5.後先考えるかどうかで戦況も心境も大きく変わる
「いらっしゃいませー!」
シンプルな入店チャイムと営業スマイル満点の女性スタッフに出迎えられた、身なりの違う男二人組。
希望を言って奥の座席へ案内してもらうと、お互い無言のまま対面に座った。
「ご注文をお伺います♪」
「ホットコーヒーを一つ」
「あっ、自分も……同じので」
「かしこまりましたー♪」
やけにニコニコしているウェイトレスが注文を聞くや否や足早に去っていくと、再び無言の時間が訪れた。
(なんなんだこの状況ぉ!? なんでいきなり出会った見ず知らずの人[男]とファミレスに入ってるんだぁ!?)
重苦しい空気に視線を落とす。変な汗が止まらない。
何故こんな状況になったのか、テンパった頭で思い返してみる。
まず強盗に襲われそうになり、車に衝突されそうになり、精神が疲弊している時にいきなり『取り憑かれている』なんて言われて、とりあえずこんな事故現場のど真ん中で話すのもなんだしどこか昼食でも摂りながら話さないかとか言われたものだから、ついでに心も落ち着かせようと思い二つ返事で承諾した。
つまりは、そういう事だ。
(バカですかオレは!?)
何故にこうも簡単に承諾してしまったのか。
普通見ず知らずの、それもこんな如何にも裏社会の人間ですと主張しているような怪しい男にホイホイついていく物好きは居ないだろう。
もし居たら、その人と危機管理能力というものについて夜通し話し合う必要がある。下手すると命に係わる問題だからな。まあどの口が言ってるんだって話だが。
(いやそんなことはどうでもいいんだよ! それよりも……)
もう一度この男に視線を向けてみる。
歳は二十代半ばといったところか。整った顔立ちに猫っ毛で茶髪のミディアムヘアー。葵色のカラーレンズを入れたラウンドサングラスと、高級感のある御納戸茶のスーツに無地の黒シャツがスタイリッシュでクレバーな印象を与える。
モテるかモテないかだけで考えれば、まず間違いなくモテる部類に入る男だろう。
先程から何かを考え込むように口元に手を置き油断のない面持ちでこちらを凝視していた彼だが、ふと目線が重なると、その表情がスッと柔らかくなり温かみのある声をかけてきた。
「何も食べなくていいのかい?」
「えっ? いや、自分は特に……大丈夫です」
「そっか、じゃあ喫茶店とかで良かったかな」
「アハハ……。そう……ですね」
言える訳ない。
今更『店に入ること自体が違和感MAXなんですけどぉ!?』なんて言える訳がない。
「お、お待たせしましたー」
先程とは違うウェイトレスが少しぎこちない動きで注文したホットコーヒーを持ってきた。
「ああ、ありがとう」
男が優しさ溢れる声でお礼を言うと、さっそくテーブルに置かれたコーヒーを一口啜った。
「ごご、ご注文は、以上でよろし……かったでしょうか?」
「うん、そうだね」
妙に片言なウェイトレスに淡々と男が伝えると「ででは、ごゆっくり……どぞー」と心なしか顔を赤くして足早に去っていった。
そして最初に来たウェイトレスの隣に行くと、「やばいカッコいい!」だの「でしょでしょ! 一目で落ちた♪」だの「お話ししてみたい」だの、仕事中だというのにキャッキャウフフと色めき立っていた。
なるほど、恐らく彼女たちは好きになったらこんな怪しい男でもホイホイとついていくような一途な人たちなのだろう。
まあ好きになってしまったなら仕方ない、その後どうなるかは知らんが幸運を祈ろう。
あとついでに彼とお話ししてみたいなら僕とポジション交代しませんか?
もう気まずくて苦しくて今すぐにでもここから退散したいんで喜んで代わりますよ?
「そんな緊張しなくていいよ」
「ぅえっ!?」
急に声をかけられ声が上ずる。
「いや、キミが逃げ出したいくらいに動揺してるのが見て分かるから」
「そ……そんなことはッ」
「コーヒー、零れるよ」
「コーヒー?」
言われて自分が持つコーヒーを見ると、震える手の振動でブルブルと波打ち、カップの縁から溢れそうになっていた。
「うわっ、ちょ、なんで!?」
「アハハッ、いいよ別に。実は僕の胸中も、今そんな感じだから」
「はっ? えっ……どうしてですか?」
「いやぁ、さっきからずっと睨まれてるからね」
言いながら男が苦笑いをするが、決して視線を外そうとはしなかった。
「あっ……すみません。無意識に目に力入ってたかも」
「キミにじゃないよ。キミの周りにいる者達さ」
「オレの……周り?」
言われて周囲を見渡すが、特に誰も居ない。
離れた所にいるウェイトレスの事かと思ったが、彼が一度もそちらを向いていない事に気づく。
第一、ずっと睨まれているという言い回しがおかしい。
ウェイトレスの二人は、一瞬たりとも彼にそんな眼差しを向けていない。
「まったく、蛇に睨まれた蛙の気持ちが、少し分かった気がするよ」
そうして思い出す。自分が誘われた理由を。
そうして理解する。男がずっと視ていたものを。
「とんでもない殺意に満ちた邪悪な気配が、僕の視た限りでも三体は取り憑いてる。恐ろしく醜悪で禍々しいオーラだよ」
言われて反射的に後ろを振り向くが、やはり誰も居ない。
「それ……さっきも取り憑かれてるって言ってましたけど、どこにも誰もいないですよ?」
「霊の類いだからね。条件が揃えば例外も生じるけど、普通の人には、まず目視できない」
霊という直接的な単語に少しだけ寒気がした。
「アナタには……視えるんですか?」
「ぼんやりとだけどね。あと、全てを聞き取ることは出来ないが、『許せない』という言葉だけは確かに聞こえる。いや、もう言葉なんてものじゃないな……、おぞましい死霊の叫びだよ」
「ちょっと待ってくださいッ。もし仮にそうだとして、なんでオレにそんなものが!?」
「さあ、そこまでは僕にも分からない。キミが過去に何か良くないことをしたのか、ただ通りすがりに運悪く取り憑かれただけなのか、いずれにしても、そのまま放置しておくのは危険だと思うよ」
危険――その言葉でふと頭によぎる。
「もしかして、さっき襲われた事とか、事故に巻き込まれそうになったのも……」
「可能性はゼロじゃないね。それより、一つ聞いてもいいかな?」
「なんですか?」
「キミは、急に現れた人間にこんな突拍子もない事を言われて、信じるのかい?」
「それは……」
言われて口ごもる。
出来ればこんなこと信じたくないし、何も視えない以上易々と信じられる訳がない。
疑いの心を持たなければ、人が人間社会の中で生きていくことは難しいだろう。
それは先程の危機管理能力の話と同じとも言える。
それが分かっているからこそ、この人も聞いてきたのだろう。『どうして否定しないの?』と。
(良くも悪くも思い当たる節があるんだよな……)
ここですっぱりと否定出来たらどんなに楽だろうか。
きっと話しは終わって解散の流れになるのだろう。
「それは……まだ分かりません。でも心当たりがいくつもあるような気はします」
結局、話しを続けることにした。
「そう」
どう捉えたかは分からないが、彼が簡潔に答える。
しかし、一つだけ疑問に思うことがあった。
今までの話しが本当にしろ嘘にしろ、何故この人はわざわざそんなことを聞いてきたのだろう。
「あの、オレからも一つ聞いていいですか?」
「なんだい?」
「アナタは、一体何者なんですか?」
「ああ、僕かい?」
そう言うと、彼はごく普通に答えた。
「僕はヒナタ。ただの霊媒師だよ」
ファミレスでコーヒーだけ注文する勇気!
自分にはありません




