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これまでナタリアに怒鳴られたことがなかったオーブリーは、怯えたようにびくっと肩を震わせた。
「わ、悪かったよ。そうだね。彼女を追い詰めたのは、ぼくだ……」
しん。数秒の沈黙の後、ナタリアは、もういいかしら、と呆れたように呟いた。ここで諦めたら二度とナタリアと話ができないような気がして「よ、よくない!」と、オーブリーは鬼気迫る勢いで叫び、食い下がった。
「さっきも言ったけど、ぼくは自覚がなかっただけで、きみをちゃんと愛していたんだ。初恋に浮かれて離縁なんてしてしまったこと、心から悔いている。どんな罰でも受ける。だからどうか、ぼくとやり直してくれないかな」
お願いします。
頭を下げ、祈りながら、ドキドキしながら次の言葉を待つオーブリーに、ナタリアは「……初恋か」と呟いた。
「確かに初恋って、美化してしまうものよね。いまならわかるわ」
その言葉に、オーブリーは、希望にぱっと瞳を輝かせた。
「! そう、そうなんだよ! 本性も見抜けず、馬鹿なことをしてしまったけど──」
「実はわたしね。つい先日、初恋の人の婚約者になれたの」
オーブリーはピタッと動きを止め「……?」と首を捻り、無言でナタリアに、どういうこと、と問いかけた。
「彼は、伯爵家の嫡男で。当然、綺麗な婚約者がいて。小さな頃に一目惚れしたのだけれど、叶わない恋だからと心の隅にしまって、いつしか忘れてしまっていたの」
さきほどとは打って変わって、乙女のような表情になったナタリアに、オーブリーが唖然とする。
「……でも、数年前に彼の奥様が病死してしまって。新しい婚約者を探していたことを知ったお父様が、伯爵と顔見知りだったこともあって、わたしを紹介したの。もちろん、あなたに捨てられたわたしなんて、相手にもされないと思っていたけど──会ってみて、ああ、初恋のあの人だって気付いて、どんどん惹かれていって」
かつて、婚約者だったころ。夫婦だったころ。こんなナタリアの顔を見たことがあったたろうかと、オーブリーは頭の隅で考えた。
「当たり前だけど、わたしのことは事前に調査されていた。わたしがあなたと離縁した理由も。でもね、商人の妻としてわたしなりに頑張って働いてきたこと、褒めてくれて、認めてくれて。他にもたくさん婚約者候補はいたはずなのに、彼はわたしを選んでくれたのよ」
幸せそうに、綺麗に、ナタリアは微笑んだ。
「ナタリアお嬢様。そろそろお時間が」
お目付役の男に囁かれたナタリアが、いけない、と口元に手を当てた。
「オーブリー。わたし、これから彼と初デートなの。遅れるといけないから、もう帰って。今回は黙っていてあげるけど、今度わたしの目の前に現れたら、お父様に報告するから、そのつもりで」
思考を停止したように「……デート?」と、小さく繰り返すだけのオーブリーに、ナタリアが、この際だから言っておくわ、と続けた。
「お父様は、あなたに──ビアンコ商会に、罰を与えようとしていた。でも、わたしが止めたの。残った従業員に、これ以上迷惑をかけたくなかったから」
「……? 罰なら、充分」
「屋敷を追い出されたとか、従業員が辞めたとかって話なら、罰でもなんでもないでしょ? 自業自得って言葉、知ってる?」
冷たい言葉に、オーブリーが、酷い、と顔をくしゃっと歪めた。
「被害者ぶる前に、誰が元凶か、もう一度よく考えてみたら?」
「……ぼくは、なにもかも失ってしまった」
「聞いてる? そうだわ、最後に一つだけ聞いていいかしら。あなた、わたしがあなたの母親に無視されていたこと、知ってた?」
「……無視? きみに見下されている気がするから嫌いだって愚痴なら、よく聞いて──あ、いや」
ナタリアが、そうなの、と薄く笑った。




