7.黄色い悪魔
バスケ部のキャプテン、末永 瞬。彼は葛藤の中にいた。
誰もが彼を頼りにしたが、コートで輝くのは、いつも一人――阿川利人だった。
リヒトは少し前まで、瞬の良い弟分だった。
リヒトが弟の領分をわきまえている限り、彼らは仲の良い兄弟のようなチームメイトでいられた。
しかし、それは突然破られた。
彼らの成長という本来あるべき形ではなく、宇宙人の介入という残酷な手段を以て。
ギリ、と拳を握りしめる。
指の隙間から赤い血がにじむのも構わず、力を込めた。
なぜ自分じゃない――その問いが、頭の中で何度も弾けた。
そこに不意に影が差す。
「やあ、とてもいい嫉妬の波動だね」
金髪の絵本から出てきた王子さまのような風貌の男が立っていた。
瞬の意識はそこで途絶えた。
***
無機質な金属の床の上で目が覚める。
起き上がると、一人だった。
周囲は金属の壁が続く。冷たい光が床を反射している。
あの男は? 自分はどうなった?
廊下を出て、ふらふらと歩く。
「瞬!どこ行ってたんだ!心配したぞ!」
バスケのメンバーの朗と一悟が駆け寄ってくる。
二人とも同い年の友人だ。彼は見知った顔にほっと息を吐く。
「お、お前…その目…」
言われて、廊下の窓に映った自分を見る。瞳に黄色の虹彩が入っていた。
** *
瞬は一日前と同じ場所に立っていた。
彼は待ってた。ソレは初めて会った時と同じように金色の髪を揺らして
にっこりと笑っていた。
超越者の笑みに、居心地が悪くなる。
しかし、前ほどの恐怖はない。
これが覚醒か――胸の奥で何かが軋んだ。
熱でも痛みでもない、光のような違和感。それが、恐怖を食っていた。
「やあ、来ると思っていたよ」
「アンタ、俺に何かさせたいのか?」
「君を黄のリーダーにしてあげよう。」
「それで?」
「君は話が早くて助かるなぁ。僕の見込んだ通りだ」とソレイユは笑う。
王子様のような優しい風貌で隠した人ならざるものの狂気を、瞬は感じ取った。
「僕の星獣は大きくてね。ここには入らない。だから君が僕の手足になることが条件だよ」
黄色い悪魔が彼に笑った。
背後にはただただ深淵が広がっていた。
***
瞬は迷った。無理やり攫って行くか
それとも説得するか。
リヒトの提案を拒絶した自分が手のひらを返して、適合しろなどと
どの口が言えるのだろう。
ふらりと、ロウの背後に立つ。
ロウがくるりと後ろを向いた。気取られた。
咄嗟に彼の意識を奪おうとして、安心したように笑ったロウにすんでのところで手が止まる。
「瞬、探してたんだ」
「イチゴと一緒に決めたんだ、俺たちお前について行く。」
「え…?」
瞬は戸惑う。純粋な好意、信じ切った眼差しが胸を刺す。
「お前と一緒の色の適合を受けるよ」
「でも…俺は…あの時、リヒトを拒否して」
「ばーか!あん時はあん時や。状況が変われば戦略だって変わるやろっ」
後ろからイチゴが声を掛けた。
「俺らはさ、お前を信じてついて行くよ。他のメンバーだってきっと…」
「ごめん…ごめん」
瞬はロウとイチゴに謝る。
俺はお前らの信頼を裏切った。裏切ろうとしたんだ。
それが分かっているのか、彼らはそれ以上何も語ろうとはしなかった。
ただ、瞬の肩を叩いて、側にいた。それだけだ。
***
瞬はバスケ部のメンバー全員を集めて、これからの事を話し合った。
自分が黄の適合に覚醒したこと、ソレイユにこれからの適合者選定を一任されていること
そして、バスケ部のメンバーにそれを優先的に受けさせたいということも。
「いいよ。」「俺も」「さんせー。」
否定的な意見はなかった。しかし、柚葉だけが首を振った。
「柚葉、君はどうするつもり?」
「私はカイハを一人に出来ない。適合を受けるなら、緑にする。それまではどっか隠れてるわ」
「わかったよ。もしナギを見かけたら、このこと伝えてくれ」
「うん。アイツこんな時に、どこ行っちゃったのかな」
柚葉は少し心配そうに、少し怒った顔でナギの面影を思い出す。
いつから居ないのか、どこへ行ったのか、メンバーの誰も分からなかった。
「じゃ、俺たち行くよ」
瞬が先頭を切って、進む。目指す先は黄の適合施設だ。
柚葉は宿泊棟の分かれ道で彼らと別れた。
皆、一様に表情は固い。これから起こることへの不安と少しの希望を抱えている。
同じユニフォームの下で汗を流した日々。
今はそれぞれ違う“色”を選ぶ。
それでも、彼らはまだチームだった。
「瞬!女バスの皆をお願い!」
柚葉は最後に一言、瞬に、そして彼女のメンバーに声を掛けた。
瞬が後ろ手に拳を握って答えた。その手が存外たくましく見えて、柚葉はホッと息を吐く。
彼は何かを超えたのだろう。柚葉に超えられなかった何かを。
柚葉は立ち止まり、黄の背中が遠ざかるのを見送った。
もう、追いつけない。
それでも、笑っていた。
黄の適合施設は小さなホールを改造してあった。
縦型の筒に手を触れると、ひんやりと冷たく、液体が微かに波打った。
機械の低い唸りが、背筋をくすぐる。
一度見に行った白の巣よりも、適合施設らしかった。
「らしい、だろ? 作らせてみたんだ」
ソレイユが嬉しそうに瞬に笑いかける。
「この中で適合すれば、適合率が上がる。君もここに入っていたんだよ」
ソレイユがコンコンとそのガラスの筒を叩く。
なるほど、ソレイユは今までのどの色持ちよりも人間に近い。
人間を使って、適合装置を改造させたようだ。
瞬は眉を顰めたが、言葉にはしなかった。
「適合率とは?」
瞬は一歩近づいて問いかけた。
「そのままの意味だよ。そもそも不適合者というのは」
突然、筒の液体が小さく泡を立て、空気と一緒にこぽりと音を立てた。
驚いて一歩後ろへ下がる瞬。
ソレイユはそんな瞬を嘲笑いつつも、説明を続けた。
「適合率が10%以下の力が使えない者のことを言うんだ。この装置は適合率が20%まで引き上げられる。不適合者をなくすための装置だよ」
やはり、今までの内部の動向は外に知られている。
瞬はなるべく情報を引き出そうと話を続けた。
「無理やり適合率を上げて、影響はないのか?」
「それを確かめるのが、君たちラットの役目だろう?」
胸の奥がざわつき、血の気が引いた。
足元が少しふらつく。
これならば、白の方がまだマシだった。
判断を誤ったかもしれない。
瞬は目を閉じる。
「怯えてるだけの奴らに、未来はない。」リヒトの言葉が頭の中で響く。
俺たちは未来を勝ち取れたんだろうか。
頭の中の彼は答えてはくれなかった。




