21.虚空のデパート再び
無限に続くような白の空間。
床も天井も、鏡みたいに自分たちの姿を映し返してくる。
リヒトは息を吐き、重力のない足場を一歩ずつ確かめながら歩いた。
隣ではカイハが腕を組んで、慎重に周囲を見回している。
「……ノクス、本当にここなのか?」
影の中から低く返る声。
「うん、いるよ。白の気配が濃い。」
「カイハ、何か感じる?」
「うーん……“空気”が違う。何か、生き物じゃない何かが息してる感じ。」
「俺には全然わからん。探索向いてねぇのかな、俺。」
リヒトが肩を落とすと、カイハが小さく笑った。
「まぁ、あんたは“見つけたあと”が得意だから。」
──この瞬間までは、ただの探索任務のつもりだった。
***
白光を放つ円形の室内。
液体の入った培養槽の前で、ナギニが手を突っ込んだ瞬間——
「……ッ!」
しゅわ、と音を立てて皮膚が煙を上げた。
「これはダメだな…」
「濃度を薄めたんだが、無理か」
瞬は無表情でデータを見つめ、
ロウとイチゴはその無慈悲な実験風景に眉をしかめた。
「もうやめようぜ。このままだと俺、溶けてなくなっちゃう…」
黒に適合しきれなかったナギをどうにか黄に適合出来ないか、実験をしているのだった。濃度を最大限まで薄めて試したのが今、である。
「お前らが普通に話してくれるだけで、もう十分だよ」
ロウが不思議そうに聞く。
「俺たちだけ?赤と白のやつらも普通に話してなかったか?」
「リヒトの前だけ、な。」
ナギニは苦笑する。
自嘲にも似た笑い。
「黄になったところで、俺の罪が消えるわけでもないし」
「カイハは?お前ら付き合ってたろ?」
「っ!お前、それは禁句っ!」
イチゴが割と皆が避けていた話題を振る。
ロウが止める間もなかった。
ナギニは苦笑した。
「もうとっくの昔に見限られてるよ。カイハが覚醒した時に、怯んじゃってさ…」
あの時はまだ覚醒者に対して、誰もが恐れていた時だ。
ロウもイチゴも同じ態度を取ってしまっただけに、ナギニだけがその時の罰を受けているようでいたたまれない。
「仕方ない、それなら黒の適合をするか」
「は!?嫌だよ!それこそ誰も話してくんなくなるじゃん!」
ナギニの抵抗も虚しく、瞬の視線が鋭く光る。
「不適合者のままでは、いずれ淘汰される。」
瞬は艦内の不適合者をなくすため、再適合を進めている。
黄の適合装置を使い、赤の再適合はあらかた終わっている。
不適合者は、不在の白とナギニを残すのみであった。
リヒトという前例が居るので、ナギニも、と思ったが
黒と黄はどうにも反発し合うらしいというのが今のところの見解だ。
ならば、赤ですでに成功例もある同色で適合し直すのが一番だ。
瞬の言っていることは理に適っている。しかし人情はなかった。
「黒の培養液は生成済みだ。今すぐにでも適合出来る」
「なっ!お前、最初っからそのつもりだっただろっ!」
瞬の周到さをこれほど呪ったことはない。ナギニは逃げた。
瞬がそれを簡単に取り押さえる。
ロウとイチゴはどちらに加勢すべきか迷った。
「待て待て待て!冷静に、一回話し合おう!ね!瞬君!」
黄の適合施設に、ナギニの虚しい抵抗が響いていた。
***
――同じころ。
白光が床を反射し、足音がやけに響く。
どこまでも続く鏡のような通路。
リヒトとカイハは慎重に進んだ。
「……なあ、今の音聞こえたか?」
「うん。刃物みたいな……音?」
カイハが一歩前に出た。
遠くから、金属がこすれる音が連続して迫ってくる。
ジャキン。ジャキン。ジャキン。
次の瞬間、吹き抜けの影から白い髪が現れた。
その後ろを、数十の殺戮兵器が這うように追ってくる。
「……ブランカ!?」
「ん? あぁ、いたのか。助かった。」
その無邪気な声に、背筋が冷たくなる。
「それ、何持ってんの!?」
「これか?」
右手に光るのは、真珠をあしらった高級ブローチ。
「お金払ってないでしょ!」
「金はない。」
「なら戻してきなさい!」
「それも嫌だ。」
金属音の奥に、規則的な呼吸音のようなものが混じっていた。
だが、それは生き物の息ではない。
機械が“生き物の真似をしている”──そんな、悪趣味な模倣だった。
その赤い光点が一斉に三人を捕捉する。
「っ、逃げるぞ!」
デパートのガラスが次々と砕ける。
追いかけてくる殺戮兵器の群れ。
無音の機械が、しかし確実に足音だけを響かせて迫る。
吹き抜けまで到達し、三人は宙へ跳ぶ。
殺戮兵器たちは後を追って飛んだが、すぐに空中で失速。
鉄塊のように落ち、下階で爆散する。
金属音と火花が交差する中、三人は着地した。
しかし、一階にいる殺戮兵器が察知して追いかけてくる。
三人は小型艦まで走った。
ギィィィィィン!!
小型ミサイルが三人を追いかけてくる。
一つはリヒトが跳ね返したが、一つが空中で爆発した。
余波で爆風を浴びる。次に来た飛び道具を、カイハは空中で一閃して蹴落とした。
そして、そのまま滑り込むように小型艦へ飛び込んだ。
「発進!」
操縦士がスラスターを吹かす。
「ハハハ!」
久しぶりに会ったブランカは、楽しそうに笑った。
カイハが爆風でボロボロになった髪を掻き上げる。
リヒトと目が合って——思わず吹き出す。
小型艦が無事、宇宙空間に抜ける。
彼らを追うように、虚空のデパートが小さく光った。
あの白い光の中に、まだ“何か”が笑っている気がした。




