39.新たな一手
ナギニは何度も手を握って開く。手のひらから放出される黒の力を調整していた。ここ数日で馴染んだ力は、手のひらから放出させるのが一番細かい調節が出来た。
よしよし、上手くいっていると悦に入る。
その背後にいる背後霊、もといノクスは訓練に付き合うでもなく、ただぼーっと虚空を見つめていた。
猫みたいなやつだな。
ナギニは改めて、ノクスを観察した。
黒い髪に黒い瞳。背が高く、整った顔立ちではあるが、表情が乏しい。コミュニケーション能力は、ほぼ皆無。まるで迷子になった子供のようだった。
かわいくはない。が、懐かれて悪い気はしない。ちょっと邪魔くさいが。
ナギニとノクスとの関係は他の色持ちの地球外生命体と適合者の間のどれとも違った。黄のような導き手でも、赤のような仲間でも、白のような友達でも、緑のような師弟関係でもない。まして青のような親友のような関係では決して。
憎しみを抱いていた。
恐れて、拒んで、認められずにいた。
今でも、憎いという気持ちは消えない。コイツさえいなければ笑って生きていた奴がいるのに、と渦巻く気持ちがある。
ぐっ、ぱ、と握った手の平を見つめる。
けれど、あの時より自分は少し強くなった。
次は守る。この力は、皆を守るために使う。
ナギニは受け入れられなかった力を今、受け入れて、強くなろうとしていた。彼はもう黒に呑まれて助けを求めていた少年ではなかった。今、黒の戦士となろうとしていた。
それでも、胸の奥に沈んだ黒い石はまだ消えていない。
沈んだ黒い石はやがて彼を深く蝕むだろうか。答えは誰にも分からなかった。
***
あのブリッジでの話し合いの後、イチゴは無理難題を仕掛けてくるリヒトに辟易していた。サネナリはそれを見て、皮肉いっぱいの言葉使いを一旦収めた。ニコニコとイチゴの苦しむ様子を見ているので、性格が改善されたわけではなさそうだ、とリヒトは思っている。
リミ、ごめん。これが俺の精一杯。
リヒトは、心の中でリミに謝った。
「イチゴ、もう一回。次はこれ聞いて。」
「はあ!?また持ってきたん!?もう二十枚以上聞いてんで!?堪忍してやぁ!!」
リヒトは政府関係者の音声が入ったディスクを毎日何枚も届けた。それを聞いて、声のトーンや話し方、癖などで、繋ぎ役を探せ、と言っているのだ。
イチゴはさまざまな人間の音声を聞かされ、ここ数日ですっかり疲弊していた。
いいざま、とサネナリが目だけ嗤っているのが分かる。
しんどぉ…二重スパイってしんどお…
イチゴは二枚舌には自信があった。だが、自分を信じ切って預けてくるリヒトのような人間は苦手だ。結局それでも信じると澄んだ目で言い切る人間に自分は敵わないのだ。
だからあんまり関わらんようにしとったのに…
半泣きになりながら、リヒトが持ってきた音声ディスクを再生する。
「……?」
聞いている内にイチゴの表情が変わる。
「この抑揚、わざとや。普段はもっと低い声してるはずや」
真剣な面持ちで、もう一度再生した彼に、3人の視線が自然と集まる。
「コイツ……コイツやわ」
リヒトがディスクの詳細がかかれた紙をぺらぺらと捲る。この音声の人物は――世界政府議員上級補佐官ジャック・デュナン。
「知ってるか?」
「いや、知らん。」
「僕も知りません」
「…」
三人とも知らないと首を振る。リヒトはその人物を調べる為、データベースにアクセスした。しかし、『該当者なし』とはじかれてしまう。
「しょうがない。潜入するか」
「は?はぁ!?もしかしなくても、それやるの俺!?」
「もちろん!」
「俺、命軽い仕事だけは苦手なんやって…!」
リヒトは最上級の笑顔で答えた。サネナリがにこにこと上機嫌になり、その後ろではレオンが少しだけ眉を下げて、同情していた。
その日、いややーーーー!という叫びがアスリオンに響いた。




