38.裏切りの真意
思い立ったリヒトの行動は早かった。
食堂で食事を終えた3人、イチゴとサネナリとレオンを見つけると、声を掛ける。
「ブリッジまで、ちょっといい?」
にっこり笑うと返事も聞かずにリヒトは先頭を歩いた。
サネナリとレオンは不思議そうに顔を見合わせたが、イチゴを促し、ブリッジへと向かう。イチゴはいつもの笑みを浮かべていた。
しかし、少しだけ複雑な色が乗っていたことにサネナリは気づかなかった。
「で、何の用やねん?今更仲良くお話しましょうって訳でもないんやろ?」
イチゴがブリッジの中央に立っているリヒトに声を掛けた。
リヒトはイチゴを振り返って、笑い、黒い霧をふぅっと吹きかけた。
イチゴはやられた!と目を瞑る。
しかし、いつまで経っても何も変化はない。
恐る恐る目を開けると、サネナリとレオンが地面に倒れ、眠っている。
「え!?何しとんねん!?仲間やぞ!?」
イチゴはリヒトの行動に驚いて声を上げた。思わず、二人に駆け寄り、怪我がないか確かめてしまう。
「ふうん?やっぱり、お前はこっち側なんだ?」
リヒトが意味ありげに笑うと、イチゴはサネナリとレオンを背に庇い、リヒトに相対した。まるで庇っているように。
リヒトはますます笑みを深くする。
イチゴにはそれが恐ろしい笑みに見え、ゾッとする。
「な、なんやねん、お前…」
「俺はさぁ、殺そうと思えばいつでも殺せるんだ。お前も、ここにいる全員も」
知っている。
黒の力なら、一瞬で消える。考えた途端、背筋が氷のように冷えた。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
お得意の口八丁も出てこないほどの緊張感。つぅと背中に冷や汗が伝う。
「イチゴ」
名前を呼ばれ、リヒトの顔を見る。魅了されたように、体が動かない。
じり、と近づく彼に息が止まる。超越者というのは得てして圧を持っている。リヒトはそれが一層重い。彼の本気を悟り、イチゴは死を覚悟した。
「お前、政府と交渉したな」
「は……、はあ?」
収束していく圧力に、イチゴは息を吐きながら、盛大に顔を顰めた。
安堵で膝が笑いそうになる。心臓がまだ暴れていた。
「な、何言ってんねん!?俺はそんな…」
じいっと青い目で見つめられ、イチゴはしどろもどろになった。
コイツ、なんか俺の知らん力持ってんのか。
洗脳ならば、誰よりも強く発現出来ていると自負している。瞬よりも
けれど見透かすような瞳が、彼の心臓を叩く。
瞳の中の白い虹彩が煌めき、その次に緑の虹彩が煌めく、赤、そして虹のように黒い虹彩が煌めく。
う……
イチゴは居心地の悪さを感じて、諦めるように息を吐いた。
「ホンマ、かなわんわぁ……」
「スパイの報酬は?適合者の保護か?」
「今、喋られへん。」
口の前で×を作り、イチゴが首を振る。
「通信機や衛星監視なら今は無効だ。青の力で鎮静化されてる。」
「生体信号は?」
「認識できないんじゃないか?」
「…ホンマ、規格外なお人やな。ちまちま生きてる自分が嫌んなるわ」
イチゴは警戒した空気を一気に緩めた。
そうだ、イチゴはこんな顔をした奴だった。思い出して、リヒトがにかッと笑う。
「リヒトの言う通りや。凡人の浅知恵かもしれんけど、全員じゃなく一部でも生き残る方法を考えてたんよ」
「ははっ。戦国武将みてぇ」
リヒトは笑った。
「じゃあさ、お前このままスパイ続けろよ」
「は!?な、何言うとるん?!」
イチゴは慌てる。てっきり殺されるか、最良でもスパイは辞めさせられると思っていた。
「だって、まだ戦いは終わってない。戸ヶ崎は取り逃がした」
「あ、それ、俺やわ」
「なんだと」
ギリ、と歯ぎしりしてリヒトが怒りの表情を向ける。ひぇっとイチゴが震えた。両手を合わせて、リヒトに謝る。
「堪忍て!上からの命令やったんよ~」
この通り!と、ぺこぺこする姿に、リヒトは驚く。
「戸ヶ崎のバックに居る奴ともつながってるのか?」
「いや、誰かは分からんで。ただ、別系統で命令が来るから、戸ヶ崎がトップって訳でもないんやろなぁって…」
「そうか」
イチゴ自身も、繋ぎ役が誰なのかは知らされていない、と言う。
リヒトはそれきり黙り込んだ。
しかしこれで戸ヶ崎が担ぎ上げられた神輿であることは、明白となった。地球での黒の実験は完全なヤツの暴走だろう、ということも。
いつまでも防戦一方では分が悪い。
なんとかしなくては、と考え、ふと横に居るイチゴを上から下まで観察する。
「そっか、そっか。お前が居るもんな」
リヒトはイチゴの肩をポンと叩いた。
「へぇ!?いやいやいや!何させる気ですのん!?」
イチゴは嫌な予感をひしひしと感じ、思わず後ずさる。
「逃げられるわけないだろ」
リヒトは人の悪い笑みを浮かべ、イチゴの両肩をぐっと掴んで最終宣告した。




