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51.心の奥に閉まっておきたいモノ


 絆が昨日の出来事をヒナタ達に話している間、楓と雅はある人物に目を向けていた。


「ねえ、この女のことどう思う?」


 いつものように後ろから絆の首元に抱きついている雅が、決して巫女から目を逸らさないまま後ろに立っている楓に話しかける。先程思いがけない絆の愛の告白(勘違い)を聞いたせいか、普段の数倍抱きしめ方に愛情が溢れている。


「そうね、少しの気の緩みもなくこちらを警戒しているあたり、余程私達の事が気に入らないんでしょう」


 同じく巫女の様子をじっと窺う楓が妖しげな笑みを浮かべながら答えた。

 巫女の隣に座っているヒナタに関しては、彼女達の存在を意識はしているものの警戒心までは持っていない。

 しかし巫女に関しては別である。

 彼女は今日絆に会った時からずっと内心穏やかではなかった。

 正確には絆の守護霊である三人を視た時からなのだが、何しろ巫女から視た三人の姿はあまりにも(いびつ)で、とても落ち着いてなどいられなかったのだ。例えるなら、自分にとっての得体の知れない最大級の恐怖の象徴が目の前で延々と自分を覗いているような、そんなどうしようもない不安や危機感が常時のしかかっている状態だった。


「ずっと見られてるの、ちょっと気に食わないわね」


「相手にしなければいいだけよ。何も気にする必要はないわ」


「それは……確かにそうなんだけど」


 どうにも釈然としていない雅に優しく微笑みかける楓だが、ふと隣を見ると腰に手を当て大層つまらなそうにヒナタを見ている唯が露骨に溜め息を吐いた。


「どうしたの、唯?」


 珍しくご機嫌ナナメな唯を目撃した楓が声をかけると、唯は不機嫌なまま楓の方を見てこう呟いた。


「なんかイヤだ」


「嫌? なにがかしら?」


 唯の意図を汲み取れなかった楓が首を傾げながら聞き返す。

 唯は再び溜め息を吐くと、もう一度ヒナタを見て自分の思いを口にした。


「この人に名前呼ばれるの、すんごいイヤなの。あんまり馴れ馴れしく呼ばないでほしい」


「あら」


 少し意外に感じた楓がヒナタを観察する。

 初めて会った時こそあまり良い印象は持たなかったが、今は特に気に障るような事はされていない。

 では好印象を持っているかと言われれば別段そういう訳でもないのだが、何しろ楓や他の二人にとっては自分達の事を絆に紹介してくれた、謂わば恩人と言ってもいい存在である。だから最低限の敬意は払っているつもりなのだが、どうやら唯はそういう認識ではないらしい。


「そんなにこの男の事が不快?」


「ん〜別にこの人の事が嫌いって訳じゃないんだけど、なんか気安く名前を呼ばれるのは違うっていうか、そこまで近しい関係になった覚えはないっていうか……うーん」


 実際、唯もヒナタに対して恩は感じている。しかし、だからといって全てに()いて気を許した訳では勿論ない。何でもかんでも踏み込んで来るというのはまた別の問題であり、その問題を良しとするのかどうなのかは人それぞれである。

 そして少なくとも唯は、くだんの件をあまり快くは思っていない。


「一応敬称は付けているけれど、それでも駄目なのね?」


「なんか……ねー」


 歯切れの悪い答え方をする唯は思い耽るように目を瞑り、ユランユランと首を左右に振っていた。


「その気持ち分かるわよ」


「へっ?」


 突然の同意に、唯がパチっと目を開いて雅を見る。

 雅は芯のある眼差しを唯に向け、自分も同じだと言わんばかりにコクンと頷いた。


「相手が女なら別に構わないけど、敬称が付いていようがいまいが今はダーリン以外の男に自分の名前なんて呼ばれたくないわ」


「一応訊くけれど、それはどうして?」


 その楓の質問に雅が即答する。


「決まってるじゃない、ワタシの全てはダーリンのものだからよ。だから他の男がワタシに言い寄ろうとするのは不愉快だし、どうせ無理だろうけどワタシに触れようとするなんてもってのほか。当然、ワタシの名前を呼ぶことも例外じゃないわ」


「あら? でもそれだと、まるでご主人様以外の男には好かれたくないような言い方に聞こえるわね」


「当たり前じゃない! えっ? まさかアンタは違うっていうの!?」


「いえ、同じよ。ただアナタの場合、『美』というものを高く意識している傾向にあるから、てっきり世の中の全ての男を手玉に取りたいのかと」


「そんなわけッ…………いえ、そうね。確かに、()()()()()という意味ならそれも悪い気はしないわ。でも……」


 そう言うと、雅は甘えるような乙女の顔で絆を抱き締めた。


「そんなもの、ダーリンの前では無価値も同然。なんの興味もないわ。ただワタシは、ずっとダーリンの傍に居て、ずっとダーリンに愛されるよう自分を磨き続ければいいの。ただそれだけなの」


 そうして満足そうに顔をすりすりする雅。

 そんな羨ましいシチュエーションに浸っている雅に突っかかることも忘れた唯が、腕を組みながら考え込む。


「アタシは…………それに近いっていうのが正解なのかな」


「近い?」


 そう尋ねる楓と雅が唯の方を向く。


「うん。結局のところ、アタシは今の人間関係で充分満足してるんだと思う。だからアタシはミヤビと違って、親睦のない女の人に名前を呼ばれたとしてもイヤな気持ちになると思うよ」


「だったらあの居眠り女はどうなのよ?」


 真っ先にいつも唯と仲良さそうにしている名乃のことが浮かんだ雅が、純粋に気になったので尋ねる。


「居眠り女? あー柊木さんのことか。そりゃ身体が入れ替わるような特別な関係になったんだから、柊木さんは別だよ」


「でも私には、入れ替わる前から特別視していたように見えていたけれど?」


「あれはホントに理想の女性として憧れてただけで、今みたいに親しくなるつもりなんてなかったよ」


 楓の疑問にあっけらかんと答える唯。

 そんな唯の様子に、雅も少し目を丸くした。


「ふ〜ん、いつもバカみたいに明るいけど、アンタって意外と閉鎖的なところがあるのね。そういえば初めて会った時のアンタって結構物静かだったかも」


「アンタの方がよっぽど無口だったくせに何言ってんのよ。あとバカは余計よバカ。アタシはただ、今の生活を極力誰にも邪魔されたくないだけ。何でもかんでも人間関係を増やしゃ良いってものでもないのよ」


「邪魔されたくないというのは大いに賛同するけれど、利用できるモノは価値がある限り利用するのが定石というものよ?」


「カエデはそういうの得意そうだよね〜。アタシには絶対無理だぁ」


 言いながら唯の両肩がどんよりと沈む。

 どう足掻いたところで、自分にそんな真似事が出来るとは思っていない。自分はそこまで器用に生きていけないと知っているから。


 そんな項垂(うなだ)れた唯を見た楓は、先程雅に向けた時と同じ表情を浮かべていた。




 そのタイミングで、絆とヒナタの話しに動きがあった。





彼女達の生前についてですが、お互いに決して幸せとは言えない最期を迎えています。

そしてこれについては救いが一切ないので語ることはないと思います。



そう!この物語はあくまでラブコメだ!



というわけで、彼女達の『今』を応援してくだされば幸いです。


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