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55.ゆっくりとアクセルを踏むように


 十八時を過ぎた頃、大方話し終えたヒナタさん達がそろそろお(いとま)するという事で家の門の所まで見送りに来たワケだが、終わってみれば当初予想していたよりもあれこれ詮索されることはなく、寧ろ意外とあっさりとした内容でお開きする形となった。

 ヒメコと名乗る人物についても、家の中を軽く見回しただけで特に何かを得ることもなく、ヒナタさんも気になる点は見つからないとのことだった。


「今日は本当にありがとう。すまないね、急に家まで押しかけてしまって」


「いえいえ、オレもお二人とこうして改めて話すことが出来て嬉しかったです。また神社の方へお伺いしてもいいなら、今度は幼なじみのアイツも連れていこうかと思います」


「勿論、時間さえ合えばいつでも来てくれて構わないよ。君の幼馴染っていうコの話しもゆっくり聞いてみたいし、僕らはいつでも大歓迎さ」


 そう言いながらヒナタさんが本当にいつでもウェルカムといった感じの表情で答えてくれた。ちなみにカグナさんはムスッとした顔で、意味深に目を細めながらこっちを見ていた。


「そうだ、絆君」


「あっ、はい。なんですか?」


 ヒナタさんに言われて普通に返事したけど、たぶん今、初めてヒナタさんに名前を呼ばれたんじゃないだろうか。


「この件について君のお母さんは、何か君に伝えていたりはしていないかな?」


「えっ、母さんからですか? いや、特には……ぁー、なんか毎週同じ煎餅を買っておけとは言われてますけど、あれは父の為って言ってたし別に関係ないか……」


「煎餅?」


「はい。毎週買ってリビングに置いておくんです。なんか数日経てば全部食べてもいいって言われてるんですけど、オレあんまり好きじゃないんですよね〜。なんかすぐ湿気ってるし」


「そっ……か……」


 するとヒナタさんが何やら思いつめたように考え込むが、すぐに表情を緩めると関係ないだろうと結論付けていた。



「それじゃあ、僕達はこれで失礼するよ」


「あっはい! ヒナタさん……と、カグナさんも気をつけて帰ってくださいね」


 本当は「ヒナタさん()」と言うべきだったんだろうけど、せっかくカグナさんが名前を教えてくれたから、やっぱりちゃんと名前を呼んで挨拶したかった。


 まあ、そのせいで今カグナさんが信じられないといった表情でオレとオレの周りを見返してるけど。


「ああ、またね……絆君」


 そうしてヒナタさんはいつもの優しい笑みを残し、もう陽が沈みそうな夕暮れ時の道を二人並んで帰っていった――





「さてと……、みんなお疲れ様」


 ようやく解放感に浸れたところで、オレは後ろを振り返ると三人に声をかけた。いつも通り何も視えてないけど、もう気にしていない。


「しかしカグナさん……なかなか気難しい人だったな」


 さっきヒナタさん達と過ごした時間の中で一番印象に残っているのは、やはりカグナさんとのやりとりだった。

 最後の方こそ少しは良好な関係になっていたと信じたいところだが、途中で血相変えて怒鳴られた時は本気で何事かと肝を冷やした。


「そりゃそういう感じの人も世の中にたくさん居るだろうし、別に悪気がある訳じゃないってのは分かってるけど、今度会う時はその辺りの事をちょっと意識してた方がいいかもな」


 さっきの別れ際なんかヒナタさんと違って愛想の欠片もなかったし。

 

「とりあえず、みんなはあまり話し相手の事を刺激しないようにだけ、ホントにお願いしますッ」

 

 また同じ事を繰り返してもらわないよう冗談混じりに頭を下げると、ナノが来る前にさっさと晩飯を食うべく家の中へ戻った。









 絆の家から一番近いパーキングに停めていた車の中で、エンジンをかけずに運転席に座っているヒナタはハンドルを握りながら考え事をしていた。


「どうかされたのですか?」


 助手席に座っている神楽那が中々発進する気配のない状況に堪え兼ね、正面を見据えたまま声をかける。絆と別れてからというもの、ヒナタはずっとこんな調子で一人思い耽っていた。


「あ、いや……なんだか今日は疲れたなぁと思ってね」


「そうですね」


 ようやく口を開いたヒナタの言葉に、神楽那が前を向いたまま軽く頷く。


「……傷の方は大丈夫?」


「はい、大した傷ではありませんので、心配は要りません」


 これも神楽那は表情一つ変えず、ただフロントガラスの先を見つめながら答えた。

 実は絆の家へ訪れる前に緊急で入った依頼をこなしている最中、不運にも神楽那は背中に火傷と打撲の怪我を負ってしまっていたのだ。

 幸い怪我自体は彼女の言うとおり深刻なものではなかったが、さすがにボロボロになった服装のまま絆に会う事も、どこか寄り道して新しい服を調達する時間も気力もなかったので、車に置いていた自分のコートを羽織って隠し通す事を決め込んだのだ。

 おかげで絆から変な誤解を受ける羽目に遭ったが、致し方なかった。


「そうか。でも後でちゃんと診てもらうんだよ?」


「はい」


 もはや事務的と言っていいほど感情の籠っていない返事をする神楽那。

 しかし、一通り話しが終わったにも拘らず(いま)だ車のエンジンをかけようとしないヒナタにさすがに違和感を覚えた神楽那がチラリと目をやった。

 すると視線に気づいたのか偶然なのか、ちょうどそのタイミングでヒナタが口を開いた。


「彼は……本当に凄いヒト達と一緒にいるね」


「……そうですね。改めて見ても、やはり異常としか思えませんでした。何故あれで平然としていられるのか、意味が分かりません」


 そう言いながら再び正面に視線を向ける神楽那。抑揚のない声と表情からは決して伺えないが、絆の周りに居るあの悍ましい姿をした者達を思い出す度に、彼女の内心はしつこくザワついていた。


 しかし同時に、神楽那はヒナタの言葉に対して妙な変化を感じ取っていた。


 というのも、今までのヒナタであれば間違いなく悪霊と呼べる者達の事を『ヒト』とは表現しなかった筈なのだ。

 それが、彼と別れた直後にこの変わり(よう)である。


「まあ確かに信じ難い状況ではあるけど、でも現にああやって問題なく調和が保たれているのなら、僕はそれで良いんじゃないかと思うんだ」


「それはつまり、アレらの存在を認めると!?」


 そう言いながら僅かに身を乗り出す神楽那。

 この一連の話しの中で、彼女は初めて感情を露わにしていた。


「そうだね。今日彼の家にお邪魔して、何の問題もなく生活している彼の姿を見て、認めるしかないと……いや、認めてみたいと思ったよ」


「バカな……そんな希望的観測で放置するには、あまりに危険なのではありませんか!?」


「アハハ、そうだよね。僕もそう思うよ」


 ヒナタは自嘲するようにおどけると、『でもね』と付け加えた。


「それでも見届けてみたいんだ。僕らの常識の枠から外れた、彼らの行く末をね」


「私には分かりません。おかしいですよ、何故急に考えが変わったのですか?」


 どうしても納得のいかない神楽那を見て、心の中で微笑むヒナタ。

 当然だ。

 何しろほんの数時間前までの自分であれば、同じ事を言われたらまず間違いなく彼女と同じ疑問を抱いていただろうから。

 実際ヒメコと会話していた時でさえ、自分の信念に基づいて反論したほどである。

 だから神楽那が納得出来ない事も十分理解できた。





 ――しかし、ヒナタはヒメコと出会ってしまったのだ。





 ――そこが神楽那との最大の相違だった。




(想像だにしない例外が存在すると知ってしまったら、神楽那はどういった結論を出すのかな?)


 勿論ヒメコと出会った事を言う訳にはいかないし、出来れば勘付かれる事さえ避けたい心持ちである。


 ヒナタは大切な約束を守る為に、本音を交えつつ朗らかな笑みで切り返した。


「何だか彼らを見ているとさ、もしかしたら本当に奇跡のような繋がりを見せてくれるんじゃないかと期待してしまうんだ。それこそ、()()()()()()()()には到底考えの及ばないような奇跡をね」


「それは単なる世迷言です」


 一切気持ちの動じない神楽那が視線を前に戻しながらきっぱりと言い切る。

 そして、彼女ならそういう反応をするだろうと予想していたヒナタも特に否定はしなかった。

 

「アレは、紛れもなく悪霊です。悪霊と人間が分かり合える未来など、あり得ません」


「そうだね、だからその可能性が本当に存在しないのかどうか……その答えを知る意味でも、もう少し彼らの事を見守ってみてもいいんじゃないかな」


「その結果、あの青年の身に何か起きたとしてもですか?」


 神楽那のその言葉を聞いて、ヒナタは少し嬉しく思った。

 彼女も自分と同じで、大なり小なり彼の身を心配しての反対意見を述べているのだと知ることが出来たからだ。


「その辺りは何度も話し合ったけど、神楽那、これは彼が自分の意思で決めたことなんだよ。だから僕らは彼の意思を尊重し、彼が助けを求めてきた時に手を差し伸べる、そのスタンスを維持すればそれで良いと思うんだ」


「……相当あの青年の事を認めているようですね」


「いやいや、絆君はしっかりしているじゃないか。そこはちゃんと言わせてもらうよ?」


 これに関しては忖度なく心から思っていることである。

 ヒナタにとって絆という青年は、簡単に他人の意見に左右されず、しっかりと自分の考えを持った好感の持てる男だった。


「私には何も分かっていないただの無謀な男にしか見えません」


「そりゃあ今まで悪霊と呼ばれる者達と分かり合えたなんて前例はないからね、無謀にも見えるさ。でも現状として彼は、専門の僕に悪霊とまで呼ばれた彼女達の事を信じ、そして問題なく日常を過ごしている。信じられないけどそれが事実であり、僕らが想像も出来なかった結果なんだよ」


 まるで自分自身に言っているようなヒナタの表情を盗み見た神楽那が、押し黙る。

 もちろんヒナタの言葉がこの先を見据えていない発言だというのは明白だが、ヒナタの言う通り問題なく生活出来ているという事も確かだったからだ。


「結局、未来のことなんて誰にも分からない。ならせめて、悪い方にばかり考えるんじゃなくて、少しくらいは希望を抱いてもいいんじゃないかな」


「浅はか、愚か、どうしてもそんな言葉が脳裏を()ぎります」


「アハハ、まあその反応が普通だと僕は思うよ。僕だって全く不安がない訳ではないからね」


「だというのに先手を打たず傍観とは……本当に呆れてものも言えません」


「神楽那さん……なんか今日ズバズバ斬り込んで来るね。僕もうメンタルが瀕死状態だよ」


「トドメを刺せないのが残念です」


 そう言って正面から助手席の窓の向こうへ顔を背ける神楽那を見て、どうやら気持ちを汲んでくれたようだとヒナタが解釈する。


「すまないね」


「全くです」


「もし彼の身に何かあれば、彼の助けになってあげて欲しい」


「それはあの青年と周りの者達次第です」


「あはは……。まあ、お手柔らかに頼むよ」


 そう言って、ヒナタは車のキーを回した。

 車内に車特有の駆動音が鳴り響く。


「私は、まだあの者達に心を許す気はありませんから」


「ああ。本当に、ゆっくりでいいよ。今はそれで十分だから」


 感謝を込める形で神楽那に伝えると、彼女は何も言わずに鼻を鳴らした。


「あっ、そう言えば……絆君に名前を教えてあげてたみたいだけど、なんだかんだで神楽那も彼の事を――」


「――さっさと発進してください」


 特に感情も乗せず一蹴する神楽那。

 場を和ますつもりで言ったヒナタだったが、本当に余計な一言だったとしみじみ後悔しながら、ゆっくりと車を発進させた――
















 ◆◇◆◇◆◇



 とある路地裏――


「オイ、こんな時間にこんな場所でオレに何か用でもあんのか? 柊木ィ……」


 薄汚れた狭い空間の壁際に追い詰められている名乃が、白髪長身の()()()()()()に高圧的な態度をとられながら迫られていた。




はい、ということで、

ここで一旦投稿ストップさせていただきます。

いきなりで申し訳ございません。


年内に間に合わなかったのは不甲斐ないですが、また来年、近いうちに投稿再開出来ればなと思います。

今しばらく、お待ちくださいませ。



…………



…………



そんなことより何してんだ名乃ッ!?



~ 続く ~

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