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黎明の適合者 -Colors of Dawn-  作者: 雨野 天
第一部 第四章

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18/32

15.形のない悪意

その日の午前九時、掃討作戦が始まった。

一時間、二時間と過ぎる。静寂だけが不気味に張りつめ、誰もが息を殺してその時を待った。(ノクス)はなかなか正体を現さない。


昼になり、皆が焦れてきた頃、事態が一気に急変する。

どおん、と大きな爆発音と共に、現場が騒がしくなる。

(ロッソ)の誰かが、(ノクス)の適合者を見つけた。


「あっちへ行ったぞ!」

「東を固めろ!逃がすな!」


怒号と共に、戦闘が始まる。

(ノクス)の能力が分からない今、近距離の攻撃は控え、火力による追い込みが始まる。


慣れない戦場で味方の攻撃での怪我人も少なくなかった。カイハの周りは一気に忙しくなった。リヒトはまだカイハの隣に居た。

彼は(ノクス)の数を確認してから、動くと決めていた。


(ノクス)の適合者は一名!一名のみです!!」


(ソレイユ)の伝令が叫ぶ。

同時に、リヒトは(ノクス)の現れた方角へ向かった。


(ロッソ)の戦闘員が倒れ、うめき声をあげている。

黒い霧がしゅうしゅうと熱をもっている。


そこへ、予想外の人物が現れた。(ヴェルディア)だ。


「ヴェルディア、あんた、ヴェルディアだな」


リヒトは小さな少女に向かって尋ねた。




***

カイハは次々と運ばれるけが人を片端から癒した。

しかし、どうしても癒えない傷がある。黒い霧のような傷。

あの、柚葉と同じ、傷。


その時、ざわりと背筋が凍った。

何か嫌なものが近くに居る。カイハはゆっくりと、後ろを振り向く。

そこにはナギニが立っていた。


「な、ナギ…?」

「カイハ、ごめん。俺が、柚葉を殺した。」

「は…?何言ってんの…?」

「俺が(ノクス)だ」


カイハは思い出す。

打ち捨てられたステーション、その残骸に蹲っていたナギ二。

彼に消された記憶を、今思い出した。

視界がグラグラと揺れる。


ナギニはそれだけ言うと、また飛んでどこかへ飛んでしまった。


待って。言わなくちゃ、皆があんたを狙ってるって。

西に、屋上庭園に行っちゃだめって。

でも…ナギは柚葉を殺した。


柚葉の脇腹の黒い穴を思い出す。

カイハと呟いたあの声――ぐっと胃の中から吐き気が湧きあがる。


柚葉を殺した奴を、助けるの?


頭の中で何かがぐちゃぐちゃに混ざる。悲しみ、怒り、愛情、そして憎悪。どれが自分のものなのかもわからなかった。


その間にも負傷者は増えていく。

カイハはすべての感情をシャットダウンした。

彼女には今の状況を受け止めるだけの余裕はなかった。




***


「ヴェルディア、俺を、緑に適合してくれ。君とカイハだけじゃ、皆を助けられない」

「カイハ、とはステーションに居た少女のことか?」

「そう。君のおかげで助かった。」


「そうか、それは重畳。」

「お前は見たところ、青とも白とも上手く適合出来ている。何故、緑を望む?」


「助けたい」

「死なせたくない」

「もう誰も失いたくないんだ」


柚葉の喪失を思い出し、リヒトの目に涙が滲む。


「良かろう。三つ目の色に耐えて見せろ、少年。」


少女はリヒトの手を取る。


彼女の記憶は――石。

緑色の小さな石が惑星のクレーターの中で目覚める。

同じく転がっていた岩と一緒にクレーターを登る。何度も落ちて、何度も挑戦する。

やがて、クレーターを登り切った時、彼らは人型になっていた。


惑星を旅立ち、他の5色と出会う。

癒しの光は柔らかく、記憶は牧歌的な光景だった。

彼女の記憶の中、緑は命そのものだった。芽吹き、再生し、終わってもなお次の命を抱いていた。彼女は星獣と共に優しく温かな世界で生きていた。


目を開くと、くらりとめまいが襲う。

力が暴れている。リヒトは胸を押さえ、膝をつく。


「辛かろう。人の身で背負うにはあまりに深い業だ」

「だ、いじょぶ…」


ヴェルディアの緑の瞳がふと優しくなる。

「やせ我慢が上手いな、少年」


戦場に赤と黒の炎がのぼる。

リヒトは目についたけが人を運び、治癒した。

助けられる命は多くなかった。無力感、怒り、失望―そして恐れ


「リヒト!何をしている!(ノクス)はナギだ!すぐに前線に向かえ!」


ロウがリヒトに向かって怒鳴る。

リヒトには分かっていた。彼は、(ノクス)と、いやナギ二と対決するのが怖かった。


思えば痕跡は至る所に残っていた。

カイハの様子がおかしかったこと。

柚葉が狙われたこと。


リヒトにだけ分かるように、彼とナギの思い出の場所に残された痕跡。

そのすべてがナギニを指し示していた。


「リヒト!今更怖気づくな!立て!全員を救ってみせろ!」


ロウが言っているのではない。瞬だ、これは瞬の言葉だ。

リヒトはのろのろと立ち上がる。

彼はロウを見て、頷いた。


脚が震えていた。喉がひりつき、息が詰まる。それでも、心臓だけは止まらず鳴り続けていた。――まだ、生きている。だから行け。もう二度と、誰も失わないように。



***


ナギニは屋上庭園に追い詰められていた。

瞬の計算通り、動線は封じられ、退路はない。


彼の体表に黒い粒子が浮かんでは消える。

まるで、何かが彼の内側で――“目覚めようとしている”ようだった。


「……ナギ、もうやめろ!」

リヒトの声は、届かない。

ナギニの瞳は、黒い渦の奥に沈んでいた。


瞬が通信越しに叫ぶ。

「全員、距離を取れ! 奴が――開くぞ!」


空気が歪む。

屋上庭園の中心に、重力の波紋が広がる。

光が、音が、引きちぎられていく。

触れたものの存在ごと引き剥がす。


「ブラックホール……っ!?」

リヒトが息をのむ。


ナギニの腕から黒い奔流が走り、アスリオンの装甲がひしゃげる。

圧力に耐えきれず、母艦そのものが軋んだ。


そして、境界が破れる。

景色が裏返り、リヒトは宇宙空間へと放り出された。


* * *


(ソレイユ)の星獣と(ヴェルディア)の星獣が黄と緑の尾を引いて現れ、

渦を巻く黒の中心へ突き進む。


だが、虚無は全てを飲み込んでいった。

一体、また一体と星獣の体が崩れ始め、光が霧散する。


リヒトは、叫びながら力を放つ。

「ナギ、戻れ――!」


その瞬間、ナギニが苦痛に顔を歪めた。

黒の渦が一瞬、揺らぐ。


小惑星ほどの(ソレイユ)の星獣が

渦を押し潰すようにして闇と衝突した。

轟音もなく、ただ光がはじけた。

ブラックホールが弾け飛び、空間が元に戻る。


ブラックホールの消滅にリヒトはホッと息を吐いた。


その中央で、ナギニが膝をつく。

呼吸が荒い。だが、その目にはまだ“黒”が宿っていた。


「……終わりじゃない。壊す。壊さなきゃ」

最後の言葉と共に、彼は一条の黒い閃光を放つ。


それが、リヒトに向かう。


「危ない!」


青い光が割り込んだ。

アズランだ。


次の瞬間、衝撃が走る。

アズランの身体が黒に飲まれていく。

リヒトは彼の両手を握りしめる。

その掌に、微かに青の光が残っていた。


「アズ!」


リヒトが叫んだ。

アズの身体から、残った微かな青い光すら抜けていく。

緑の力を発動させても、青い光は戻らない。

アズの最後の言葉は笑い混じりで、でも本当に弱々しかった。


「お前と共に過ごした日々は悪くなかった。仲間が出来たみたいで…」

「いやだ…!死ぬなよ!」


「俺の星獣、お前に預ける。あいつら寂しがりだから、面倒見てやってくれ」

「わかった!面倒みる!見るから!アズ…まって……」

「……アズ!アズラン!」



音が消えた。

自分の鼓動すら聞こえない。

ただ、青い光だけが、静かに宇宙を漂っていた。


黒は形を持たない。

けれど、心の中に入り込んだ時――誰も、その影を止められない。


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