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救いのない小説  作者: Fall44


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第6章:補正区画

 白い光が脳髄の奥で爆ぜた。

 次の瞬間、レイは冷たい床の上で目を覚ました。


 目蓋を開くと、天井がゆらゆらと歪んで見えた。

 しばらく何が起きたのか分からず、身体を起こすまでに数十秒かかった。


 「……ここ、どこだ……?」


 湿った空気にかすかな薬品の匂いが混じっている。

 見渡すと、薄い白色の壁で囲まれた狭い部屋だった。

 窓はなく、壁には小さな通気口が一つだけ。

 部屋の中央には、レイが倒れていた金属質の床が冷たく光っている。


 ここは見覚えがない。

 街の管理棟ではない。

 そもそも、こんな部屋が街にあった記憶すらない。


 レイはやっと立ち上がり、頭を押さえた。

 意識を失う直前の記憶は、雨音と、あの声――

 そして、見てはいけない“何か”の輪郭。


 それ以上は思い出せなかった。

 思い出そうとすると、頭の奥が刺すように痛む。


 ふらつく足取りで壁に近づくと、壁面に埋め込まれた小さな端末が目に入った。

 黒い画面に、白い文字が一行だけ浮かび上がっている。


《補正区画:完了率 92%》


 補正区画?

 補正率とは何を指している?


 画面の横に、薄いスリットがあり、そこから紙が一枚滑り出した。

 床に落ちたそれを拾い上げると、また見覚えのある文字が並んでいた。


《対象レイ:認知乱れ(過剰)

 → 一時隔離処理を実施

 → 記憶調整:進行中》


 レイは息を呑む。


 自分は“隔離”されていた――?

 記憶調整? 何を勝手に?


 紙を握りしめたが、その紙の端がわずかに震えていた。

 自分の手ではなく、紙そのものが震えているように感じた。


 「……ここから出ないと」


 小さな部屋には扉が一つだけ。

 恐る恐る近づいて手をかけると、思ったよりも簡単に開いた。


 扉の向こうは長い白い廊下だった。

 壁は滑らかで、光源のない明るさが均一に広がっている。

 歩くたびに靴音が妙に遅れて響く。


 まるで廊下自体が音を“考えてから返している”ような、不自然な遅延。


 しばらく進むと、壁に貼られたパネルが目に留まった。

 そこには街の地図のようなものが表示されている。

 しかし、レイの知る街とは形が違っていた。


 区画の一部が灰色で塗りつぶされ、こう表示されている。


《現在、認知補正作業中》


 灰色の区画は、街の北側。

 レイがいつも生活していたエリアだ。


 だが――おかしい。

 そこにあったはずの道も、建物も、記憶がぼんやりしている。

 昨日まで普通に歩いていた通りの姿が思い出せない。


 「……なんで……?」


 記憶が霧に沈んでいく。

 無理に思い出そうとすると、胸の奥がじんじんと熱を持つ。


 そのとき、廊下の先で小さく音がした。


 レイは反射的に振り向いた。


 白い空間の向こうで、誰かの影が動いた気がした。

 だが影は、光の中で形を結ばない。

 ただ揺らいで、消える。


 耳元で、あの声がした。


「……帰ってきてほしくなかったのに……」


 レイは後ずさった。

 声は優しい。

 しかし、その優しさの奥に、強い拒絶を感じる。


 「誰なんだ……!」


 叫ぶと、廊下が一瞬だけ歪んだ。

 まるで声が、“空間の構造に噛み合っていない”ように。

 その歪みの中心に、淡い人影が滲み出てくる。


 影は、人の形をしているようで、していなかった。

 輪郭は流動的で、近づくほどに形と意味が崩れる。


 だが、レイは気づいてしまった。


 その影が立っている場所――

 そこは、街の地図で灰色になっていた“補正中”の区画と一致している。


 つまり、この影は――


 街の“補正そのもの”だ。


 影がわずかに首を傾けた。

 その仕草だけは妙に人間的で、レイは身体が固まった。


 「……どうして、抵抗するの……?」


 声が、影の奥から直接響いてきた。


 レイは震える声で答えた。


 「ここが……俺の街だからだ……!」


 その瞬間、影がびくりと揺れ、まるで息を呑むような間があった。


 そして――


「あなたの街じゃないよ、レイ。

 だって……あなたは最初から、ここにはいなかった。」


 廊下の光が一斉に明滅し、視界が真白に弾けた。

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