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お金はない。でも、なにか作る元気もなく、かといって腹が空きすぎて、このままじゃ眠れそうもない。
オーブリーは重い身体を動かし、自分が知る限りで一番安い、街の居酒屋に出掛けることにした。
日もすっかり暮れ、酒に酔い、盛り上がる店内。そんな中、一人寂しく、ビールを飲む金もなく、黙々と食事をするオーブリー。
「──ああ、ビアンコ商会な。ここ最近、すっかり弱体化しちまって。逆によかったじゃん。解雇してもらってさ」
「まあ、いまとなってはな。でも、あのときは、マジで会長に殺意がわいたよ。みんなのおかけでわりとすぐに立ち直れたけど」
複数の会話に混じり聞こえてきたのは、自身の商会の名で。店内を見渡すと、壁際の席に座る男の二人組のうちの一人の顔に、はっとした。
(……リリアンをストーカーしていた従業員だ)
「馬鹿だなー、その会長。すげー優しい元貴族令嬢の奥さんを捨てたあげく、よりによって、あのリリアンと結婚するって宣言したんだろ?」
「そ。あの顔だけの女。こっちはお前の本性知ってるんだから、ストーカーどころか、嫌悪感しか抱いてないわ」
だんっ。ビールが入ったコップを、男がテーブルに叩きつける。オーブリーの指が、ぴくりと動いた。
(……本性?)
ごくり。唾を呑み込む。日が経つにつれ、リリアンへの熱が冷めていくのを自覚していくオーブリー。
あのときは、彼の話に聞く耳を持っていなかった。でもいまは、逆だ。彼の話が聞きたくて、仕方がない。
勝手だとはわかってる。でもいまはまだ、リリアンと正式に結婚したわけじゃない。同棲しているだけだ。
引き返すなら、いまなんだ。
オーブリーは勇気を振り絞り、自身が解雇した男の元に足を向けた。
自分たちの席の前で立ち止まった人影がオーブリーだとわかるやいなや、元従業員の男は、見る間に顔を歪めていった。
「……なんの用ですか。まだオレをストーカー扱いするつもりなら、出るとこ出ますよ」
「い、いや。違うよ。ぼくはただ、話を聞きたくて……っ」
元従業員の男が「いまさら」と吐き捨てると、オーブリーは、ごめん、と勢いよく頭を下げた。元従業員の男の友人らしき人物が、誰、と呟く。
「ビアンコ商会の会長」
元従業員の男の言葉に、友人は「……へえ」と、見定めするようにジロジロとオーブリーを見た。
「あんたが、恵まれた人生を自ら放棄した男でしたか」
馬鹿にされたような口調にカチンときたが、オーブリーはそれを収め、元従業員の男に視線を向けた。
「リリアンの本性って、なんなんだ。頼む。教えてくれ」
「やですよ。どうせ、リリアンはそんなことしないーとかほざくんでしょ? 勝手にあの女とイチャついてりゃいいでしょうよ」
「……リリアンは、ナタリアの代わりになるどころか、体調が悪いと言い訳して、仕事をさぼってばかり。あげく、家事もほとんどしなくって、外で遊び歩くようになってしまった。これが、リリアンの本性なのか? 前の夫も、これが原因でリリアンと別れ……いや、それは違うか。女好きでギャンブル好き。リリアンを勝手に保証人にして、借金を押し付けるような男だから、人のこと言えないし……もしかしてその反動から、リリアンはああなってしまったのかな」
ぶつぶつ勝手に分析をはじめたオーブリに、男二人はキョトンとしたあと、互いに顔を見合わせ、声を上げて笑い出した。
「まだそれ、信じてたんですか!」
ひーひー。腹を抱えて笑う元従業員の男に、ぽかんとするオーブリー。
「会長。ちなみにリリアンが遊び歩いてるって、どんな意味で言ったんですか?」
「どんなって……友だちと買い物に行ったり、外食したり……」
マジか。また二人が笑い出す。馬鹿にされているのはわかるから気分は悪いが、その意味がわからず、混乱する。
「お、教えてやれば?」
過呼吸になりそうな友人が声をかけると、元従業員の男は息を整え、そうだな、と返した。
「リリアンの元夫は、オレの知人なんです。で、結論から言わせてもらいますと、知人は女好きでもギャンブル好きでもなく、借金もありませんでしたよ」
オーブリーの顔から、血の気が引いた。
「…………じゃ、じゃあ、借金があるっていうのは、ぼくからお金を騙し取るための嘘だったってことなのか……?」
「いえ、借金があったのは本当です。ただ、リリアンの借金は、あいつが自ら作ったものなんですよ」
「リリアンが、ギャンブル好きだったってこと……?」
「ギャンブル好きではなく、男好きなんですよ。しかも、人の男に手を出しまくるタイプで。結婚してるのに、不貞行為を繰り返して。相手も既婚者だったから、それらがバレにバレて、元夫からだけでなく、不倫相手の奥さんからも慰謝料を請求されて、借金が膨れ上がってしまった。これがまあ、あいつの本性ってやつです。別に信じてもらわなくてもかまいませんが、遊び歩いてるってんなら、浮気をしてるって覚悟しておいた方がいいですよ」
オーブリーは、目を見開いたまま、固まってしまった。




