22.白の再適合
「お前たち、わたしを探していたのか?」
ブランカは笑みを収めて、少しだけ首を傾げた。
透き通るような声が、白い艦内に反響する。
「そうよ。全然帰ってこないで、一人で何してたの?」
「うむ、ちょっと小型艦の操縦をな…」
リヒトが眉をひそめる。嫌な予感がした。
「その小型艦、今どこ?」
「ちょっと失敗して小惑星に衝突してな」
「勘弁してよ!補給艦の数、ギリギリなんだから!」
ぶつぶつ文句を言うリヒトの横で、カイハはくすっと笑う。
どこか昔の空気を思い出したように。
「とにかく、今回は一緒に帰ってもらうから」
リヒトの言葉は強く、迷いがなかった。
ブランカは一瞬きょとんとして、少しだけ笑みを浮かべる。
「……ああ、命令なら仕方ないな」
操縦桿に向かったリヒトの背中を見ながらブランカがつぶやく。
「なんだかアイツ変わったなぁ…」
「皆を守ってくれたわ。」
「お前も変わったな。あの時のおどおどした感じがなくなった」
ブランカはカイハの頭をやさしく撫でた。
彼女は分かったのだろうか、カイハが大切な人を失くしたことを。
大切な人の死というきっかけで覚醒したことを。
***
母艦の格納庫。
ハッチが開くと同時に、瞬とナギニが待ち構えていた。
「お前ら、そんな所でどうした?」
リヒトが二人に気づいて駆け寄った。
「ああ、コイツが再適合に駄々をこねてな…」
瞬が青筋を立てて怒っている。その隣でナギニが死にそうな顔をしている。
「リヒト~俺、黒はやだよ~」
「って言ってもなぁ…黄の適合ダメだったんだろ?」
リヒトが肩をすくめると、ナギニはしゅんと頷く。
「ノクス、他の色で再適合出来ると思うか?」
影がゆらりと揺れ、ノクスの声だけが陰から聞こえる。
「おそらく無理だ。黄と黒は六色でも別格の強さだ。先に適合した色が邪魔して他の色には適合出来ないだろう」
リヒトは「ほらな。」と、いう顔でナギニを見る。
その横をカイハが通り過ぎた。
「いつまでもウジウジウジウジ、かっこわる~」
一言、余計なことを言いながら。
ナギニがまるで石でも乗せられたかのように項垂れる。
カイハの後ろから、ブランカが興味深そうにナギニを覗き込む。
「ああ、本当だ。こういうのを女子は、かっこ悪いと思うのだな」
ずん、とまた一つ、特大の石がナギニの上に乗せられた。
気の毒に、と瞬とリヒトは顔を見合わせた。
しかし、味方は出来ない。こういうときの女子に逆らうことは死を意味するから。
「じゃ、行くか。」
「手伝う」
瞬とリヒトに両腕を掴まれ、
「いやだあああああああ!!!」と叫びながら、
ナギニは再適合室へとずるずる引きずられていった。
** *
人工風が吹く。秋の香りを模した冷気。
《アスリオン》の環境制御は四季を再現している。
——あれから、もう九ヶ月。
ブランカの培養液を満たした筒型の装置が五基、白の巣に並ぶ。
その中を白の培養液で満たし、不適合者が順に入っていく。
ブランカは興味深そうに筒型の適合装置を眺めた。
「面白いな。私も入ってみたい」
彼女は無邪気に装置の周りを見て回る。そこへソレイユが向かって来た。
ブランカは毛を逆立てた猫のように、距離を取る。
どうやら苦手なヤツというのはソレイユのことだったらしい。
彼女が人間らしく見えて、リヒトは笑ってしまった。
「リヒト、お前、アレのことが苦手じゃないのか?」
「別に?」
「アズランもアレは苦手だったぞ。と言うか、ヴェルディアもロッソも。」
ノクスが言っていたのはこのことか、とリヒトは納得した。
彼らは本能レベルでソレイユが苦手なのだ。
互いを語らないと言っていた彼らが、つい口が滑ってしまうくらいには苦手なのだろう。
「じゃあ、俺の部屋にでも隠れておけば?」
「いいのか?恩に着る」
まるで武士みたいなことを言って、ブランカは消えた。
そこへソレイユがやってくる。
「おや?ブランカが居たと思ったが…」
「逃げた。」
「そうか。久しぶりに話そうと思ったけど、まあいいか」
ソレイユはたいして気にした様子もなく、装置を見上げる。
再適合は順調だ。その功労者の一人であるソレイユをリヒトは見上げる。
彼はいまいちつかめない。
他の色持ち人外たちは、すでに敵意もなく、
自分の色の適合者たちを眷属として迎え入れている。
微かな情のようなものが、見て取れる。
しかし、彼だけは、まだつかめないのだ。
するとその時、警報が鳴った。
ビーッ!ビーッ!
けたたましい音で異常を知らせる音に誰もが緊迫した様子を見せる。
リヒトは白の巣から出て、視界の端で黒い靄を見た。
方向は——黄の適合施設。
「ナギ!」
彼は迷わず駆け出した。
扉を蹴り破ると、闇が押し寄せるように吹き出す。
中は黒い霧で視界が奪われ、音も熱も歪んでいた。
「ナギ!どこだ!返事をしろ!」
「……り、ひと……」
微かな声。
その方向へ飛び込むと、ナギニが床に倒れていた。
身体から黒い靄が渦を巻き、まるで命を喰らうように漏れ出している。
「ナギ!力を受け入れろ!拒否するな!」
「だって……怖ぇんだよ……こんな、人を消せる力……!」
「馬鹿か!使うのはお前だ、使い方次第で何にだって変わるだろ!」
リヒトの叫びが響く。
焦燥と怒りが混じる。
それでも彼は、怒りの奥にある“優しさ”を掴んだ。
——守りたい。
——もう誰も失いたくない。
「お前なら、その力だって優しい使い方が出来る!!」
その言葉に呼応するように、黒の靄が逆流した。
ナギニの瞳に光が戻る。
霧が晴れていく。音が、色が、世界に戻っていく。
リヒトの腕の中、ナギニはゆっくりと意識を手放した。
安らかな表情だった。彼をゆっくりと床に寝かせると周りを見渡す。
幸い施設は無人だったようで、被害者を出さずに事態を収拾できた。
はぁ、とリヒトは胸を撫でおろす。
ガチャリと扉が開いて、瞬が駆け込んでくる。
「リヒト、大丈夫か?何があった?」
「ナギが……暴走しかけたけど、もう大丈夫。当分、俺が側にいる」
「そうか……」
瞬の表情に、かすかな安堵が走る。
リヒトはナギを担ぎ、もう一度だけ白の巣を訪れる。
「リミ。俺、ちょっとの間、部屋に籠るから白の再適合のやつら、お願いしていいか?」
「いいけど、どうして?」
「ナギの再適合がちょっと不安定なんだ。」
「それで?四六時中お世話するってわけ?」
リミは肩に担いだナギニを睨んで、珍しく嫌味を口にした。
「うん、ごめんな。白のやつらは安定してるし、お前に任せておけば大丈夫って思ったんだけど…」
「負担だった?」とリヒトが心配そうにリミの顔を覗う。
「そんなことないわよ…」
「ただ、最近リヒトがその人ばっかり構うから、面白くないだけよ」
照れたように視線を逸らして、それでも彼女はきちんと主張を口にした。
リヒトはそれが実質的な告白とは気づかない。彼は優しく笑って、感謝を口にする。
「リミは人を纏めるのが上手いから、つい頼っちゃうんだ。いつもありがとな」
「埋め合わせはするから」
と彼はナギニを担いで、行ってしまう。
その後ろで瞬がぼそりと「気づかれずに終わったな」と言った。
「~~~っ!!うっさい!」
リミは思い切り悪態をついて、白の巣の中に戻って行った。
***
ナギニをベッドに下ろした瞬間、ブランカが姿を現した。
リヒトは自分が部屋に居ろと言ったにもかかわらず、ぎょっとした。
「お前、本当に俺の部屋に居たんだな……」
リヒトが思わず笑う。
てっきりどこか他の場所にでも行ったかと思っていた。
最悪、小型艦でまた宇宙にでも出かけたかと。
「アズランの最後はどうだった?」
ブランカの声が、やけに静かだった。
リヒトの心臓が締めつけられる。言葉を探しても、喉が動かない。
彼の中ではまだ終わってない。傷が痛い。目の前が暗くなる。
どのくらいそうしていただろう。
リヒトは一言、言葉を発した。それが自分の声だと後から気づいた。
「オレガコロシタ」
「オレガ…オレが…俺が殺した!!俺を庇って、アズは死んだ!」
その時、青い光が床を転がる。
アズランの星獣たちだ。
リヒトは彼らをそっと抱き上げた。
「……ごめんな。お前らの主人を、俺が……」
涙が、静かに落ちる。
それはぽつりぽつりと、青い軌道を描く。
星獣たちはそれを受け止め、青く輝いた。
「そうか…アズランはお前に星獣を託したんだな」
彼女はふわりと浮かび、リヒトの頭を抱きしめた。
リヒトはその胸の中で、声を殺して泣いた。
今度の涙は、ぽとりと白い軌道を描く。
泣き疲れた彼の背を、ブランカの手が静かに撫で続けていた。
部屋の灯りが落ちた暗闇の中で、ナギニがそっと目を開けた。
リヒトの本音を聞いたのは、これが初めてだった。
頬を伝う雫が、後悔なのか、贖罪なのか、それともただの嘆きなのか――
彼にも、もう分からなかった。




