2.脱出艇
狭い一室に、バスケ部のメンバーが集まっていた。
灯りは落とされ、非常灯だけが壁をぼんやり照らす。空気は息苦しいほど重かった。
「脱出しよう」
リヒトの言葉に、全員が顔を上げた。
「……どうやって?」
静寂が落ちる。
誰もが逃げたいと思っている。だが、母艦〈アスリオン〉からどうやって抜け出せばいいのか、誰も知らなかった。
「食料供給艦が毎日来るだろ」
「馬鹿言うな。あれは真空だ、入った瞬間に潰される」
「じゃあ、エネルギー補給艦は?」
「人が乗れるスペースなんてないよ」
誰かが小さく笑い、すぐに黙った。
「……俺たち、何も知らないんだな」
その言葉に、誰も反論できなかった。
自分たちは“選ばれたエリート”のはずだった。だが、いざという時、何ひとつ自分たちの世界の仕組みを知らない。
ナギ二が小さく呟いた。
「教官たちの使ってた小型艦があるはずだ」
「操縦できるのか?」
「自動操縦にすれば……」
「オートだと直前の目的地にしか行けない」
「構わない。どこでもいい、ここから出られるなら」
短い沈黙のあと、リヒトが頷いた。
「今夜、決行しよう」
――脱出作戦が動き出した。
教官のいない〈アスリオン〉は、もはや管理が機能していなかった。
セキュリティを抜けるのは思いのほか容易だったが、彼らにとっては初めての“反逆”だった。
冷たくなる指先を必死に動かし、震える足で格納庫を走る。
小型艦に全員が乗り込んだ時には、誰もが息を荒げ、限界ぎりぎりだった。
(俺はまた、誰かを置き去りにするのか……?)
その時――。
バンッ!
窓に誰かの手が叩きつけられた。
「見つかった!」
「どうする!?」
一気に緊張が走る。
リヒトが操作パネルに手を伸ばそうとしたその瞬間――窓の向こうに現れた顔に、誰もが息を飲んだ。
「……カイハ!」
柚葉が叫び、駆け寄る。
ナギ二とリヒトがハッチを開け、カイハの身体を中へ引きずり込む。
彼女の頬には、涙の跡と、うっすら緑の光が滲んでいた。
閉じた瞬間、安堵と恐怖が入り混じった息が一斉に漏れた。
小型艦は自動操縦でゆっくりと浮き上がる。
行き先は分からない。
それでも、こんなおかしな場所から一刻も早く脱出したかった。
――願わくば、母星へ。
誰もがそう祈った。
* * *
――目を覚ますと、薄い膜に包まれていた。
カイハは息苦しさに耐えながら、手で膜を裂いた。
粘着質の音が響き、外の冷たい空気が肌に触れる。
「な……何これ……」
そこは、打ち捨てられたステーションだった。
金属の床は裂け、壁は歪み、放棄された着陸船が半分宙に浮いている。
無数の瓦礫が静かに漂い、時折きらめく。
足元に、ぬるりとした温かさを感じた。
視線を落とすと、自分と同じ膜に包まれた“人”がいた。
「ひっ……!」
悲鳴を飲み込む。
それは息をしていた。かすかに、心臓が動いている。
だが皮膚は剥がれ、筋肉が露出し、かろうじて人の形を保っているだけだった。
――これも治療のための保護膜?
私も、こんなふうに……?
周囲を見渡すと、同じような膜が無数に並んでいた。
その一つひとつに、かすかな人の影があった。
カイハは息を呑み、崩れた坂の上を見上げる。
母艦〈アスリオン〉が遠くに見える。
芝生の坂は穴だらけで、崩れ落ちた柱が行く手を塞いでいる。
一歩でも踏み外せば、宇宙空間に吸い出される。
疑問が次々に湧いてくる。
だが、答えを待つ時間などない。
カイハは顔を上げた。
そして、ステーションの縁から跳んだ。
ふわり、と身体が浮く。
周囲の瓦礫が緑色の光を帯びて舞い上がった。
――その瞬間、カイハは気づく。
自分の内に、何かが“目覚めた”ことを。




