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他の店で飲み直そうぜ。そう言い、二人が居酒屋から去ったあとも、オーブリーは呆然としたまま、店主に声をかけられるまで突っ立っていた。
オーブリーはフラフラとアパートに帰ると、荷物をまとめ、仕事場に向かった。商談に使うソファーに横になり、眠ろうとするが、一向に眠れないまま、夜が明けてしまった。
窓からもれる日差しがやけに眩しくて、オーブリーが目を細める。
「……どうしてこんなことになってしまったのかな」
屋敷を追い出され、商売は赤字続き。すべてを捨てて選んだ女には騙されていたことがわかり、愛情なんてもう、すっかりなくなってしまっていた。
思えば、ナタリアと居るとき、人生が充実していた。仕事もプライベートも、なんら不満はなかった。
「……ナタリアと居るの、楽しかったな。別に、無理して一緒にいたわけじゃなかったのかも」
初恋を美化し過ぎて、愛していないと思い込んでいたのかもしれない。気付いたとき、オーブリーは無性に、ナタリアに会いたくてたまらなくなった。
「…………っ」
なにも持たず、仕事場を飛び出した。駆けて駆けて。時々休んで。同じ街にあるコスタ子爵の屋敷の前に着いたオーブリーは、息を切らせながら、涙を滲ませた。
「……ナタリアっっ」
門扉の向こうに、馬車に乗り込もうとするナタリアを見つけたオーブリーは、涙声で叫んだ。
ナタリアが反応するように、こちらを向いた。それが嬉しくて、オーブリーは駆け出した。門番によって動きは阻止されたが、オーブリーの叫びは止まらない。
「……ナタリア! ぼく、騙されていたんだ。もうあんな女と一緒にいるのはやめる。やっぱりぼくにはきみしかいないって、思い知らされたよ。勝手なことばかり言ってごめんね。ごめん……っっ」
泣き崩れ、地面に膝をつくオーブリー。門扉の近くまで歩いてきたナタリアが、どうしますかとの門番の問いに、少しだけ待って、と軽く手を上げた。
それを許しと捉えたのか。オーブリーは一気に語り始めた。
「きみと離縁してから、散々だったんだ。母さんには屋敷を追い出されて……従業員も次々辞めていって、貴族との取り引きもなくなって……それにさ、聞いてよ。リリアンの借金、元夫のものじゃなくて、自分が不倫をして請求されていた、慰謝料だったんだよ……ぼくは騙されていたんだ。それで……ここまで落ちてようやく気付くなんて馬鹿だけど、ぼく、ナタリアと一緒に居るの、好きだったなって。初恋を美化し過ぎて、きみを愛していないと思い込んでいただけみたいなんだ」
オーブリーは一呼吸置いてから、きみを愛してる、と真剣な双眸で告げた。
「──知っていたわ」
返された台詞に、オーブリーは一瞬の間のあと、はは、と笑った。
「そっか。そうだよね。自覚してなかっただけで、ぼくはきみを愛していた。そのことに、きみは気付いていたんだね」
「違うわ。そんなどうでもいいことじゃなくて、あなたがリリアンさんに騙されていたことよ」
オーブリーは「へ?」と、間抜けな顔と声を出した。
「あなたと離縁した次の日。ビアンコ商会の従業員のみんなが、ここを訪ねてきてくれて」
「?! そ、そんなこと聞いてない!」
「あなたに報告する義務なんてないでしょう? みんな、個人的にわたしを心配してわざわざ訪ねてきてくれただけなのだから」
鋭い視線に、オーブリーが息を呑む。
「リリアンさんの嘘を信じて、あなたがろくに話も聞かずに解雇した従業員から、すべて聞いたのよ。みんなも聞いていたはずだけれど、その様子じゃ、誰も教えてくれなかったみたいね」
「……そんな、どうして」
「誰も教えてくれなかったって? わからないの? 本当に?」
オーブリーが言葉に詰まる。少しは自覚があるようね、と、ナタリアは吐き捨てた。
「そうそう。あなたが商会を辞めさせた二人には、わたしが仕事先を紹介しておいたから。安心して。まあ、心配なんてしていなかったと思うけど」
「し、してたよ! あと、誤解しないでくれ! 女の子の方は、勝手に辞職したんだ!」
ナタリアは、カッと目を見開いた。
「わたしを慕って、怒ってくれた子をそんな風に言わないで!」




