52.目に見えぬ攻防
訂正内容ですが、一箇所
名乃→ナノに変更しました。
すみません。
昨日の放課後の出来事を二人に話している間、ヒナタさんは時折驚いたような表情を見せたり、何か考え込むような目つきに変わったりと多彩な変化を見せ、ユイが初めてナノに乗り移った時の事を話した時には「なるほど」と小さく呟いていた。
ちなみに巫女さんはオレの周りをチラチラ見ながら、やっぱり終始黙っていた。
「それで、最後まで視えなかったというその女性というのは、最終的にどうなったのか彼女達に訊いたのかい?」
「いえ、そう言えば結局訊いてないですね。それよりも、あの不思議な空間と幼なじみに乗り移ってたユイのことが衝撃的すぎたので」
「そうか、まあ存在しているのかどうかも分からないモノにまで意識を向けるというのは、その状況ではさすがに無理か」
「はい、すみません」
「いやいや、別に気にしなくても構わないよ。僕の方こそ無理を言ってごめ……えっ?」
そこでヒナタさんがオレの後ろを注視する。
オレもつられて後ろを振り向いたけど、特に気になる点は見当たらない。オレには注視するモノなんて何一つ視られなかった。
「は? …………お仕置き?」
ヒナタさんが眉を顰めながらそんな言葉を口にする。もしかするとユイ達が何かを伝えようとしているのかもしれない。てゆーかお仕置きって何だ?
「あ……ああ、そう……なのか……。…………教えてくれて、ありがとう……」
ヒナタさんが戸惑いを覚えながらも感謝をすると、何やら拍子抜けしたような顔でオレに教えてくれた。
「なんか……追い払ったみたいだね」
「あっ、そうなんですね」
「いや、でも……君の話が全て本当だとすると、相当厄介な相手だったと思うんだけど」
「えっ、そうだったんですか?」
よく分からないが、どうやら放課後に泣いていると噂されていた女の人の霊というのは、実は思っている以上に危険な存在だったらしい。まだ安心していいのか不明だが、とりあえず義輝には念を押しておいて良かった。
ヒナタさんは隣に座っている巫女さんから「本当に何者なんですか?」なんて小声で話しかけられながらオレの後ろをチラチラ意識し始めている。よく見ると二人とも額から汗を流しているけど、もしかしてこの部屋暑いのか? もし暑いんなら、せめて上着を脱げば良いんじゃないかと。
「ま……まあ、今こうやって君や幼馴染のコが無事なら、それでいいんじゃないかな。うん、それでいいんだと思う」
どこか自分自身を納得させる為に言っているようなヒナタさんの言葉に、オレもそうですねと答えるしかなかった。
「それと、すまない。申し訳ないけれどトイレを借りてもいいかな?」
「あっ、はい。それなら廊下を左に出て右手にあるので、どうぞ」
「ああ、ありがとう。すぐに戻るよ」
そう言うとヒナタさんは巫女さんに簡潔な断りを入れてからリビングを出ていった。
――すると、瞬く間に静寂の時間が訪れる。
(……なんだこの気まずい時間は?)
オレと巫女さんだけになるシチュエーションなんて全くの想定外で、何を話したらいいのか全然浮かんで来ない。だいたい、この巫女さんの名前すらまだ知らない。
歳は二十歳を過ぎたくらいだろうか。身長はナノより高くオレより少し低いくらい。切り揃えられた艶のある黒髪はもみあげの部分を少し長めに伸ばしており、適度な高さでまとめたアップヘアの後ろ髪は毛先を少しだけ逃がす形に仕上げ、金色のフレームで作られたスタイリッシュなマジェステが悪目立ちしない程度に横一閃に挿されている。
(どんな手入れしてるんだろうな)
髪は女性の命とも言うし、きっと大切にケアしているんだろう。
こんな時、同じ女性である守護霊のみんなから何か話しを聞けたらいいんだけど、そもそもそれが出来たら苦労していない。
「貴方は――」
「――はえッ?」
巫女さんに突然声をかけられ心臓がビクッとなった。なんなら変な声まで出やがった。
巫女さんも少し驚いた顔を見せたが、すぐに元の無表情に戻った。
「……貴方は、今の生活に重大な支障は出ていないのですか?」
「支障……ですか」
そう言われて自分の生活を思い返してみる。
今でもたまに身体がダルいと感じることはあるが、別に重大と呼ぶほどのことではないし、仮にその原因が守護霊のみんなにあったとしても、取り憑いてもらってる身としてはそんなものなんだろうと既に割り切っている。
「特には問題ないですけど、何か変なところでもありますか?」
「変なところって……」
そう言うと、巫女さんはバツの悪そうな視線をオレの後ろに向け「何もかもよ……」と控えめに呟いた。
そこで、思い切って尋ねてみる。
「あの、まだお名前を伺っていなかったので、よければ教えていただけると――」
――刹那。
巫女さんが血相変えて立ち上がり、とんでもない身体能力でソファの後ろに移動すると、いつの間にか取り出していた黒い表紙の本だか手帳だかを片手で開けたまま臨戦体制になっていた。
「それ以上近づけさせないでッ!!」
「はい?」
いきなり尋常ではない緊張感に包まれたリビングにこっちまで変な汗が出そうになる。ただ名前を訊いただけだぞ? そんなに訊いちゃいけないデリケートな話しだったのか?
「可能ならそいつらを止めてッ! 早くッ、はやくッ!!」
「いや、ちょっ」
いきなりそんな怒鳴られるように早口で捲し立てられても混乱しかねえよッ。
とりあえず『そいつら』ってことはたぶん守護霊のみんなの事を言ってるんだろうッ。んで視えねえから良く分かんないけどッ、たぶん何か怒ってるんだろう! 知らんけど!!(この間僅か一秒の思考である)
「みんなストップ! 待った! 待ってくれ!! オレが悪いなら謝るから、とりあえず落ち着いてくれッ!」
全然ワケが分からないまま、とにかくこの場を収めるために声を上げる。
果たして見た目では何の変化もなく、今の状況がどうなったのか皆目見当もつかないが、徐々に巫女さんの息遣いが落ち着いていくのを見てホッと胸を撫で下ろした。
「貴方は……自覚を持っていた方がいいわ」
「はいぃ?」
またいきなりワケの分からないことを言われ、思わずうんざりしたような返事をしてしまった。巫女さんには申し訳ないが、本当に話しが見えなさすぎて精神的疲労がヤバいんだよ。
「あの、ホントに意味分かんなすぎて全然付いていけてないんですけど、結局どうなったんでしょうか?」
「貴方の言葉に従って、殺気は消してくれた。ただ、冗談では済まされない程の禍々しい殺気だから、出来れば二度と向けないでくれるとこちらとしても安心する」
依然としてオレの後ろをチラチラ警戒しながら話してくれる巫女さんの姿を見て、何だか罪悪感が込み上げる。オレはただ、ヒナタさんが戻ってくるまでの間少しでもこの場を和ませることが出来ればという思いで名前を訊いただけなのに、なんでこんな怖がらせるような思いをさせてるんだよ。
「なあ、みんな」
オレは困惑しながら後ろへ振り返ると、そこに居るであろう守護霊のみんなに呼びかけた。
「この人は悪い人じゃないし、わざわざウチまで来てくれた大切なお客さんなんだから、そんな睨みつけるようなことしなくても大丈夫だよ。てゆーか出来ればしないでくれ。理由はよく分かんねえけど、これじゃ話しも出来ないよ」
少し偉そうに言い過ぎたかもしれないが、伝えるべきポイントはしっかりと伝えておきたいし、何より昨日ユイが『気兼ねなく話したい』と言ってくれていたので、ここは強気に言わせてもらった。
すると巫女さんが呆けたようにポカンと口を開けてこっちを見ていた。
「な、なんですか?」
「……いや、貴方…………本当に凄いわね。あれほど周囲を覆い尽くしていた負のオーラが、みるみる縮小していったわ」
「あっ、そうなんですね。良かった」
負のオーラとか言われても何にも見えないから全然実感ないけど、とりあえずみんなが素直に言う事を聞いてくれたみたいで良かった。さりげなく後ろを向いてありがとうと伝えておこう。
「不思議ね、これほどの脅威ある存在をいったいどのように付き従えているのか……」
「付き従える? なに言ってんですか?」
あまり気分の良くない誤解をされているようなので、すぐに否定する。間違ってもみんなのことを見下すような感情なんて抱いたことはない。オレと守護霊のみんなは、そんな主従みたいな上下関係じゃないんだよ。
「オレ達は友達です。三人ともオレにとって大切な存在です。第一、オレはみんなに守護霊になれと命令したんじゃなくて、取り憑いてて下さいとオレの方からお願いしたんですよ」
「あー、すまない。そういう意味で言った訳じゃないんだ。気に障ったのなら謝るよ」
「……いえ、オレの方こそ言い過ぎましたね。すみません」
少しケンカ腰になってしまったので、一応こちらも頭を下げておく。
気づけばお互いが普通に会話出来るまでの空気感になっていた。
「私は神楽那」
「えっ?」
唐突に名前を告げられ思わず声が出る。
てか今のは名前ってことで良いんだよな?
「でも余程の事情がない限り、私と会話しようとするのは出来れば控えていただければと思います。いくら敵意が薄れたとはいえ、ずっと監視されているというのは少々心労に堪えますので」
そう言って再度オレの後ろを気にする辺り、たぶんまだみんなに警戒心持たれながら見られてるんだろうなと察する。
「あ、はい。気に留めておきます」
とりあえずこれ以上変な刺激を与えないよう、オレは無難に返事をしておいた。
もし今度ユイと話す機会があれば、何故こんな過剰に話し相手を意識しているのか尋ねてみよう。
そのタイミングで、ヒナタさんがトイレから戻ってきた。巫女――カグナさんもその姿を見て安堵の息を吐く。
しかし、帰ってきたヒナタさんの微笑む顔は、さっきまでとは何処か違うように見えた。
⭐︎神楽那に関する情報
神楽那の朝は早いです。
夜も明けぬ内から起床し、湯浴みから一日が始まります。巫女たるもの身を清めてから奉仕活動を行うという家系独自のしきたりとは別に、めんどくさいもう一つの理由があるそうです。真っ当な理由なのでご安心を。




