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49.彼は、待ち続ける


「こんにちは、口悪(くちわる)白髪鬼さん」


 鼻頭同士がぶつかりそうなほどの至近距離に現れた雅を見ても平然とした顔をしている名乃が、余裕の笑みを浮かべながら応える。


「アッハッハ、相ッ変わらずムカつく小娘なんだからァァ。この顔グッシャグシャにしたらどれだけ気持ち良くなれるのかしらねェぇエエ!?」


 雅は雅で、抑え切れない昂ぶりを全面に曝け出し、今にも名乃の目玉を抉り出しそうな構えを取っている。その月白(げっぱく)の長い髪はユラユラと揺らめき、まさに彼女の本気度合いを示していた。


 だがそんな都合などまったく意に介さない名乃は、極めて落ち着いた物腰で雅に尋ねる。


「そんなことより、授業中無意味に殺気飛ばしてきたの、アンタでしょ雅?」


「そぉワタシぃぃ!! ギャッハハハ、楽しんでくれたァア!? 怯えて声も出せなかったガクブルのアンタをへぶぅぅぅぅぅぅーーーー!!!!」


 何の躊躇(ためら)いもなく勝手に話しを進めていく雅だったが、もはや恒例と化した楓の無慈悲なチョップが勢いよく雅の頭に振り下ろされる。

 先程まで元気にはしゃいでいた雅は、カエルがうつ伏せでへばりついたような格好で足をピクピクさせていた。


「…………いや、……なにしてんの??」


 目の前で繰り広げられた突然の処刑に目をパチクリさせる名乃が、心から純粋な疑問を楓に投げかける。


「ちょっと耳障りな羽虫がいたものだから、つい。それと、貴女に視線を向けたのは私よ。だからこのおバカさんが口走ったことは全て忘れてくれないかしら?」


 表情一つ変えずに同じ守護霊を叩き潰した楓は、特に苛立ちを見せることもなく淡々と説明していた。


「楓……貴女が? いったい何のつもりよ?」


「用件を伝える(すべ)殺気(これ)しかなかったの。貴女も私達に話しがあるみたいだったからちょうどいいと思ったのだけれど、不快な思いをさせてしまったのならごめんなさい」


 そうは言ったものの、あまり謝罪しているようには見えない楓の表情に眉をひそめる名乃。


「……そう。とりあえずいきなり殺気(それ)されると滅茶苦茶疲れるし不愉快になるから、キズナと二人きりの時以外は極力しないで」


 結局その真相は分からないが、自分の思い過ごしの可能性もあるので名乃はこれ以上の無駄な追求はしなかった。


「おっ? もう戻ってきたのか、ナノ」


 そこで、じっと座りながら幽体離脱中の名乃の様子を伺っていた絆が口を開く。眠りから目を覚ました名乃は眩しそうに天を仰ぎ、次に自分を覗き込んでいる絆を見て一気に顔が赤くなる。


「いッ!? あっ、……絆……くん」


「もうみんなと話し終わっ――いや待て……」


 異変に気づいた絆も瞬時に眉間を押さえ超速で現状を把握しようとする。


「もしかして……ユイか?」


「あっ……うん。……エヘヘ、昨日ぶりだね♪」


 恥じらいながらもはにかむ笑顔を見せる名乃の姿をした唯に、絆の心臓が一瞬跳ね上がった。


「ッ、あー、アレだ、そのぉ〜、アレだ。ナノが幽体離脱する時は、ユイがナノの身体の中に入るって事で……いいのかな?」


「ん〜どうなんだろ? アタシも気づいたら柊木さんの身体に乗り移ってるって感じでヒィッ!?Σ」


 話しの途中で何かに気づいた唯が突然驚いた声を上げて全身を強張らせる。


「ど、どしたッ? なんかあったか!?」


「あっ、ううん! なんでもない……かもぉ」


 ある一点を見つめたまま引きつった笑みを浮かべる唯。

 その視線の先には、目を見開いて青筋を立てまくっている名乃と、絆の声が聞こえて復活していた雅が目を血走らせながら、顔を並べて唯を凝視していた。



「ねえユイ、どうしてアンタだとキズナはときめくのかなぁ? 私と同じ姿してるくせに、どうしてなのかなぁ?」


「ねえユイ、どうしてアンタだけいつも美味しい思いをするのかしらぁ? ワタシと同じ存在のくせに、どうしてなのかしらぁ?」



「ちょ、ちょっとッ! 二人とも寄って来なくていいから! やめてよバカ!」


 まるでホラー映画のようにずずずと近づいてくる二人の顔を必死に両手で抑え込む唯。

 すると黙って見ていた楓が二人を同時に引っ張り上げ、名乃はちょこんと自分の隣に置き、雅はポイっと後ろに投げ捨てた。しかし思ったほど加減をされずに投げ飛ばされた雅は「ンギャァアアアー!」と乙女にあるまじき叫び声を発しながら空の彼方へ飛んでいき、途中でゴンッという鈍い音と共に静かになった。


「貴女、こんなくだらないことをする為に私達に会いに来たの?」


 少しばかり睨みつけるような視線を隣に立たせている名乃に向ける楓。

 名乃は飛んでいった雅を横目で追いながら「お連れさん、結構大変なことになってるけど?」と若干引き気味に答えていた。


「それから唯、気が付いたのならいつまでも彼の膝下に座ってないでさっさと立ち上がりなさい。迷惑をかけているでしょ?」


「は、はひッ!」


 続けて楓に睨みを利かされた唯が、慌てたようにすぐさま立ち上がる。因みにこれが一番不機嫌そうな楓だった。


「ごごゴメンね絆くんッ、重かったよね!」


「ハァァアアあぁあ!!?Σ」


 その一言を聞いた名乃が勢いよく唯の――本来の自分の胸ぐらを掴んだ。


「いやそれは全然大丈……ってどうしたユイさん!?」


 突然何者かに胸ぐらを掴まれたような体勢になる唯を見て、絆も何事かと一気に立ち上がる。


「違ッ、柊木さん今のは違うッ!!」


 絆への謝罪のつもりで言った言葉が思わぬ地雷となり、絆が間違えて『さん』付けした事にも気付かない唯があたふたしながら否定の仕草をとる。


「何が違うのよッ!? ハッキリ重いって言ってたじゃないのよぉ!! ケンカ売ってんのアンタぁ!?」


 女性にとってデリケートな問題をいきなり投下された名乃の怒りは相当なもので、自身の制服がしわくちゃになるのもお構いなしに強く握りしめていた。


「なあユイッ、もしかしてナノに何かされてるのか!?」


「そう……なんだけどッ、今のはアタシがッ、全面的に悪かったからッ……!」


 そう言いながら割と苦しそうにしている唯の様子を見て、名乃が居るであろう場所に目を向ける絆。


「おいナノ、今すぐ手を放せ。だいたいオマエそれ自分の身体って分かってんのか?」


「黙っててキズナ! これは女の問題なの!」


 唯を掴んだまま絆に返事をするが、残念ながらその声は絆に届かない。


「柊木さんごめん! 体重の事は本当に悪かったからッ……!」


「……体重?」


 ギュッと目を閉じながら謝罪している唯の言葉を聞いて、絆が首をかしげる。

 そしてすぐに先程の一連の流れを思い出すと、呆れる程の深い溜め息を吐いた。


「アホかオマエは。この見た目でオマエのことを重いと思ってるヤツなんかいるかよ。そもそもオレが勝手にオマエの身体を足の上に座らせたんだから、ユイは何も悪くねえよ。あと別に変な気持ちでオマエを座らせた訳じゃねえから、そこは勘違いしないようお願いしますマジで」


「キズナ……」


 最後の一言に関してはその場の全員が一瞬ピクりと反応を見せたが、一先(ひとま)ず絆の言葉を聞いた名乃がスッと全身の力を抜いた。


「……はぁ、……分かったわよ」


 仕方ないといった様子でゆっくりと唯から手を放した名乃。

 実を言えば、絆の言ったことについて決して悪い気はしていなかったというのが彼女の本音である。


「ごめんね柊木さん」


「いいの、私もカッとなってごめんなさい」


 お互いが謝ったことでピリピリしていた空気は霧散し、ユイの様子を見ていた絆も安堵の息を()いた。




 ――そのタイミングで校内から予鈴のチャイムが鳴り響く。




「うそッ、もうそんな時間!? ちょ、アンタ達と話したいこと全然話せてないし!!」


 焦燥の眼差しで唯と楓を交互に見る名乃。

 唯はアハハと苦笑いし、楓は困ったような憐れむような複雑な瞳を向けながら自分の思いを伝えた。


「貴女、てっきり慎重な人なのかと思ったけれど、意外と感情に流されやすい人だったのね」


「アンタ達が相手だと何故か毎回調子狂わされるのよッ!! (みじ)めになるからそんな目で見ないで!!」


「おいナノ、そろそろ授業始まるけどどうするんだ?」


 どうやら絆も少し焦りを感じているようで、スマホで時間を確認しながら尋ねる。


「まさかこのままユイと入れ替わった状態で授業受ける気か?」


「ぞええぇえええーーッ!!?Σ」


 絆の言葉を聞いた唯が、色々と飛び出てきそうなほど仰天した顔を披露する。

 それを見た名乃は「私の顔でそんな顔するな」と唯の頭を小突いた後、続けて話した。


「代わりに受けさせる気もないし、そもそも今日はこの後別件があるから、午後の授業は欠席なの」


「えっ、柊木さん午後の授業出ないんだ?」


「えっ、そうなのか?」


 唯の言葉を聞いた絆も唯と同じリアクションで名乃に聞き返す。


「ええそうなのよッ。まったく、スムーズに話しを進められると思ったのに」


「そうね、私もそう思っていたわ」


「………………ハァァ」


 楓の皮肉混じりの言葉に一瞬イラッとした名乃だが、こうなったのも自分で招いた結果であることは自覚しているので、不甲斐なさにうんざりしながら溜め息を吐く。

 名乃は気持ちを切り替えるように数秒目を閉じると、唯に声をかけた。


「そろそろ自分の身体に戻るわ、ユイ」


「あっ、うん。……分かった」


 早くもこの夢のような時間が終わってしまう事に心なしか声のトーンが落ちてしまう唯だが、すぐにいつも通りに振る舞うと、名乃の身体から出ていく事を絆に伝えた。

 それを聞いた絆も表情に寂しさが見え隠れしていたが、これが永遠の別れという訳でもない筈なので笑顔で送り出すよう努めた。




 ――そして、名乃の身体からフッと力が抜ける。




 すぐに絆が名乃の身体を支え、目が覚めるまでじっと様子を伺っている。

 前回と同じように、名乃は穏やかな寝息を立てていた。








「……ねえ」


 突然声をかけられた楓が足元に目を向けると、仰向けの状態で見えない糸に引きずり戻された雅がとても物言いたげなジト目で見上げていた。


「あら雅、帰ってきていたのね」


「そんなことよりカエデ、アンタ今日ヒドいわよ? 中々にヒドい事してるわよ?」


「そうかしら? 私は妥当な処置だと思っているのだけれど」


「妥当? へぇぇ〜そっか、妥当かぁ〜」


 声を震わせながら怒りマークをポンポン浮かび上がらせる雅。

 すると突然くわっと目を見開き――


「ってそんな訳あるかぁああ!! 投げ飛ばす時完全に私情挟んでたでしょうがぁああ!!」


 勢いよく楓に掴みかかる雅だった…………が、楓はそれを寸前で(かわ)し、追撃する雅の(ことごと)くを「ウフフ、気のせいよ」などと言いながら軽く(さば)いていた。


「ふぅ、ただいま〜……って、何してんのよアンタ達?」


 そして名乃の身体から出てきた唯は、目の前で暴れている仲が良いのか悪いのか分からない二人を、名乃が目覚めるまで傍観する羽目になった。






幽体離脱した状態の名乃が本来の身体に戻る方法ですが、戻りたいという名乃の思いを唯が拒絶しなければ触れた際に戻れます。

なので、今回の話でも何度かありましたが名乃が戻りたいという意思を持たなければ本来の自分の身体に触れても戻りません。


では、もしも唯が拒絶したら?


果たして、そんな日は訪れるのでしょうか……

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