小話6 届かなかった想い
ずっとずっと見ていた。
茶色の柔らかそうな髪、優し気に細められる青い瞳、少年と青年の間を行ったり来たりするその表情。
いつか私のものになると思っていた。
私たち4人は幼馴染だった。
国籍が違うのに、ただバスケというスポーツだけで繋がっている幼馴染。
親元を離れ、不安な4人はすぐに仲良くなった。
お調子者のナギ二、優しいリヒト、人懐っこいカイハ、そしておっとりした柚葉。
彼らはバスケの遠征や特別コーチングで会う度、親交を深めた。
時間と親交は比例しないというのならば、彼らはその分かりやすい例だった。
過ごした時間は少ないのに、幼馴染と言えるほどの濃い時を過ごした。
アスリオンに入学する前、カイハと柚葉の両親が分かれた。
元々、アスリート同士で結婚し、お互い自国のチームに所属している彼らがすれ違わないわけがなかった。カイハはフランス人の父に、柚葉は日本人の母に引き取られた。
入学するまでの一年間、二人は一度も会えずに過ごした。
桜の花が舞う入学式、名門であるアスリオンに入学出来たことを喜ばない親は居ないのではないかと思うくらい、学園の門は別れの親子で賑わっていた。
柚葉の母は来ない。ちょうど遠征が重なって、来られないと連絡が来ていた。
「柚葉!」
見知った声が聞こえ、柚葉は振り向く。
「カイハ!」
今、一番会いたかった姉が、目の前にいる。
彼女に飛びつくと、その隣に人影があることに気づく。
「ナギ!」
「おう、元気だったか?」
どういうことだろう。ふわりとお腹が浮くような感覚がした。
カイハを振り返る。笑顔が保てているか怪しかった。
「へへっ…!今ナギと付き合ってるんだ」
カイハは照れくさそうに言った。
彼女の一番が自分ではなくなってしまった、ということに柚葉は気づいた。
すると、後ろから屈託ない少年の声が聞こえる。
「柚葉!」
彼女の名前を呼び、手を振りながらリヒトがやってくる。
柚葉のお腹に溜まっていた、モヤモヤが吹き飛ぶ。
「リヒト!」
「おお~!ひさしぶり!…ナギ!カイハ!お前らもいたのか!?」
カイハの手を振り払い、リヒトに飛びつく。彼女を一番に見つけてくれたことも嬉しかった。
リヒトに抱きついたとき、胸が痛かった。どうしてなのか、その時の私はまだ知らなかった。
わずかに彼の方が高い背で、足が宙に浮く。
よかった、私にもいる。きっとこの人が唯一の人になる。
カイハは柚葉の日記を偶然見つけた。
見るつもりはなかった。けれど、偶然開かれたページは
懐かしい入学式の日のことが綴られていた。
知らなかった。彼女が自分とナギの間に嫉妬していたなんて。
知らなかった。彼女がリヒトを好きだったなんて。
伝えなかった想いが今、ここにある。
あるのに、伝わらなかった想いは彼の中にない。
それは、そんな思いはなかったということだ。
カイハは柚葉の日記を抱きしめた。
柚葉が抱いていた“届かなかった想い”が、今になって胸を締めつける。
どうして、あの時気づけなかったのだろう。




