第27話 終わらない夢の住人
おじさん道。
これはただ存在するだけで嫌われる存在のおじさん。
そのおじさんをいかに少しでも嫌われないように生きるのかを問う道。
剣道、柔道、茶道に華道。武士道、騎士道。
それぞれの道はあれど、この令和の世に心密かに新たな道を切り開く!
これぞ、『おじさん道』
午前の利用者さん達のパット交換の時間。
慌ただしく早歩きで移動する鈴本さんを呼び止める声が・・・
「鈴本さん……ご飯の時間って…何時だっけ……?」
鈴本さん「あっ、原さん。お昼ごはんは12時ですよ。」
原さん「12時ってのは、今からどれくらいあるのかな・・?」
鈴本さん「(時計をチラッと見て)今は10時半だから・・1時間半くらいですかね?」
原さん「・・・・さっきも聞いたっけ……?」
鈴本さん「はい。さっきも聞かれましたね。」
原さん「そっか…ごめんね。。忙しいのに。
一回部屋に戻ってるわ。」
鈴本さん「はーい。お昼近くになったらまた声かけますね。」
原さん「ごめんね。。ありがとう。。。ありがとう。。」
そう言いながら車いすで移動していく原さん。
小柄な体がより小さく見える気がする。
おれがこの仕事始めた頃は・・・
原さん「もっと丁寧にやりなさい!
鈴本さん「すいません。でも、もっとこう腰を上げていただけると……」
原さん「痛いって!年寄りはあんたらと違って弱いんだから!もっとあのリーダーにやり方、教わってからきて!もういいから」
鈴本さん「すみません。。。」
なんてよく怒られたっけ。。。
「原さん、最近時間の感覚、さらになくなってきてるのかもね。。」
鈴本さん「あっ、飯塚さん。
そうなんですよ。この頃ご飯の時間をよく聞いてこられて。
ちょっと落ち込んでるように感じます。」
飯塚さん「ご本人が一番つらいよなー。わからなくなる不安って。」
鈴本さん「僕たちはどうしたらいいんでしょうか。。」
飯塚さん「まぁ、不安が強くならないように、その都度時間をお伝えする。
あと見守るしかできないんだよね。こればかりは。」
鈴本さん「………そうですか。。」
(見守るしかない……か。)
(頭ではわかってる。飯塚さんの言う通りだ。記憶や認知機能の低下は、おれたちには止められない。)
(でも、「自分のことがわからなくなっていく不安」の中にいる人に、ただ「見守る」だけで、本当にいいんだろうか……)
「おっと危ない・・明日はリネン回収の日だった。。。」
答えの出ないモヤモヤを抱えたまま、その日の勤務を終えた。
その夜、おれは不思議な夢を見た。
姉と2人で暮らしてる。
窓の外はまだ真っ暗だ。
かろうじて隣のアパートの窓とかが見える。
窓から外を眺めてる。
部屋の電気をつけると隣の家の軒下に小さな影が動く。えっ……人……にしては小さくない?
えっ、もしかして、おれもやっと小さなおっさん見れた?!あのUMAの小さいおっさんだ!
興奮のあまり、姉に小さなおっさんの報告した。
まだ外は真っ暗なのでおれが小さなおっさんを見れた感動は得られない。
むしろちょっとムッとしてる。
「小さなおっさんとか知らないし。」
もしかして怒ってるのか?
念の為、姉を連れて窓を見ると、さっきの小さなおっさんがいた場所にはネズミしかいなかった。
結局見間違え。
「ネズミだったじゃん。」
やっぱり怒られる。
そうだ。妹が入院してたんだ。
本人も心配だけど、妹の子供たちはまだ小さいのにどう暮らしているのか、姉に聞いてみよう。
「うん、あと1日だから」
「えっ…あと1日ってどういう事だ?もしかして余命あと1日?こんな呑気にしてる場合じゃないじゃん!何、家でのんびりしてんの。」
「何言ってるの。あと1日で退院って意味だよ」
ならよかった。けど、また怒らせてしまった。ごめん。。
なんとか姉の機嫌を直さないと。
そうだ!食器でも洗って姉の負担を減らそう。
食器を洗って、食洗機にかけておけば姉の負担も。。。
あれ?なんで食洗機がないの?
食洗機の中のかごだけだ。
「ねぇ、なんでかごしかないの?」
再び姉に尋ねるも、余計なことしないで。
さらに怒られる。
何なんだろう。ずっと余計な事をして空回りだ。
そういえばお父さんがいない!どこ行った?
「ねぇ、お父さんは?」
「は? 何言ってるの?」
姉が振り返る。
……あれ…?そもそもなんで姉と暮らしてるんだろ?
あっ、違う。この人、姉じゃなくて、かおりさんか?!
「あー、だからここにお父さんいないのか。」
自分の寝言にびっくりして目が覚める。
心臓がバクバクしている。
「えっ…寝言…?」
隣を見ると、妻のかおりさんが不思議そうにこちらを見ている。
ここはおれの家の寝室。
間違いなく寝室。
かおりさん「大丈夫…?」
鈴本さん「ごめん、夢見てた……。夢でよかった……」
かおりさん「大丈夫?…結構はっきりとした寝言だったから。」
鈴本さん「ごめんね。ちょっと水飲んでくる。」
かおりさん「うん、おやすみ。。」
キッチンに向かう。
冷や汗を拭いながら、大きく息を吐く。
怖かった。
なにが怖いって、お化けが出たとかじゃない。
もちろんいると思ってた父がいないことへの恐怖もあるけど、それ以上に自分の知ってるはずの世界の理屈が通じない怖さ。
姉だと思って話していた相手が、実はかおりさんだったという、自分の認識が根底から覆る怖さ。
そしてなにより、一生懸命やってるのに、誰にも理解されず怒られる孤独感。
断片的な記憶。
辻褄が合わないのに、なんとか辻褄を合わせようと必死で考えるのに全然理解がついていかない。
「……あれ?」
ふと、昨日の原さんの顔が浮かぶ。
『原さん、最近時間の感覚なくなってきてるのかもね。。』
おれは、目が覚めれば、あそこは自宅の寝室で、隣にいるのはかおりさんだとわかった。
妹も入院していないし、父も健在だし。
食洗機も……ここにある。
「正解(現実)」に戻ってこれた。夢だったんだっていう安心感がここにある。
でも、原さんは…?
原さんは、さっきおれが見たような「辻褄の合わない、理不尽で不安な世界」の中で、目が覚めることなく、ずっと暮らしているのかな……?
ご飯の時間を何度も聞くのは、単にお腹が減ってるからじゃない。
崩れていく現実を繋ぎ止めるための、数少ない『基準となる場所』を一生懸命探してるだけなのかもしれない。
おれは今まで、そんな不安の中にいる人に、どんな対応をしてたんだろうか……。
「さっきも同じ事聞かれましたよ?」なんて。。
それは、夢の中でおれに「余計なことしないで!」と怒ってきた姉と同じじゃないか。
翌日。
「鈴本さん……ごはんの時間って……」
また、原さんが不安そうに聞いてくる。
おれは、昨日とは違う気持ちで原さんの隣にしゃがみ込む。
突き放すんじゃない。
一緒に、心のアンカーを下ろすんだ。
「原さん、今は11時ですよ。あと1時間でお昼です。今日のメニューは原さんの好きなカレーですよ。」
目を見て、優しく、そう。何度でも。
「そうか。あと1時間か。しかもカレー。うれしいねぇ。ありがとうね。」
原さんの表情が、少しだけ和らいだ気がした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
『おじさん道』第27話「終わらない夢の住人」でした。
今回は、実際に勤めている介護施設での会話の中から生まれた題材です。
テーマが難しく、なかなか筆が進まずにいたのですが……
ある日、作中の鈴本さんが見たような「不思議な夢」を私自身が見て、
そこから一気に書き進めることができました。 不思議な体験でした。
更新は毎週金曜日の23時です。
今後ともよろしくお願いします。




