8.胸騒ぎと受容
柚葉は廊下をひたひたと歩く。
一人での行動は久しぶりだ。
恐怖と孤独に耐えかね、何度バスケ部の部室まで戻ろうと思ったか分からない。
それでも、カイハのことを思えば歩き出せる。
彼女は柚葉の魂の片割れだ。紛れもなく。
それにしても、彼らはどこにも見当たらない。
あの四人で歩いていたら目立ちそうなものなのに。
改めて考えるとおかしな組み合わせだ。
・バスケ部のエースで人気者のリヒト
・リヒトの友人・ナギニの彼女カイハ
・瞬の彼女だった美少女ユノ
・彫像のような青髪の宇宙生命体アズラン
「顔面偏差値高すぎ…」
柚葉は小さく呟き、苦笑した。
そのとき、廊下から人の気配がした。
柚葉はそっと近くの部屋へ滑り込む。
「…って、言ってたんだよ」
「適合、受けた方がいいんだって」
「バスケ部の連中は全員適合済みだって」
「うわ、あの身体能力を見せつけられると…」
「失敗もないらしいし、黄の適合、試してみるか」
瞬の作戦は成功したらしい。
バスケ部は全員無事と聞いて、胸を撫でおろす。
だが、柚葉は思う。
適合を決めた途端に情報操作まで行うとは…瞬は舵取りが極端すぎる。
あんな怖い男の彼女をよくやっていたなと思う。
と、扉を出た瞬間、そのユノと目が合う。
「あ…」「あーっ!」
ユノは逃げ出した。
柚葉も慌てて追いかける。
不適合者のはずだが、足の速さは想像以上だった。
「待って!ユノ!」
「いやよ!瞬のところには戻らない!」
「瞬、は、関係、ない!」
首根っこを掴む。
無機質な廊下に二人の荒い息が落ちる。
ユノは困り果てた顔で柚葉を見上げた。
***
シュン、と教官部屋の扉が開く。
四人で生活している部屋に、ユノを連れて柚葉が戻った。
「柚葉!」
カイハが駆け寄り、抱きつく。
「やっと会えた…」
柚葉も力強く抱き返す。
「どうした?」
リヒトが心配そうに覗き込むが、ユノが腕を引っ張って阻止した。
一人で過ごした数日間の重圧が、少しだけ解ける。
***
「そっか、瞬が黄に…」
「バスケ部全員、黄に適合済みらしい」
リヒトは淡々と状況を聞く。怒る気配はない。
「柚葉はどうする?」
「できればカイハと同じ緑になりたい…」
「ヴェルディアか、どこにいるんだろうな」
「それともう一つ」
柚葉はカイハに目を向け、すぐに逸らす。
「ナギニがいないの」
「いつから?」
「少なくとも瞬が適合する前。もう十日は経ってると思う」
「心当たりある…」
カイハは思い詰め、立ち上がる。
「行ってくる」
走り出そうとしたカイハの腕を、リヒトが掴む。
「一人で大丈夫?俺も行こうか?」
「ここにいて、柚葉とユノを守って」
カイハはリヒトの優しさに苛立った。
今はそれを受け入れたくない。
手を振り払い、廊下を駆けていった。
***
ハッチの先、荒れ果てた芝生の残骸。
バリアは破れ、人が歩ける状態ではない。
それでもカイハは小さな扉を開け、外に出る。
緑の軌道を描き、芝生を降りると、ステーションの残骸に立つ人影が見えた。
「ナギ…」
呼びかけると、ナギニが顔を上げる。
黒い軌道を描き、ナギニはカイハに迫る。
カイハは避ける間もなく、頭を掴まれる。
視界にザーとノイズが走り、意識が揺らぐ。
そのままカイハは目を閉じた。
***
リヒトは胸騒ぎを感じ、廊下へ出ようか
部屋の扉の前で右往左往していた。
そこへ、カイハが帰ってくる。しかし、顔色は冴えない。
「カイハ、ナギは?会えたのか?」
「ううん、いなかった」
崩れた芝生の坂道、粉々になったステーションの残骸。
カイハはその光景を思い返し、頭を抱える。
「っ…!」
「カイハ?大丈夫?」
柚葉が駆け寄り、ベッドに寝かせる。
「大丈夫、ちょっとめまいがしただけ。貧血かな?」
具合は悪そうだが、カイハの帰還に、リヒトは胸を撫でおろした。
さっきの胸騒ぎは、杞憂だったのか。
** *
リヒトは黄の適合施設へ向かう。
聞いた話では、そこには黄はおらず、生徒たちだけで運営をしているらしい。
そこに行けば、瞬と話が出来る。
一刻も早く、彼と話さなくては。
施設に行くと、すぐに彼の姿を見つけた。
前よりもずっと存在感が増している。
キラキラと輝く軌道は黄色を描き、彼の内面とよく合っている気がした。
「瞬、ちょっと話出来るか?」
「ああ…いいよ」
瞬は少し戸惑う素振りを見せたが、最終的に了承した。
二人で施設の外に出る。
そこは、透明な床越しに星々が見える、まるで宇宙に溶け込んだような休憩スペースだった。
空気は冷たく澄み、わずかな人工重力が彼らの足元を支えていた。
今にも降ってきそうな星の光に囲まれて、二人は宙を見上げた。
「怒ってるか?」瞬がリヒトに聞いた。
「何を?」リヒトは聞き返した。
「お前が適合を受けるべきって言ったの拒否っといて、すぐに黄の適合を受け入れたこと」
「なんだ、そんなこと」
リヒトはそんなこと気にしてたのか、と笑った。
「怒らないよ。瞬は正しい。現に白は、まだ誰も覚醒してない。黄は不適合者もいないんだろう?」
「それは科学の力のおかげだよ」
「それでも。俺が出来なかったことを瞬はしてるんだ」
お前だって、俺に出来なかったことをいっぱいしてるじゃないか、
とは言えなかった。まだ、当分の間は言えそうにない。
胸に嫉妬がくすぶっている。
「お願いがあるんだ」
リヒトは真剣な顔で瞬を見た。
「黄をなるべくたくさん、増やして欲しい。」
「なんで?」
「あの時、助けられなかった奴らの顔がまだ離れないんだ。
全員を救いたい。どんな色も、無色も。」
「そんなの…無理だろ」
「無理でもやりたい。本当は俺が全部の色に適合出来れば良かったんだけど…」
「は?」
うすら寒いものを感じて、瞬はリヒトを見返した。
冗談かと思ったが、彼は真剣な顔をしている。
「ああ、言ってなかったっけ?俺、青と白の二色持ちなんだ」
「お前、馬鹿なのか…」
瞬は覚醒した瞬間のことを思い出す。
あれは、思い出したくないくらい宇宙酔いの十倍辛かった。
「覚醒した時、俺はくらくらしたよ。力が自分の身体の中で暴れてる感じ」
「うん。わかる」
「あんなの二回も…耐えらんねぇって…」
「無理でもやるよ」
「そんで?あともう一色とか思ってんだ?」
「まあ…黄は、瞬くんに任せるとして。」
リヒトは、どこか遠くを見るように笑っていた。
「赤は適合したいな」
「もう一回言うけど、馬鹿なん?」
二人は笑った。
前とは違う形だけど、もう一度やり直せる。
今度は信頼できる相棒として。
「黄ってどんなやつ?」
「王子様の皮を被ったバケモン」
「そっか。話が通じるなら良かった」
そんないいもんじゃない、と瞬は思った。
「人間のフリが上手いから、騙される可能性はある」
「謙遜すんなって。腹芸なら瞬も得意だろ」
二人は確かな絆を感じて、遅くまで話し合った。
そして最後にリヒトは瞬に忠告した。
「少し胸騒ぎがするんだ。気を付けて」
そう言うと、リヒトは自分の部屋に戻って行った。
隣にはカイハ、柚葉、そしてユノがいた。
けれど、心のどこにも彼女の温度は残っていなかった。
黄の光だけが、胸の奥で生き物のように脈打っていた。
シュン・スエナガ(日本名:末永瞬)――日本出身、能力:黄
(第二章完)




