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黎明の適合者 -Colors of Dawn-  作者: 雨野 天
第一部 第四章

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17.受容、そして次へ―

リヒトは(ロッソ)の適合を受ける。


「本当にいいのか?」


最後に(ロッソ)がリヒトに確認した。赤い炎が彼を包む。

ロッソの記憶が流れ込む。


原初の頃、彼はマグマだった。マグマは意思を持ち、自らを発火させた。

時が経ち、中にマグマを内包する大きな星獣たちと(ロッソ)は旅立つ。


赤い軌道が何もない宇宙空間に一筋の色を残す。


他の色持ちと会い、ロッソはガッカリした。

彼らはそれぞれ使命を持つ高次生命体だが、自分と同じではなかったから。


六色は宇宙空間で軌道を描きながら、飛んでいく。

それぞれがそれぞれの使命を抱きながら。


(ロッソ)の適合が終わると、リヒトは目を開けた。

いつものような宇宙酔いはなく、しっかりと二本の足で立っている。

目の前のロッソは記憶を共有したことで、少し照れているように見えた。

彼はずっと、自分と同じ存在を求めていたのだ。


リヒトの中に、情熱が灯る。

それは(アズラン)と対極の力だった。

大丈夫、抑え込める。拳を握り、身の内に燃える衝動を抑え込む。


「ロッソ、ありがとう。」


リヒトはロッソに笑いかけた。

ロッソは拍子抜けしたように、目を丸くした。

リヒトの笑顔に身の内を焦がす暴力の欠片も感じなかったから。


四つの色が胸の奥でうねり、時折、体が軋む。

それは“力の拒絶”ではなく、“世界の摩擦”だった。

それでも彼は歩くことを選んだ。


青の静寂を失い、緑の温もりを得て、

いま、赤の衝動が胸を焼く。

それは痛みではなく、生きている証のようだった。


***


「瞬」

黄の適合施設で、彼に声を掛ける。


「俺、行くよ。ナギを助けてくる」

「ダメだ。俺が行く」

「瞬の力じゃ、ナギが消えてしまう。俺がなんとかするから」


(ノクス)の消失と(ソレイユ)の光。対極の力。

リヒトが(ソレイユ)の力を欲さない理由がここにあった。


「ダメだ。俺は…俺はナギかお前かを選ぶなら、リヒト、お前を選ぶ」


その言葉にリヒトが目を見開く。


まばゆい光の中、リヒトは眩しさに思わず目を瞑った。

瞬が初めて、(ソレイユ)の力を発動させた。

彼は、リヒトの力の抜けた体を受け止める。


「リヒト、ごめん…」


お前の意思を尊重することが出来なくて…



***


リヒトは意識のないまま、(ソレイユ)の適合装置に入れられる。

(ソレイユ)の培養液がこぽこぽと気泡を出している。


「君がこんな手段に出るとはね」

王子然としたソレイユが瞬に近づく。


「彼は嫉妬の対象だったのでは?」

「その段階はとうに過ぎた。俺の中では消化済みの感情だ…」

「そうか。人間の時間は早いなぁ……瞬く間だ」


ソレイユは何故か楽しそうに笑う。


「今は好意、庇護、親愛、と言ったところかな?」

「人の感情を読むな」


「いいのかなぁ?これは人間的には嫌われる行為じゃないのかい?」

「いい…嫌われても、リヒトが、こいつが生きてるなら…」

「人間はおもしろいね。感情を恐れるなんて。」


ソレイユは理解できない風に目を細めた。


しかし次の瞬間、面白そうに笑う。

「けど、彼は拒んでいるみたいだ。」


ぼこぼこと培養液の中から先ほどより激しく気泡が上がる。

培養液が沸騰している。リヒトが(ロッソ)の力を使い、(ソレイユ)の適合を拒んでいる。


「そんな…なんで…」

「彼、僕の力は要らないって。このままだと死んでしまうよ」


どうする、と黄色の瞳が面白そうな色を湛える。

瞬は迷う暇も与えられなかった。装置を緊急停止させ、培養液毎、彼を開放する。


黄色の培養液が床に広がる

その上に、リヒトがせき込みながら、膝をつく。


「リヒト!」

瞬は汚れるのも構わず、彼に駆け寄る。


「瞬。俺、(ソレイユ)の力は受け取れない。」

「……」

「お前に、辛い選択させて、ごめん…。お前はさ、皆の英雄(ヒーロー)だ。アスリオンの希望。だったら、俺はお前の光になる。捨てさせないよ、何も」

「リヒト…」

「ナギを助けてくる」

「…死ぬなよ。絶対に二人で戻ってこい。」

「うん。行ってくる」


リヒトは炎で培養液を蒸発させると、そのまま飛んでいった。

瞬は、彼を目で追う事も出来なかった。




***

空気のない宇宙空間に、二つの影が交錯した。

赤い炎と黒い霧——光を奪う闇が、互いを呑み合うように膨張していく。


リヒトは掌をかざし、(ロッソ)の炎を放つ。真空の中でも燃え上がるそれは、意志の熱そのものだった。だが黒はすぐにそれを呑み込み、無音の渦となって迫る。


炎では勝てない——彼は息を吸い、青〈アズラン〉の水を呼び起こした。

水流が炎を鎮め、闇を洗い流すように広がる。だが、黒は水の形を歪ませ、波紋を呑み込む。


「ナギ! 聞こえるか!」

その名に、ナギニの身体が一瞬だけ止まる。


「リヒト……俺を……止めてくれ」

かすかな声が届く。だが次の瞬間、瞳は再び黒に染まった。


リヒトは(ブランカ)の力を解き放つ。

氷の光が瞬き、黒の奔流を封じるように結晶化させる。

だが黒の消失の力は、凍結さえも塵に変える。

触れたものすべてが“なかったこと”になる。


「もうやめろ、ナギ!」

リヒトは叫び、最後の色——(ヴェルディア)の癒しを放つ。

緑の光が波のように広がり、崩れゆくナギニの形を包み込む。

その一瞬だけ、黒が揺らいだ。


「……リヒト、ああ、見える……光が——」

そう言って、ナギニは再び闇に飲み込まれた。


赤、青、白、緑。すべての光が一斉に輝く。

だが黒は、それらを覆い尽くすほど深く、静かに息づいていた。


——もう戦いでは救えない。

リヒトは悟った。

ならば、取り込むしかない。


リヒトは攻撃をかわし、緑の力でナギニの命を繋ぎながら、その懐に飛び込んだ。

「来いよ、ノクス。そこにいるんだろ?」


ナギニの中に黒〈ノクス〉がうずくまっている。

リヒトは手を伸ばす。

漆黒を纏う少年が、顔を上げ、リヒトを見た。

そして、その手を——掴んだ。


視界が光に包まれる。

そこは虚空。

ブラックホールの中心で、黒〈ノクス〉はただ一人、永遠に息をしていた。

何を求めても、何を愛しても、すべてが消える。

だから、彼は最初から何も求めなくなった。


——孤独。

降り積もる時間の中で、彼は誰にも触れられず、ただ在り続けた。


リヒトはその孤独ごと抱きしめた。


黒が、するするとナギニの身体から抜け、リヒトの身体に流れ込む。

リヒトの腕から、緑の光が静かに漏れた。

それは“癒し”ではなく、“共鳴”の力。

白〈ブランカ〉が形を与え、緑〈ヴェルディア〉がそれを受け入れる。

二つの波が重なったとき、黒は“拒絶”を失い、流れ出した。


そしてナギニの瞳に、ようやく光が戻る。


「リヒト…俺、いっぱい人を……お前のことも傷つけた…」

「ナギ、いいんだ……お前のせいじゃない。おかえり、ナギニ。」

「……ただいま。」


虚空の中、ようやく笑った。

あの頃と同じ、無邪気な笑顔で。


***


母艦へ戻ると、屋上庭園には多くの人が、リヒトの帰還を待ちわびていた。


「リヒト!ナギ!」


カイハがナギ二に駆け寄り、思い切り殴った。

「馬鹿っ!」

「っ!いってぇ!!何すんだ、カイハ!」

「カイハ、一応けが人だよ。」


リヒトがカイハを宥めるが、効果はなかった。


「よくやった」


瞬がリヒトを笑顔で迎える。


「ところで、その後ろの奴はなんだ…?」


リヒトの後ろに背後霊のようにくっつく黒髪の青年を指さす。


「あー…えっと…ノクスです」


「連れてきちゃった」とリヒトは笑ってごまかす。

観衆が、一歩後ろに下がった。

瞬はあきれ顔で、リヒトの背を叩く。


「お前はっ!なんでそう宇宙人に懐かれるんだ」


それって俺が悪いのかな、とリヒトは思ったが口に出さなかった。


(ノクス)は思った以上に受け入れられなかった。

しかし、(ノクス)のおかげで、ナギニは比較的すぐに受け入れられた。


「ごめんな。なんかお前を悪者にして、ナギの名誉を回復したみたいになっちゃって」


黒髪の青年が何も言わずに首を振った。

何も感じていないような、すべてを受け入れたような顔で。

彼の影は風に溶け、リヒトの歩みに寄り添っていた。



** *


母艦のハッチが開く。

これから、外の連中との交渉だ。

リヒトは新たな戦いの幕開けを感じた。


彼は後ろをちらりと見る。

カイハ、リミ、レオン、そして瞬がいる。そして、自分の中にはアズランも。

ぐっと拳を握り、ハッチの外の光の中へと進んだ。



(第一部完)

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