一緒に働いていたのを誰より近くで見ていただけに、誰も事態が吞み込めない。
「突然、ごめん。事情を説明するよ。ぼくは、父さんの命令で仕方なくナタリアと結婚しただけで、本当はナタリアのこと、愛してはいなかったんだ。真に愛していたのは、この、リリアンだけで」
リリアンの肩を抱き、しばらく見つめ合ってから、オーブリーは従業員たちに向き直った。
「でも、ぼくなんかリリアンに相手にされないと思って。リリアンを忘れるためにもナタリアを好きになろうと努力したけど、無理でさ。そんなとき、リリアンと偶然再会して。そしたら、リリアンもぼくのことが好きだって言ってくれて」
興奮するオーブリーに、みなが信じられないというような双眸を向けるが、本人はまるで気付かず。奇跡の再会に、ただ目を輝かせていた。
「ま、待ってください。まさか、再会した好きな人と結婚するために、奥様と離縁したというのですか? しかも、こんなに早く?」
年配の女性従業員がたまらず詰め寄ると、オーブリーは、キョトンとした。
「なにかおかしいかな?」
「一昨日まで、会長と奥様は力を合わせて、この商会を切り盛りしていたではないですか!」
「リリアンと再会したのは、昨日だから」
「再会したその日に、奥様を捨てたのですか?」
「捨てたなんて人聞きの悪い……ぼくだって、ナタリアがこんなにあっさり離縁届にサインしてくれるなんて思ってなかったよ。ナタリアは、その、ぼくとは違って、ぼくを愛してくれていたから」
ざわ。
従業員たちが小さくざわつき、引いていく。
「……離縁届は、もう」
「うん。ナタリアと一緒に、昨日、提出してきた。言っておくけど、これはナタリアの提案だからね」
──最低。
誰かの呟きが聞こえ、オーブリーは眉をひそめた。
「発言したのは、誰? なにが最低か、教えてくれる?」
若い女性従業員の「……会長は、最低なことはしていないとお考えなのですか」という怒気を含ませた低い声に、オーブリーは目線を泳がせた。
「いや、気の毒なことはしたなと思ったよ。でも、気持ちをすべて正直に話したら納得してくれたし、お金も渡したし……」
尻すぼみになっていく台詞に、従業員たち、特に女性陣は目を吊り上げた。
「気持ちって……本当は愛していなかったって、前会長の命令だから仕方なく結婚したって、そう言ったんですか?!」
「しかも、別の女だけをずっと愛していたと?」
「だから離縁してくれ? 金を払うから? そんな酷いこと、よく言えましたね?!」
詰め寄る女性陣の前に、リリアンが立ち塞がった。
「あなたたち。たかが従業員の分際で、会長であるオーブリーにそんな態度、とっていいと思っているの?」
オーブリーが「ちょ、ちょっとリリアン」と止めようとするが、リリアンは聞く耳を持たない。
「駄目よ、甘やかしちゃ。それに、あたしはこの商会で、あなたの次に偉い役職につくんだから。いまのうちにわからせてあげないと」
偉そうに腰に手を当てるリリアンを、一人の若い男性従業員が、じっと見つめる。かと思えば、なにか思い出したように、口を開いた。
「あ、お前! 確か──」
その若い男性従業員と視線を交差させたリリアンは「……いやっ」と悲鳴を上げ、オーブリーの腕を掴んだ。
「ど、どうしたの。リリアン」
オーブリーの問いに、リリアンは「あの男、あたしのストーカーよ!」と叫んだ。
「え? か、彼が?」
「そうよ! オーブリー、早くあの男をここから追い出して!」
必死の形相に、オーブリーは意を決し、若い男性従業員に向き直った。
「……きみがそんなことをしていたなんて、残念だよ」
「は? なに言って……その女はっ」
「黙って。きみは今日をもって、解雇する。すぐに出て行ってくれ」
「……っ。話を聞いてください!」
「ストーカーの言葉に、耳になんかかさない」
他の従業員たちが、一方的過ぎます、彼は真面目な青年です、と声を上げるが、オーブリーは取り合おうとしない。
「ぼくは用があって、これからリリアンと少し出てくる。きみはそれまでに、ここから出て行くこと。いいね? じゃないと、警察を呼ぶことになるよ」
リリアンが瞳を潤ませ「……素敵」と囁いたのが聞こえて、オーブリーは内心、高揚していた。
「さあ、リリアン。行こう」
「ええ」
差し出した手を、頬を赤らめて握ってくるリリアン。まるで夢のようだと、オーブリーが浸る。
──一方で。
少し頼りないが、真面目で優しく、人柄も温厚だったオーブリー。だからこそ従業員たちは、若いながらもオーブリーを会長として認め、支えてきた。
なのに。
従業員たちの、オーブリーに対して向ける視線が、これまでとはまるで違うものに変わっていく。そのことに、リリアンに夢中なオーブリーは、まったく気付いていなかった。




