50.お客様をもてなす際はご留意ください
十七時にヒナタさんが家に来る予定なので、最低限の部屋の掃除をしようと思い学校が終わったと同時にまっすぐ家に帰ってきた。
義輝との放課後の探索については、昨日とんでもない事態に陥ってしまったので以後探索はするなと冗談抜きで固く念を押している。もしこれだけ言っても義輝が探索しようものなら、それはアイツが自分で考えて決めたことだろうから、こっちはもう何も言わないでおこう。それで義輝の身に何か起きたとしても、結局それはアイツ自身の責任だからな。
………………まあ、助けるけど。
「にしても、アイツのあの頷きは何だ?」
昼休みに幽体離脱から戻ってきたナノと屋上で別れてから全力疾走で教室に滑り込んだ時、全てを悟りきった顔でウンウン頷いてきた義輝を見た瞬間思わず「黙れ」と言ってしまうほどイラッとした。
「しかも今日何度も頷いてたな」
いったい義輝の中でどんな勘違いワールドが展開されているのか知らんが、これ以上鬱陶しいマネをするつもりなら一度ガツンと言ってやろう。
と、その時、家のチャイムが来客の報せを告げた。
リビングに取り付けてある時計を見るとちょうど約束の時間を過ぎたところだった。
「ヒナタさんぽいな。……やばッ、なんかちょっと緊張してきた」
別に怒られる訳でも息が詰まるような話しをする訳でもないのに、心臓の鼓動が早くなっていく。そういえばお茶菓子の事とか何も考えてなかった。
「みんな、ヒナタさんの事は知ってると思うけど、とりあえず迷惑はかけないように頼むな」
なにせヒナタさんは生身で霊が視える人だ。迂闊な行動がどんな失礼な態度として捉えられるか分かったものじゃない。
念の為守護霊のみんなに一言断りを入れてから、オレは玄関のドアを開けた。
「やあ、久しぶりだね」
そこには、初めて会った時と同じ服装――高級感のある御納戸茶のスーツに無地の黒シャツを着たヒナタさんが片手を挙げて微笑んでいた。
そしてもう一人、ヒナタさんの後ろで控えるようにして立っている神社で会った巫女さんが無言で会釈していた。
しかし服装は巫女服とは違い、下は黒をベースに白のラインが入ったジャージとスニーカー。上は何かよく分からない恐竜のような二頭身キャラクターがプリントされた白のTシャツに黒のチェスターコートといった具合の、かなり印象の違った恰好をしていた。
(一瞬誰か分からなかったぞ)
顔立ちは整っているが、初めて会った時と同様に一切愛想のない表情を見て何とか巫女さん本人だと気づけた。
そんなオレの視線に違和感を感じたのか、巫女さんがあからさまに怪訝な顔をする。
「ああ、すまない。二人で訪問はマズかったかな?」
オレの視線を違う意味で受け取ってしまったヒナタさんが申し訳なさげに頭を抱える。
「あっ、いえ、そうじゃなくて。今日は巫女の服装じゃないんだって、少し驚いただけです」
「服装? アハハッ、なるほどね。別に巫女だからといって年中巫女服を着てる訳じゃないよ」
オレの疑問を察してくれたのか、ヒナタさんが屈託のない笑みで答えてくれる。
「そうなんですね。なんかすみません、ホントにその辺りの事情というか、仕組みがよく分かってなくて」
「まあ、日頃僕達のような職種の人や、そういう人達と関わりを持たない人からすれば知らなくても仕方がない事だと思うよ。っていうか、この話し前にもした気がするね」
「そうですね、初めて会った時に教えていただいた気がします」
そうして二人で当時を思い出しながら笑っていると、突然巫女さんが口を開いた。
「違います」
「え?」
鋭い眼差しで明確な否定を言葉にした巫女さんに目をやると、同じ口調でもう一度言われた。
「違います」
「……えーと、何がですか?」
「これは私の本意ではありません」
「本意?」
本意とは、いったいどういう事だろうか?
そもそも『これ』とは何の事を指しているんだろうか?
(服装の事なのか、巫女という立場の事なのか、若しくはここに来た事を言ってるのか?)
「あはは、まあ外で立ち話もなんだし、迷惑じゃなければそろそろお邪魔させてもらってもいいかな?」
「あっ、すみません! そうですね!」
ヒナタさんに遠慮がちに言わせてしまったオレは、少しテンパりながらも家の中へ二人を招き入れた。
――――
――
リビングに二人を通してソファへ腰掛けてもらった後、おそらくお客さん用の小洒落たコップで二人分のお茶を用意してからローテーブルを挟んだ対面のソファに座った。向かい右側に座っているヒナタさんは『ありがとう』と笑顔で受け取ると喉を潤すように一杯飲んで、向かい左側に座っている巫女さんは『ありがとうございます』と表情を変えることなく一度会釈したきりだった。
ちなみにコートを着っぱなしの巫女さんなのだが、ソファに腰掛ける前に声をかけたところ、どうしても着たままで居させて欲しいとの要望があったので本人の好きなようにしてもらった。別にマナーがどうとか、ぶっちゃけそんなものは一切気にしない。
んまあ、何でだろうとはちょっと思ったけど……。
「さて、改めて久しぶりだね。あれから何か変わったことはあったかい?」
柔らかい物腰で尋ねてきたヒナタさんに、早速どう返答したらいいのか少し悩む。
「変わった……と言っていいのかどうか分かりませんが、守護霊のみんなと接する機会が増えたと思います」
「接する機会? それは、彼女達とコミュニケーションが取れるようになった……という事かな?」
「あーいえ、オレは相変わらずみんなの姿を視る事も声を聞くことも出来ないんですけど、ん~どう説明したらいいんだ……」
何からどう話そうか頭の中で整理する。
その間、ヒナタさんは口を挟む事もせず気長に待ってくれていた。
巫女さんも相変わらず無言のままじっとこちらを見ている。
「隣にオレの幼なじみが住んでいるんですけど、色々あってソイツがユイと入れ替わる事が出来るようになったみたいなんです」
「ん? 入れ替わる?」
そう言ったヒナタさんが眉を顰める。
巫女さんも初めてその表情に変化をもたらした。
「ユイっていうのは、キミに取り憑いている霊の内の一人だったよね?」
「はい、そうですね」
「そのユイ……ぁ~ここでは『さん』と付けさせていただこうかな。そのユイさんとキミの幼馴染であるコの意識が入れ替わるという解釈でいいのかな?」
「はい、それでいいと思います」
そう答えると、ヒナタさんが口元に手をあてながらチラリとオレのすぐ後ろに視線を向けた。
「失礼なことを聞いて申し訳ないけれど、キミがそう信じた理由を教えてほしい」
「信じた理由……。いや、明らかに口調や性格が変わっていたし、ナノ……アイツには絶対に分からない筈のカエデとミヤビの名前まで会話の中に出てきたから、これは本当にユイが乗り移っているんだなと思いました」
「なるほど、確かにキミに取り憑いている者達の名前に関しては、僕たち三人しか知らない筈だ。もちろん僕ら二人も、この事は誰にも話していないから安心してくれていい」
「いえいえ、別に疑ってないですよ。っていうか、オレの中ではもう百パーセント確実にユイ本人だと思っているので、もしも幼なじみのアイツに『実はウソでした』なんて言われても、そっちの方が信じられません。むしろそんな態度を取ってきたら本気で怒るかもしれないです」
「それは、それほどまでに彼女達の事を気にかけていると捉えれる言葉でもあるね」
「……まあ、否定はしないです」
そう言った直後、巫女さんが血相変えて勢いよく立ち上がりオレの方を向きながら身構えた。その視線は焦りのような警戒のような複雑としたもので、何かを追いかけるようにオレの周囲を高速で見回している。
「大丈夫、彼女達なら心配いらないから。ほら、座って」
表情一つ変えていないヒナタさんに諭され、巫女さんは警戒を残しつつゆっくりと座った。
「あの、もしかして今みんなが何かしました?」
「いや、何も問題ないよ」
ケロッとした顔で答えるヒナタさんだが、誰がどう見ても問題しかなかったような動きしてましたよ巫女さん。今もずっとこっちを直視しているんですけど……。
「きっと彼女達なりの嬉しさの表れなんだろうね」
「嬉しさ?」
「はは、キミは何も気にしなくていいさ」
「……はあ」
よく分からないが、ヒナタさんが笑っているなら大丈夫なんだろう。
――それにしても……
「やっぱり視えているんですね」
「ん? まあね」
「ずっとですか?」
「そうだね、ずっと見ているよ」
「そう……ですか」
それが誰の事を指しているのか不明瞭だったが、視えている事には変わりないようなのでこれ以上は追及しなかった。
「ところで、その幼馴染のコがユイさんと入れ替われるようになった経緯を教えてくれないかな?」
「あーそれは……」
と言ったところで昨日の放課後に体験した出来事を思い出す。
あまりにも現実とかけ離れた、けれど確かにこの身で痛感した、あの不可思議な体験を。
(話したところで信じてもらえるとは到底思えないけど)
しかし相手はヒナタさんだ。
普通なら信じてもらえないような話しでも、もしかするとヒナタさんなら何か知っているかもしれない。
オレは淡い期待を抱きながら、昨日の出来事をヒナタさんに話した。
絆の家に訪れたヒナタですが、普段外に出る時に着用している葵色のカラーレンズの入ったラウンドサングラスは絆に会う直前で外しております。
これは単に、余所様の家にお邪魔する時までかけるのは失礼だという一般的な礼儀に倣っただけです。




