41.世界政府潜入任務
部屋に居たのは小柄な男だった。
「やあ」
気さくな笑顔を向け、イチゴに挨拶をすると、手に取っていた写真を暖炉の上に置いた。
「イチゴくん。初めましてだね。会えてうれしいよ。」
この声だ。イチゴは何度も確認させらせた声を思いだす。ゆっくりと抑揚のない、柔らかい声。こちらが優位に立っていると錯覚させるようなへりくだった話し方。イチゴにスパイにならないかと勧誘してきた男だ。
***
アスリオンが崩壊し、黄の適合を受けた直後、イチゴは今までにない万能感を感じていた。身体に力が満ちている。足が軽い。頭が冴えわたり、視界はクリアで、どこまでも見渡すことが出来た。
(今ならなんでも出来そうやな)
ガラスに映った自分を見ると、平凡な黒い瞳にキラキラと黄色の虹彩が入っていた。瞬ほどではないにせよ、虹彩がはっきりとわかるほどの色の濃さだった。きっとそれは力の大きさや使い方に関係するだろう。といつもの癖で分析する。
適合のメリットが身体強化だけとは考えにくい。もっと扱いきれないような“何か”があるはず。と彼は早い段階で想定していた。
何かは体の奥底にきらきらと輝いていた。しかし、それは上手く掴めない。何度も、何度も奥底をさらって、やっと小さな一つがつかめたのは、赤の暴動の直後だった。
(やっぱり力はあった。使える)
そう確信してから、泉から湧きだすように力が溢れ、その中の一つを掴みとる。
小さく、戦闘には使えそうにないそれは、洗脳の能力だった。
***
部屋の暖炉の前に立っているジャック・デュナンを足元からゆっくりと見上げる。
平凡な男だ。きっと観衆の中に居たら、すぐに忘れてしまうような凡庸な見た目。しかし、それは日の当たらない活動をする者にとっては武器だ。
イチゴは抜け目なく目の前の男を見た。
「どーも。ミスターデュナン」
へらへらとした笑みを浮かべて近づくと、あちらも人当たりの良い笑顔で答える。
「例の物は?」
「コレですか? ワン博士からのお土産。」
イチゴはマイクロチップの入ったケースを掲げる。ジャック・デュナンがそれを奪うように手に取った。
いつの間にか後ろに控えていた女がそれをパソコンで読み取る。彼女が頷くと、ジャック・デュナンは堪え切れないような笑みを浮かべた。
「よくやった」
イチゴとリヒトの計画では、もう少し本拠地に近い位置でこのやり取りを行う予定だった。しかし、敵側は何かを察知したのか、直前にこんな辺鄙な場所に変えられた。
(誤算やなぁ。こんなに暗いと黄の力が使えへん。地理もよう分からへんし…)
しかし、ここだって何らかの拠点には違いない。如何にも何か隠してありますというアジトなのだ。せめてどこかに繋がる隠し通路くらいはあってくれ、とイチゴは心の中で祈った。
「残念だよ、イチゴくん。けれど君の役目はもう終わってしまった」
が、イチゴの祈りは通じなかった。
爆発音とともに家の天井が崩れ、ヘリコプターが現れる。ヘリから何人かの影がするりと降りたつ。ジャック・デュナンはその一人に抱えられ、ヘリと共に姿を消した。
イチゴは咄嗟に逃げるジャック・デュナンの身体に黄の光で追跡させる。
残されたのは十数人の兵士とイチゴ。
兵士の一人が合図をする。一斉に射撃が始まった。銃弾が当たった壁や床が崩れて土埃が舞い上がる。煙で視界が遮断されたが、兵士たちは銃撃を止めなかった。数分間の一方的な蹂躙が終わると、徐々に煙が晴れる。
誰もが床に倒れている人影を探していた。
兵士たちは床に向いていた視線を上げる。イチゴがまだそこに立っていた。
「こんなモンで撃ち取れると思われるなんて、舐められたもんやなぁ。」
彼は銃弾を手の平からパラパラと落とす。対峙している兵士の一人が震えながら、つぶやいた。少なくとも敵は黄の力に戦闘能力面で
「化け物…」
「そうや。あんたらが相手にしてるんはバケモンや。心してかかって来いや」
イチゴはにやりと笑って、構えた。
***
真夜中、通信音が鳴る。
リヒトは眠い目をこすりながら、通信機の通話ボタンを押す。
「…ん」
「失敗したわ。リヒト君、堪忍な」
「イチゴか…。」
ふぁ、とあくびが漏れる。今何時だと思ってんだ、と言いかけた。
「ジャック・デュナン、逃げられてもうたわ」
「馬鹿かっ!どんだけお膳立てしてやったと思ってんだ!お前、まさか……この期に及んでそっちのスパイしてんじゃねぇよな?」
「酷ない!?命かけた仲間に一番にかける言葉がそれぇ!?」
通信機から真剣な叫びが聞こえて、リヒトは思わずフッと笑ってしまう。
「わりぃ、冗談だって」
「ホンマにぃ?気ぃ悪いわ……まあ、失敗したんは悪いと思うてますよ」
「せやから、取り返すわ。ちょっとの間こっちに潜入させてもらおうと思うてん。」
「別に帰ってこりゃいいだろ。無理すんな。」
「ちょっとはええとこ見せんとね。帰るん遅くなるけど、心配せんといて」
イチゴは、そういうと一方的に通信を切ってしまう。
「切れた…」
再通信しても、電源を切っているのか通じない。リヒトはため息まじりに息を吐くと、隣ですやすやと眠るアズランの頬を撫でる。
(だいぶ大きくなった。けど、まだアズには俺が必要だ。)
アズランの背丈はぐんぐんと伸び、それに伴い精神的にも成長しているように見えた。先日、ヴェルディアが抜かされた、と少し悔しそうにしていた。
(早く、早く)
ベッドの上で膝を抱え、リヒトはこぶしを握り締めた。




