33.氷解
母星からの着陸船が橋にドックされる。
リヒトとナギニ、そしてアズランとノクスがアスリオンのステーションに降り立つ。
たった数日の出来事だったが、帰ってきた瞬間、胸の奥に“我が家”の温度が広がった。
リヒトは自然とほっとした笑みを浮かべる。
ステーションにはごくわずかだが、アスリオンの幹部たちが並んでいた。
もちろん瞬も。ロウが母星側の下士官と名簿の読み上げ確認をしている。
そんな中、リヒトはナギニの背中を押す。
ナギの視線の先──ブリッジ中央にはカイハがいた。
連絡を受けて急いできたのだろう。遠くからでも、全力で走ってくる彼女の汗が光って見えた。
とん、とナギニがステーションの床を蹴り上げる。
政府側の人間は驚いたが、アスリオン側の者は誰一人、彼を視線で追いもしなかった。
彼はカイハのところにまっすぐに飛んでいくのはわかりきっていたから。
受け渡し中に受け渡し者が抜け出すという、少々の混乱があったものの、着陸船は静かに母星へと帰っていった。ステーションに出迎えのレオンやリミ、サネナリなど続々と集まってくる。
瞬が一歩踏み出し、リヒトの前に立った。
「リヒト…今回の件だが」
この場で瞬に謝罪させるわけにはいかない。
リヒトは瞬の言葉より早く、その手を強くつかんだ。
軽く引くと、瞬の身体は簡単によろける。
──痩せたな。
リヒトの胸がきゅっと痛んだ。
瞬はリヒトの肩に顔を埋めた。
その背中が震えている。
リヒトは、後ろにいる仲間たちへ“離れろ”と手振りで示す。
皆は静かに散っていった。再会の挨拶は後でいい。
今、優先すべきは瞬だけだ。
やがて、瞬が小さく顔を上げた。
涙の跡が微かに光っている。
「……お前だけだ」
「へ?」
瞬の声は擦れた糸みたいに細かった。
「お前だけが、自分と同じに見える」
リヒトは瞬の突然の告白に目を見開いた。
「どういう意味だよ?」
「柚葉が死んだとき、泣けなかった。」
「裏切者が誰か、なんて興味がなかった」
「もう俺の中では、命は数字でしかない。どんな非情な判断も下せる。どれだけ犠牲が出ても……心が痛まない。」
再びリヒトの肩に額を押しつける。
「……でも、リヒト。お前がいなくなるのだけは……嫌だ」
リヒトは笑うしかなかった。
「なんだよそれ、告白でもされてんのか? 俺は」
「お前をそういう目で見たことはない。」
「だよなぁ…」と、リヒトはへらりと笑った。
「俺は逆だよ。みんな同じに見える。アスリオンの奴らも、母星の人間も、アズランたちも。好きな奴も嫌いな奴も、誰の死だって見るのは嫌だ。助けられるなら助けたい。だから…」
瞬の背中を勢いよく叩く。
「いってぇっ!」
リヒトは続ける。
「お前の中の“人間の部分”くらい、俺が引き受けてやるよ。」
瞬が目を見開いた。
その瞳から、長い間凍っていたものが静かに溶けていくのが分かる。
「今日から俺がお前の“良心“だからな。せいぜいご機嫌取りに励めよ!」
瞬が小さく笑った。
涙がひとつ、リヒトの肩に落ちる。
氷のようだった瞬の表情が、ゆっくりと解けていく。
二人の間に、ようやく温かい息が流れた。
──氷解。
その言葉が、リヒトの胸にそっと落ちた。




