23.変化―超次元ドッジボール大会
母艦は宇宙に停泊するスポーツエリート養成機関だ。
全長5キロの居住型母艦。本来は数万人を収容する学園都市だが、今は高等部の千人だけ──広すぎる宇宙の箱舟は、静かすぎた。
電波ジャックのおかげで、母星の地上波は入ってくる。月に一度娯楽施設の提供も政府に約束させた。しかし、週に1度の休みとなると、やることもなくなってくる。
「あ゛ー、暇!」
ナギニがソファに寝転んで、叫ぶ。
「今までだって、似たようなもんだったろ?」
リヒトが呆れた顔で指摘する。
「リヒトぉ。お前、なんで他人事なんだよ。今までだったら…」
そう今までだったら、仲間とバスケ三昧だった。
息抜きに卓球やバレーもしていた。
けれど、それが出来ない。──バスケは一投で終わった。卓球は玉が潰れ、バレーはボールが爆ぜた。もはや競技にならない。
そんなわけで、スポーツエリートの教育機関であるのに、肝心のスポーツが出来ない。
フラストレーションは溜まるばかりだ。
「スケートはいいよな。逆にどこでも滑れるようになってさ。」
「まぁ、あれは羨ましい」
リミは艦内を縦横無尽にスケート靴で滑っている。
「格闘技系もさ、相手も強くなってるからやりたい放題で」
「そうだな」
レオン達は嬉々として自分たちの技を極めている。
「陸上のやつらだってさー、走り放題。飛び放題。」
「確かに」
飛ぶのはともかくとして、走り込みしている姿は何度も見ている。競争相手も同じくらい走れるから、良い刺激になっている。
「それにくらべて俺たち球技は…」
身体能力の向上により一気につまらない競技と化してしまった。
「身体能力が生かせて、楽しめる競技を作ったらいいんじゃないか?」
「そっか、そうだな!リヒト、お前頭いいな!」
ナギニのお祭り男の血が騒いだ。リヒトを連れ、楽しそうにほうぼうに声を掛けだした。
「で?…その結果がコレ?」
カイハがあきれ顔で隣のリヒトを見る。
ドームの中に観衆が集まり、空気が熱気を孕んでいる。
ドーム全体にアナウンスが響き渡る。
「第1回!アスリオン杯・超次元ドッジボール大会、開幕です!」
ナギニが満面の笑みで、観衆を焚きつける。
「お前ら、準備はいいかーーッ!!」
歓声が轟く。
床に展開されたコートには、力を吸収・変換するナノ障壁フィールド。
ボールは重力制御付きの“プラズマボール”。
ぶつけられても命の危険はないが、衝撃と重力反転で吹き飛ぶ仕様だ。
カイハが呆れ顔でドッチボールのコートを見る。そう、ドッチボール。国際ルールではなく日本ルールの、古式ゆかしいドッチボールだ。
何故、彼らがそれを知っているのか。ここが日本人創設の学校だからである。
レクリエーションの度に、日本式のドッチボールを教え込まれ、学内でルールを知らない者はいない。そして、ボールの強度さえクリアすれば、同じ身体能力を持つ者同士、こんなに白熱することはない。
トーナメント方式にしたドッチボールは全校生徒を巻き込んでのお祭り騒ぎとなった。予選は光と熱の嵐。生徒たちは笑い、叫び、倒れ、立ち上がる──それは戦場であり、青春の祭典だった。
本選に進んだ各チームのテロップが出る。
■瞬チーム(黄〈ソレイユ〉精鋭)
→ 統率力・作戦力No.1。
能力:反射・光操作・時間感知。
キャプテン瞬が全体を指揮、チーム連携は軍隊級。
■レオンチーム(赤〈ロッソ〉精鋭)
→ 個人能力・反射神経・筋力の暴力。
キャプテン・レオンの号令で前線突破型。
あだ名「人間彗星部隊」。
■リヒトチーム(白、緑、赤の他色系)
→ 多彩なバランス型。
メンバー:リヒト、ナギニ、カイハ、サネナリ、他。
■ソレイユチーム(黄二軍)
→瞬の右腕であるロウ率いる頭脳特化型チーム
チーム連携に加え、全員が軍参謀級の頭脳を持つ
【第一試合】:レオンチーム vs 瞬チーム
開始の電子ホイッスルが響く。
ピィィィ――!
レオンが最前線に立つ。
その背後には、同じく筋力強化系の猛者たちが並んでいた。
「行くぞォ!」
怒号と共に放たれた初撃は、音を裂いて空気を震わせる。
ボールがまるで流星のように一直線に飛ぶ。
「シールド展開、2秒前。」
瞬の声が冷静に響いた。
黄色い光壁が前衛を包む。
レオンの弾丸のようなボールがぶつかり――光と衝撃が炸裂する。
「跳ね返せ!」
反射角を計算し尽くされた壁が、ボールを正確に逆方向へ。
相手コートの端にいた選手の肩をかすめ、そのまま脱落。
レオン「チッ……作戦かよ。」
瞬「勝負は力だけじゃない。」
レオンが二撃目を放とうとした瞬間、コートの足元が微かに光る。
――トリック・ライト・トラップ。
光で一瞬だけ相手の視界を乱す。
その隙に瞬が中央を突破し、低い姿勢から一閃。
ボールが床を滑るように走り、レオンの足元を捉えた。
「うおっ……!」
レオンがよろめいた瞬間、二発目が飛ぶ。
反応が間に合わない。
胸に直撃。
「レオン、アウト!」
観客席がどよめいた。
まるで戦場のような歓声。
だが瞬はただ、短く息を吐くだけだった。
「……想定通り、っと。」
彼の冷静な作戦勝ちだった。
力の勝負で勝てぬなら、読みと統率で上回る。
黄らしい完璧な勝利。
【決勝戦】:瞬チーム vs リヒトチーム
アリーナに静寂が戻る。
最後に残った二人が、ゆっくりとコートの中央へ歩み出る。
リヒトは笑った。
「お前、こういうのでも真面目だよな。」
瞬も笑う。
「お前もな。だからこそ、負けられない。」
ピッ、とホイッスル。
ボールが宙を舞い――同時に二人が動いた。
光と風が交差する。
リヒトの軌跡は柔らかく、瞬の動きは鋭い。
瞬が光速ステップで相手の背後へ。
ボールが地面に突き刺さり、衝撃波がドームを震わせる。
観客「うおおおおおお!!」
リヒトが笑いながら言う。
「ドッジボールってこんな命懸けだったか?」
「あんたたちのはもう球技じゃなくて災害よ!!」
カイハが呆れ気味に叫ぶ。一瞬の交差。
二人のボールが正面でぶつかり、爆光が広がった。
観客が息を呑む。
光が収まった時、二人ともまだ立っていた。
「……引き分け、です。」
審判AIの声が響く。
瞬は光の残滓の中で、リヒトの笑顔に“もう一つの太陽”を見た。
リヒトはその視線を受けながら、子どものように無邪気に笑った。
一拍遅れて、歓声が爆発した。
ナギニが叫ぶ。
「すげぇぇぇ!!!」
カイハが笑いながら涙を拭う。
「もう、ほんとにバカなんだから。」
***
観客席に残った光の粒子が、まだふわりと舞っていた。
ナギニが仲間たちと楽しそうに笑い転げている。
リヒトはそれを少し離れて見ながら、微笑む。
カイハが隣に座った。
「ナギ、楽しそう」
「うん、あいつはやっぱり大勢に囲まれてる方がいい」
「あいつ…力の制御は進んでるの?」
「うーん、それがなかなか。」
黒の力の制御はナギニ自身が受け入れていない為、遅々として進まない。
一筋の不穏な空気を感じながらも、リヒトはひとときの休息を享受した。
柚葉もアズも居ないのに、自分もカイハも笑っている。
そのことにちくりと胸が痛んだ。
彼らの時は止まっている。
自分たちの時は止まらず、進んでいく。
同じ時、政府の研究施設でコポリと青い液体が息を吐くように蠢いた。
それは誰にも気づかれず、しかし確実に迫ってくる変化だった。
静寂を破るように、遠くで通信アラートの小さな光が点った。




