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救いのない小説  作者: Fall44


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第4章:欠落のはじまり

 蛍光灯が明滅するたび、影が揺れた。

 その揺れの中に、人の形をした“何か”が立っている――そんな錯覚を振り払おうと、レイは無理やり目を瞬かせた。


 管理室は相変わらず静寂に沈んでいる。

 しかし静かであるほど、心臓の鼓動がうるさく感じた。


 レイは深く息を吸い、散らばった書類から視線を離した。

 注意書きの文言が頭から離れない。


『真実の取得は、街の構造を損壊します。』


 損壊――

 それは街が壊れるのか、それとも自分が壊れるのか。


 やがて痛みが和らいだので、レイは管理端末に戻り、続きのデータを開こうとした。

 だが、画面を見つめた瞬間、背筋に冷たい感覚が走った。


 さっきまで表示されていた住民リストの数が……また減っていた。

 数分前、ここに来て確認したばかりだったのに。


 「……冗談きついな」


 口から出た声が、微かに震えた。


 レイは他の端末にも同じデータが表示されているか確かめようと、部屋の奥の端末に向かった。

 その瞬間、妙な違和感に気づいた。


 管理室の中央に、丸いテーブルがある。

 そこにいつも置かれていたはずの“灰色の回転椅子”が、今日は見当たらない。


 「……え?」


 レイは思わず声を漏らした。


 椅子が片付けられた形跡はない。

 床には埃の輪すらない。


 まるで最初から存在していなかったかのように。


 だが、レイには椅子の固い座り心地まで思い出せる。

 ここで書類仕事をしていた記憶は確かにある。


 ――なのに、椅子が消えている。


 街の人々が“消える”のを見たときよりも、ずっと嫌な感覚だった。

 自分の記憶のほうが揺さぶられているようで。


 そんな中、端末の電子音が一度だけ鳴った。

 画面に新しい警告が表示されている。


《アクセス要求は制限値に達しています。

 これ以上の照会は、対象者に直接影響します。》


 対象者――これは、レイのことか?

 あるいは街そのものか。


 「誰がこんな制限を……」


 呟いた瞬間、ふと視界の端で何かが揺れた。


 壁に貼られていた避難経路図。

 その図の一部が、見慣れない形に“変わっている”。


 赤い矢印が、まるで生き物のように曲がり方を変え、

 通路だった場所が黒く塗りつぶされている。


 よく見ると――その黒い部分には、薄く文字が浮かんでいた。


『立入禁止区域:認知修正中』


 レイの喉が乾いた。


 この街は、物理的な区画だけでなく、

 人の認識すらリアルタイムで“書き換えている”のか。


 足が震えた。

 その震えを止める方法はなかった。


 耐えきれず廊下に飛び出すと、階段の踊り場が薄暗く見えた。

 照明は正常なのに、光がまるで届いていないような“暗さ”だ。


 その暗がりの奥から、かすかに声がした。


 小さく、小さく……誰かが名前を呼ぶような。


 「……レイ……」


 心臓が一気に跳ねた。

 だが聞き覚えがなかった。

 それなのに、どこか懐かしい響きだった。


 「誰だ!」


 声を張り上げると、囁きはふっと途切れた。

 階段室には、自分の荒い息の音だけが残る。


 戻ろうと管理室に足を踏み入れた瞬間だった。


 そこに――一枚の紙が置かれていた。


 机にも、床にも。

 ほんの数十秒前まで何もなかったのに。


 震える手で拾い上げる。


 紙の中央には、ひとつの短い文だけが記されていた。


『これ以上は思い出さないで』


 手書きだった。

 字は、見覚えがあった。


 レイは紙を握りしめる。

 記憶の奥がざわめいた。

 胸の奥に、何かが“削られたような感覚”が残る。


 誰が書いたのか――

 分からないはずなのに、涙がにじんだ。


 


 消えた椅子。

 減っていく住民。

 変化する避難図。

 そして警告文。


 街は、レイの“理解”に抵抗している。


 だが、それ以上に怖いのは――

 自分の中の何かが、静かに消えていくことだった。

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