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6.価値観と感受性


「許セナイ……」


 その声は低く。


「赦セナイッ……!」


 その声は哀しく。


「ユルセナイッ……!!」


 その声は恨みがましく。


「ゆ~る~せ~な~いぃぃいいいイイ!!!!!」


 その声はロリ娘が駄々をこねているだけだった。


「アンタ本当にうるさいわね」


「だぁーってさっきからこの男の言ってることがメチャクチャ腹立つのよ!! なによ醜悪って! この完璧な美貌を持つワタシのどこに醜い部分があるっていうの!? 詐欺ね、この男は詐欺師! 適当なこと言って騙そうとしてるに違いないわ!」


「いや醜悪に関してはあながち間違ってないと思うけど」


「んなぁーんですってぇええ!? ガルルルゥゥゥゥ!!!!」


 そう言って猛獣が飛び掛かるようなポーズを取るガンギマリした雅の顔を、唯が押しのける。


「だぁかぁらぁアンタのそういう態度が醜いって言ってんでしょうが! 女の嗜みは何処にいったのよバカ!」


「とりあえず、この命知らずな男を呪い殺しましょう」


「やめなさい!」


 薄っすら笑みを浮かべてサラっと恐ろしい事を言う楓にすかさずツッコミを入れる唯。


「いいわ、なら撲殺にしましょう。今なら簡単に現世に干渉できそうだわ、フフッ」


「だからやめろっつってんでしょ! ちょっと落ち着きなさいよ!」


「落ち着けですって? あんなことがあったというのに、どうして貴女は落ち着いていられるの?」


 少し怒りを含めた楓に言われて、先程の騒動がフラッシュバックする。


 強盗に襲われそうになった彼。あわや車と衝突しそうになった彼。

 どちらも大怪我を、いや、下手をしたら命を落としていたかもしれなかった出来事に、ドロドロとした黒い感情が膨れ上がりそうになる。


「あのね、勘違いしないでほしいんだけど、アタシが今、好き好んで冷静を保ってるとか思ってるわけ? だとしたら的外れもいいところなんですけど。ぁ~もう、思い出したらまたイライラしてきた……」


「そうよ! よりによってワタシのダーリンに狼藉を働きかけたあンの男だけはッ……ゆるッ……ユルセナイッ!!」


 歯を食いしばり震えるほどの怒りで雅も同意する。


「あいつの顔は二度と忘れない。次に会った時があいつの最期、必ず仕留める」


「仕留めるとか言わない。……気持ちは分かるけどさ。あと……アンタ」


 少しトーンを落とした唯が、遠慮がちに雅の方を向く。


「ん? なによ?」


「さっきは、アリガト」


「なっ……なによ急に!?」


 珍しくしおらしい唯の反応に驚き困惑する雅。


「アンタが咄嗟にコイツを引っ張ってくれたから、こうして今無事なわけで……。アタシは、コイツに触れられないからさ、……絶対……助けられなかったわけで……。だから…………アリガト」


「そっ、そんなの当たり前じゃない! ワタシはダーリンの妻で守護霊なんだからッ、助けるのは当然だしッ。……そもそもワタシだって、ずっと……触れていられるわけじゃないし……」


 堂々とした態度を貫きたかったが、唯の本音に感化されたのか、つい自分も本音を口にしてしまう。


「でも貴女、ずっと首にしがみついてたわよね?」


 楓の素朴な疑問に、雅の顔が徐々に赤く染まっていく。


「あれは、形だけでも……イチャイチャしたかっただけで……(ボソッ)ほとんど感触なんて……ない……」


「…………」

「…………」


 しばしの沈黙。

 そして――




「…………ププッ……!」

「…………プフッ……!」




 二人から同時に笑いが吹き出た。


「……オイ今笑ったヤツ表に出やがれ」


 俯いている雅からドス黒いオーラが湧き上がり、双眸は妖しく輝き揺らいでいる。


「ッハハ、ごめんごめん! いやぁ、なんだろ、なんかアンタのこと好きになりそうになったわー」


「はぁ?」


 目元の涙を拭いながら変な事を唯に言われ、訳が分からないという表情の雅。


「卑怯よ貴女、そんな……そんな属性…………プッフフフ……!」


 対する楓はというと、顔を後ろに向け、ずっと身体をプルプルさせていた。


「属性って何よ。てゆーか笑いすぎ!」


「まぁアレよ、アンタが悪霊にならなかった理由が、少し分かった気がするってだけ。まったく、可愛いんだから~♪」


 そう言ってすり寄ってくる唯の顔を、今度は雅が押しのけた。


「もぉ~何なのよ急に、気持ち悪いわね。だいたい年下のアナタに可愛いなんて言われても嬉しくないのよ。それと、悪霊になんか絶対になってやるものですか」


「あら、悪霊を全否定するのは賛同しないわね。そもそも何をもって悪霊と言われるのかしら?」


 いつの間にかポーカーフェイスに戻っている楓が尋ねる。


「誰彼構わず危険な目に合わそうとするヤツよ」


「だとしたら、今目の前に座っている男が、私達をまるで悪霊みたいな言い方をしているのは何故かしら?」


「そう言った方が騙しやすいからでしょ?」


「それなんだけど、この人……たぶん《本物》だと思うよ」


 男の顔をじっと見ながら唯が答える。


「なんでそう思うのよ?」


「だってこの人、はっきり三人って言い当ててたもの」


「正確には()()って言っていたけれどね。不愉快な呼ばれ方だわ」


 楓が僅かに眉を顰めながら補足した。


「だったら見た目もちゃんと説明しなさいよ。なによ禍々しいとかおぞましいって!」


「生きてる人にはアタシ達みたいな者の見え方が違うのかもしれないわね」


「すると何? 悪霊っていうのは視えることが出来る人の見た基準で判断されるってこと?」


「それもあるかもしれないけれど、たぶん一番の理由は、人間一人一人にとっての都合の悪いモノや出来事を指すんじゃないかしら」


「何よそれ、だとしたらいい迷惑ね」


 話しにならないといった感じでお手上げする雅。


「勿論、さっき貴女の言った見境なく危害を及ぼす者も悪霊に変わりはないでしょうし、それは人間同士でも言えることだわ」


「なるほど、《悪人》ってわけか……」


 唯が納得したように呟く。


「つまり自分がそう思っていなくても、自分以外の誰かにそう思われたら、悪霊の完成なのね、最悪だわ」


 そう言って腕を組み顔を背ける雅に、楓が続けて聞かせる。


「残念だけれど、今まさに、そう思われているのよ」


「別にこの人にどう思われようが、アタシは構わないけどねー」


 欠片も興味のない目で男を見る唯に、やはり楓が続けて聞かせた。


「でも、この人の言ったことがきっかけで、私達の大切な人までそんな風に思ってしまったら、一体私達はこれからどうなるのかしら……」


「ッ!」


「ダメよそんなの! ダーリンに悪霊とか思われるのなんてワタシ耐えられないわ! 絶対にダメ!」


 話しの途中で反射的に目を見開いた唯と、言い終わると同時に悲痛な叫びを口にする雅。


「それは私も同じ。だから今後、そう思われないように努力しないといけないわ」


「具体的に、どんなことをすればいいの?」


 真剣な面持ちで唯が身を乗り出す。


「接触や呼び掛けは極力控えた方がいいわね」


「ええぇエエえええ~~ッッ!!!!?」


 まるでこの世の終わりを聞かされたかのような絶望的な反応を見せる雅を横目に、唯が尋ねる。


「接触は元々出来ないからいいけど、呼び掛けって何?」


「さっき貴女心配そうに声をかけてたでしょ?」


「あぁ―、道の真ん中でアンタが思いっきり殴った時ね」


 そう言って何とも言えない表情で彼の頭を見る唯。


「ごめんなさい。でもあの時はこのババアが――」


「――ババア言うな! 享年はアンタより年下よ!」


 食い気味に反論する雅。

 そのあまりの必死さに溜め息を吐いた楓が言い直した。


「でもあの時はこのロリババアが――」


「――もぉーう少しマシな言い方は出来ないのか・し・ら!?」


「なんでもいいわよ、それで?」


「なんでもいヒィィ~ッ?Σ」


 女性にとってとてもデリケートな問題を軽くあしらわれた事に衝撃を受けた雅の声はスッカスカで、白目をむいていた。

 そんな空気の抜けたボールのような女を無視して、楓が説明する。


「それであの時、微弱とはいえ貴女の声に反応したんでしょ? ならそれだってどんな風に聞こえているか分かったものじゃないわ。注意するべき行動よ」


「ぅぅ~そんなぁ、せっかく気づいてもらえるチャンスだったのにぃ~」


 目に涙を浮かべ、しな垂れるように落ち込む唯。


「今後の為よ、私も我慢する」


 瞬間、楓の言葉を聞いてピタっと動きを止める二人。

 そして、ゆっくりと楓の方を向き……


「…………がまん?」

「…………がまん?」


 なに意味深なこと言っちゃってんのと言わんばかりの形相をした唯と雅だったが、そんなことなど目もくれずに楓が口を開いた。


「あらっ、二人の話が終わりそうよ」


※それぞれの一人称について

 ・唯→アタシ

 ・楓→私 (ワタシ)

 ・雅→ワタシ


基本はこのカタチですが、楓も状況次第でカタカナ表記に変化します。


セリフを読む時に役立てて頂ければ幸いです。


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