3話 エドの決意
ドンドンドンッ!
「大丈夫ですか、カレン様!」
部屋から返事はない。
ここは事務所が提携しているホテルの一室、その前に居る。
私はユーちゃんと、あとマギとレイカの2人にも来て貰っている。
「開けますよ!」
フロントで貰った合い鍵を刺し込んで開く。
すると――
「うわぁ……」
「グショグショのヌメヌメだね」
入口からすぐにベッドのある部屋に繋がっているのだが、もうここから見えるだけでも凄まじいことになっていた。
「あへぇ……」
出会った頃の粗暴で屈強なイメージも、幼馴染が抱かれてしまったと泣いていた乙女だったイメージも欠片も残っていない。
カレンは全裸で口から鼻から、または下から。
あやゆる場所から体液やらを垂れ流し、恍惚とした表情でベッドの上で気絶していた。
「えっへへ――あはっ」
うわ言のように笑い、その度に痙攣している。
「うーわ……」
正直、この光景にはドン引きだ。
「カレンごめんよぉ……」
そんな彼女の前で泣きじゃくっているのは、まるで幼い女の子のように華奢な全裸の少年。
しかしそのふんわりとした金髪の隙間からは、小さな角が生えている。
「その角……やっぱりエド様。あなた、インキュバスだったのね」
インキュバス。
女性を抱いて、その魔力と精気を流し込む悪魔の名だ。
対策として避妊の印をしていなければ、その大量の精気と魔力によって女性は中毒症状を起こしてしまう。
『歩く違法薬物』『その住む館に出向いて帰ってきた女は居ない』『100歳の婆さんでさえ妊娠する』などと言われるだけはある、性の悪魔だ。
このむせかえる部屋の匂いを嗅いだだけでも、こっちまで発情してしまいそうだ。
「ユーちゃん、お願い」
「しゃーねーなぁ――すぅ」
ユーちゃんが大きく呼吸をすると、部屋に満ちた淫らな空気はすべて彼女の中へ納まり――吐くと同時に清らかな空気へと変わる。
彼女たち木の精霊は、毒や魔力を浄化する能力があるのだ。
正常化した部屋の中で、私は泣いているエドを落ち着かせた。
気絶しているカレンは、仲間に任せて奇麗にして貰っている。
「ボク……物心ついたときから、角が生えてるんです……」
華奢であるが、意外と逞しい胸板に少しドキドキしてしまう。
私までおかしくなってしまったらどうするんだ――落ち着け、落ち着くんだ。
「お父さんはもう死んじゃったって、お母さんから聞いてて……それで、カレンの家でよく一緒に遊んでて……」
父親は間違いなくインキュバスだ。
討伐されたのか、どこかへ行ってしまったのか。
インキュバスの子供は、必ずインキュバスとして生まれる。
ハーフという概念は無く、また相手が誰であっても妊娠が可能という難儀な性質を持つ。
「一緒に冒険者になろうって誘われた時……お母さんから、ボクがインキュバスだって教えて貰ったんです」
「避妊の刻印も?」
「はい……ぜったい性欲が抑えきれなくなるから、襲う前にはちゃんと刻めって言われてたのに……」
エドに惚れていたカレンが、この密室に足を踏み込んだ瞬間――すべての理性がぶっとんだのだろう。
避妊具をする間も無く、刻印の暇も無く。
結果――世界で一番幸せな中毒者が出来上がってしまったワケだ。
「……エド様が事務所に来た時。私が無事だったのは……ユーちゃんのおかげか」
「ブイ」
無意識に女性を発情させるフェロモンは今も発しているのだろうが、ユーちゃんのおかげで私は意識を保てている。
「ボクの性欲がリセットされれば、フェロモンは出ません。なので、その……2人には定期的に発散の手伝いをして貰ってて……」
照れくさそうにはにかんでいるが、中々の罪作りな男である。
しかし、この案件。
どうすれば丸く収まるのだろうか。
「そうだったのか……」
「カレン!」
「すまなかった。お前と小さい頃から過ごしてたのに――うはっ。じゃない。全然気付かなかった――あひゃっ」
生まれたての小鹿のように足を震わせている。
持ち前の精神力で耐えているようだが、やっぱりまだ中毒状態を抜け出せていないようだ。
「ユーちゃん、またお願いしてもいい?」
「……今夜は魔獣の生き血を用意しな」
「う、牛さんので我慢して!」
「チッ」
ユーちゃんがガクガクと震えているカレンの前までやってくると、その白く可愛らしい自前の手を――ブチッと切る。
そしてその断面からプシャーっと血――ではなく、樹液が染み出してくる。
「ほら、飲めよ」
「なにを――もごっ!?」
「リーダー!」
「だ、大丈夫なのそれ!?」
小さく細い腕といっても、それをいきなり喉奥まで突っ込まれれば、誰だって苦しい。
しかし、彼女に備わっている毒を浄化する効果を他人に与えるには、こうして樹液を飲ませるしかない。
でも、こうやって腕ごと突っ込む必要あるのかな……人が嫌いだからって、苦しむ方法取ってるとかないよね?
「もごっ、ぶぽっ、ぶちゅっ――もがっ!?」
腕を前後させながら胃の中を樹液で満たす。
カレンは白目を剥いてるのだが、それでもユーちゃんは構わず続けている。
「……もういいだろう」
ズルっと腕を引き抜き、取れた手をくっつける。
その後、汚くなった手を――
「いや私のズボンで拭かないで。あっち、ほら。台所に水瓶あるからさ」
「はーい」
そういったところは子供らしく可愛らしいのだが――
あれでも、樹齢50年なのだ。
見た目に騙されてはいけない。
「――ハッ」
「カレン! 大丈夫?」
「あ、ああ……なんだか。頭の中が、凄い晴れやかだよ……」
「では、こんな時にすいませんが……」
私は2人の前でしゃがみ、目線を合わせる。
「エド様はやはり、1度追放されておくべきだと思います。男女の仲とかそういうのではなく……悪魔を連れているとなれば、もっと大きな問題に発展する可能性があります」
エドも意を決したように、その潤んだ瞳をカレンへと向けた。
「カレン……ボクね。決めたんだ……」
拳を握りしめ、その想いを口に出していく。
「成長して大人になれば、きっとこの能力もコントロールできるようになる。それまで頑張って鍛えるから……待ってて欲しい。なんて言える立場じゃないよね。だって、悪魔だし……」
魔族や悪魔は、討伐対象だ。
よくギルドでも賞金首として張り出されている。
「悪魔? なに言ってんだ。そうだろお前ら」
「そうだなリーダー。角っぽいのなんて、他種族でも生えているやついるし」
「えーアタシはなにも見てないでーす」
「みんな……」
彼女らも、粗暴であっても根はいい子たちなのかもしれない――
「では、お手続き――進めてもよろしいですね?」
「はい。お願いします」
こうして今回の追放代行サービスは――結果として見れば、超スピードで解決したのであった。
まぁこれで銀貨17枚なら美味しいよね。
なーんて甘くて美味しい話があるはずもなかったのを思い知ったのは、それから数日後だった――




