11.余熱
赤は力を持て余していた。
彼の役割は情熱。ありとあらゆる熱を内包し、発散する。
その歩いた跡には、草が焦げ、空気がわずかに揺らめいた。
あの平穏が破られた日、アスリオンとステーションを結ぶ芝生の坂道を襲撃したのも、彼と彼の星獣だった。人の二倍の大きさのある溶岩の星獣は、自らの暴力性を抑えきれず暴れた。
あれは久しぶりに面白かった、と赤は、くつくつと笑う。
「燃やしたあとの静けさが好きなんだ。何もなくなったときにだけ、本当の始まりが見える。」
人の悲鳴、怒号、恐怖の交差する赤く爛れた戦場。
暴力が一方的だったのは残念だった。
人間があれほど弱いとは。
破壊の限りを尽くした場所にもう一度立ち、彼は悦に入る。
そうだ、適合とやらをやってみるか。
もしかしたら、面白いやつが出来るかもしれない。
気まぐれに、彼は思った。そして、アスリオンを眺めた。
***
レオンは半透明の膜の中、拘束され、寝かされていた。
周りを見ると、自分と似たような体格の者がごろごろ転がっている。
これが、適合とかいうやつか。
バスケ部の末永瞬が受けるように全校生徒に呼びかけていた“適合”。
うさん臭さを感じたのは格闘技系の者たちだけではなかった。
性格別に競技が決まっているのかと思うくらい
球技系の奴らは末永に従い、格闘技や体操系の奴らは反発した。
しかし、如何せん、球技系は競技人口が多い。
黄はアスリオン内の半分以上の勢力を締めていた。
結局自分も、力には敵わなかった。
適合されてしまったという事実に打ちのめされる。
びりびりと膜が自然と破れ、彼の拘束が解かれても、
レオンはなかなか起き上がることが出来なかった。
無力感に涙が零れる。
「おい、お前。起きてるなら付き合え」
上から声が降ってきた。
炎も降ってくる。
「あちっ!…あちあち、あっつい!!」
涙など拭う暇もないほど、急いで飛び起き、炎から逃げ惑う。
「使ってみろよぉ、力を。じゃねえと死ぬぞ」
相手は無茶なことを笑いながら言うと、また炎を投げつけてきた。
このままでは焼け死んでしまう。
レオンは必死に両手でガードした。
瞬間、腹の底から“何か”が湧き上がった。熱ではない。衝動だ。
力が、暴力的な衝動が、腹の底から湧き上がってくる。
レオンは小さな頃から力が強かった。
それゆえ周りを傷つけないよう、
衝動を抑える術を両親から徹底的に教えられた。
自分でも上手く抑制出来ていると自負していた。
しかし、この衝動はなんだ。
目の前の男はこんな激情を持ちながら、それでも笑っているのか。
抑えられない…飲まれる。
レオンは初めて衝動のまま、暴力を振るった。
赤本人でなければ、殺してしまっていたかもしれない。
そのくらいの暴力の波だった。
強いことは悪いことだと、ずっと言われてきた。だから殴りたくても殴れなかった。
でも今、殴っていい理由がある。それだけで、こんなにも身体が軽い。
力を使い切った後、赤が言った
「ああ、久しぶりに思い切り暴れてスッキリした」と。
彼も思った。
初めて思うままに力を振るった。
そして、これはコントロールするのが大変な力だと、
なぜか彼はワクワクしながら思った。
それは、暴力の中に宿る“熱”そのものだった。
「いい目だ。その炎、絶やすなよ」
そう言い残して、ロッソは陽炎のように消えた。
そのあとに残ったのは、レオンの掌に宿る微かな熱――赤の証。
レオン・ムラカミ(日本名:邑上レオン)――アメリカ出身、能力:赤。
(第三章完)




