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48.光の向こう側


 ナノが言った《アイツら》っていうのは、どう考えても守護霊のみんなのことを指しているんだろう。

 ただしみんなに会うとなれば当然それなりの問題がある訳で、それをナノが分かっていない筈がない。


「みんなに会うって、オマエ今朝『帰ったら話したい』って言ってたじゃねえかッ」


「そうだね。でもちょ〜っと今すぐ話したいことが出来たから、それなら早めに話してた方がいいかなって思って♪」


 明るく気丈に振る舞っているように見えるが、どことなく切羽詰まっているようにも感じ取れる。もしかしてナノとみんなとの間に何かあったのだろうか?


「あんまり時間ないからサクっと話してサクっと戻ってくるつもり。もしお昼休みが終わるまでに私の意識が戻らなかったら、キズナは先に教室へ戻ってていいからね」


「オマエ一人残して戻れるかバカ。ったく、出来る前提で話し進めやがって。なんでわざわざこんな時間のない時に」


「えへへ〜、ゴメンネ♪ どうしてもすぐに話したいの。ほら、時間もったいないからもう取り掛かるよ?」


 そう言ったナノが心を落ち着かせるように瞼を閉じる。


「ハァ〜、……絶対に無茶だけはするなよ?」


 そしてオレはナノの身体が倒れないようしっかりと両肩を支える。ナノは小さく頷いて答えてくれた。



 実のところを言えば、こんな事は試したくもないし、試したとしても上手くいかなければいいとオレは思っている。

 当たり前だ。

 幽体離脱の何たるかも分かっていない素人がむやみやたらに自分の意識を身体の外側に放り出すなんて行為、危険以外の何物でもない。一度戻れたからと言って、今後も安全に戻ってこられる保証なんてどこにもないのだから。

 もちろん守護霊のみんなの話しを聞きたいのは本心だが、だからといってナノに取り返しのつかないような危ない橋を渡らせる訳にもいかなかった。


(まあ、結局オレがどうこう言ったところでコイツの気持ちが変わることなんてないんだろうけど)


 などと考えていると、突然ナノの身体から力が抜け落ちた。


「ぐおっ!?」


 足元から崩れ落ちそうになるのを寸前で支える。重くはないが、急に糸が切れたみたいな挙動に思わず声が出てしまった。


「っぶね〜。擦り傷一つでも絶対あとで文句言われるって」


 出来れば訪れてほしくない未来を回避したことにホッと一息吐くと、四苦八苦しながら慎重に腰を下ろして胡座の上に名乃を座らす。さすがに人ひとり支えたまま立っとくのはキツいし、あまり綺麗とは言えない屋上の床に寝かせるというのも少々(はばか)られる――というより絶対に後でギャーギャー言われる――ので、仕方なくこの手段を選んだ。


「しかしコイツ、ホントに幽体離脱しやがったな。それもメチャクチャ簡単に」


 静かに呼吸音だけを放つナノの寝顔を見ると、呆れてこっちまで力が抜けてくる。自分が今とんでもないことをしてるっていう自覚とか、たぶんないんだろうなあ。あと恐怖心とかも。


「それにしても……」


 そんな静かになった屋上で二人くっつきながら座っている姿をふと客観的に見て思う。


「これは……もし誰かに見られたら一発でアウトだろうな」


 こんな人気(ひとけ)のない場所で男女が寄り添っていれば、それはもう()()()()()としか思われないだろう。


 そして残念なことに、オレはこの状況を言い逃れる(すべ)を持ち合わせていなかった――










 ――――


 それは突然訪れる。


 ほんの一瞬だけ落ちる感覚。


 声を上げる間もない時間。


 まるで世界という巨大なスイッチがパチンと別の世界へ切り替わるように、気付けばそこに存在している。


 キズナの気配は……ない。



()()ここ?」



 目を開けた先に広がるのは、見覚えのある一面灰色の世界。


 相変わらず吹き(すさ)ぶ黒い粉塵に支配された空は在るべき陽の光をこれでもかと言うほど遮断し、見渡す限りの広大な砂丘は依然として虚無の大地をお披露目するばかりだった。


「ホントに何もない場所ね。結局ここって何なのよ?」


 足元の砂を一掴みしてみる。

 驚くほどきめ細かな砂は一粒も手のひらに残ることなく零れ落ちた。


「なんか、私のこと受け入れられてないみたい」


 どこか無関心にも似た態度をとられたようで少しムッとしたが、だからと言ってこの場所に馴染むつもりもさらさら無いので気にしないことにする。


「で、これは幽体離脱出来たってことでいいのかな?」


 もしそうなら、前みたくさっさとここから抜け出したい。あいにく時間が差し迫っているのだ。

 そう思った矢先、頭上から淡い光が全身に降り注いできた。

 前回と同じ、特に何の安らぎも感じられないただ無機質な光のようである。


「この光が降って来たってことは……」


 記憶を頼りに少し眩しい光の先へ意識を向けてみる。

 すると、思った通り全身が光の先へ吸い込まれるような感覚に包まれた。

 これも前回と同じだとすれば、すぐに視界が開けて魂だけが現世に飛び出る筈。

 そしてその時はすぐに訪れた。



 しかし、開けた視界の先は自分の予想とは異なる場所だった――










 ――――


 自分達に会いに来るという名乃の言葉を聞いた楓は、珍しく高揚を隠せずにいた。


「ウフフフ、この子ったら。まさか私の視線が情熱的すぎて、我慢出来ずにこちらへ来るつもりなのかしら♪」


 妖しげに瞳を細め、まるでノコノコ捕まりにやってくる小動物を舌なめずりしながら待ち構える捕食者のようにウズウズしている楓だが、それとはまた違った形で気持ちが昂っている者もいた。


「本当にいい度胸よねこの勘違い女ワァ〜。そろそろ本気で自分の立場ってものを分からせてやろうかしらぁ〜ア!?」


 目を閉じて絆に寄り添いながらじっとしている名乃の顔を超至近距離で覗き込む雅が、眼球が飛び出そうなほど目を見開きニタニタと嗤っている。愛するヒトの命令により殺気こそ飛ばしていないものの、その極限の煽り行動から雅の感情が爆発寸前なのは一目瞭然だった。

 ひとたびその命令が解除されれば、瞬く間に眼前の獲物を喰らい尽くすだろう。


「でも柊木さん、アタシが何もしなくても出てこれるのかな?」


 一人だけ全く威圧感のない唯が不安げな表情で名乃の様子を窺う。今のところ何か起こる気配は見られない。


「試しに手を差し伸べてあげたらどう?」


 そう言った楓が面白がるようにクイっと顎で促す。


「う〜、これでもしホントに入れ替わったら、また絆くんと話せるんだ……。キ、キッ、キンチョーするよぉおおお〜ッ!!!!!」


 急に大声を上げた唯が手足をバタバタさせながら物凄い速度で縦横無尽に飛び回る。その表情は冷静さとはかけ離れた面持ちで、目をグルグル回しながら蒸気機関車のように煙を上げていた。

 そんな暴走娘をズバ抜けた動体視力で難なく捉えている楓は『この子、中々やるわね』なんて密かに感心しながら声をかける。


「唯、残念だけれど、これはアナタにしか出来ないことなの。それに、私と雅からしてみればとても羨ましいことなのよ? 恥ずかしがっていないで、ちゃんとご主人様と向き合ってちょうだい。そして、私達の想いをしっかりと伝えて欲しいの、お願い」


「ぁ……」


 楓の切実な思いを受け取った唯が瞬時に冷静さを取り戻すと、一呼吸置いて引き締めた表情に変わった。


「ごめんカエデ、そうだよね。……うん、アタシが馬鹿だった」


 そうして覚悟を決めた唯が、手を伸ばせば届く位置まで名乃に近づく。因みに楓は特に気にした様子もなく、そっと微笑んでいた。


「まったく、出来るならワタシがすぐにでも入れ替わってダーリンのことギュッて抱きしめたいのに、こんな幸せな事でいちいちビビってんじゃないわよこのバカユイッ!」


「びびビビってないわよ! こんなの余裕よ! ちょっと触れたらいいだけだし! 簡単カンタンなんにも怖くなヒャアアああぁぁーッ!!!」


 雅に煽られるまま名乃の身体に触れた途端、勢いよく吸い込まれるようにして名乃の身体の中に消えていった唯。

 それと同時に、名乃の身体から力が抜け落ちる。

 初めて乗り移る瞬間を見た雅と楓は、意表を突かれたように目を見開き、半開きの口でポカンとしていた。


「ほ、ホントに入っちゃった……」


「……ええ。とても……あっさりと」


 まるで不思議な出来事に遭遇したかのようにゆっくりと顔を見合わす二人。


 そして絆が四苦八苦しながら慎重に名乃の身体を自分の足の上へ座らせる姿を見て、再び楓と雅に負の感情が燃え広がるのだった――












 ――――


 真っ暗な空間の中を抵抗も出来ずただ流されるように進む唯は、何となくこの感覚に覚えがあった。


(これって、もしかしたら昨日柊木さんの中に入った時と同じ()かも!)


 ――だとしたらもうすぐ眩しいくらいの光に包まれて、次に目を開けたら柊木さんの身体に乗り移っているはず。


 そして唯の予想した通り、次第に周囲が明るくなっていく。



 しかし、突如として開けた視界の先は唯の予想とは異なる場所だった――




「あ、あれ? ここって……」


 意図せぬ光景に軽く戸惑ってしまう唯。

 そこは思っていた場所とは違う、しかし訪れたことのある場所だった。


「柊木さんとすれ違った場所……だよね?」


 どこまでも広大な世界を思わせるほどの開放的な空間に、手の届かない四方八方の遥か先には星のようなカラフルな光が数えきれないほど無数に散りばめられ、あちらこちらで流れ星のように移動している光も見受けられる。

 宇宙空間――特に銀河の中心に酷似しているのかもしれないが、そこに争いや破滅などといった穏やかではない要素は一切感じられず、むしろこの場所にはおよそ宇宙では体験できないような暖かさや安らぎが肌で感じ取れた。

 少なくとも唯はそう感じていた。



「あっ、ユイじゃん」


「あっ、柊木さん!」



 しばし壮大な景色に心惹かれていた唯だが、いつの間にか下の方からやってきた名乃に声をかけられパッと表情が明るくなる。


「ちょっと、何でそんなに嬉しそうなのよ?」


「え~だって、柊木さんにまた会えたから♪」


 まるで子供のように二ヒヒ~と笑う唯の様子を見て、名乃が一気に脱力する。


「いや、アンタ…………はぁ、まあいっか」


 当初は唯を含めた守護霊の三人に殴り込む勢いで幽体離脱した名乃だったが、こんな屈託のない笑みを見せられては戦意も失ってしまうというもの。それに唯に関しては元々そんなに敵意を感じていなかったので、名乃はすんなりと溜飲を下げることが出来た。


「またここで会ったね」


「そうね、前回は私が自分の身体に戻る時だったけど。それで、ここって結局なんなの?」


 名乃が不貞腐れたような顔で周囲を見渡しながら唯に尋ねる。


「ん~アタシも分かんない」


「えっ、ユイも分かんないの?」


「うん、なんかキレイな場所だなぁ~って思ってる」


「綺麗…………まあ、綺麗…………なのかな?」


「えっ? キレイじゃない?」


 思ったよりも反応の薄い名乃に、思わず聞き返してしまう唯。


「いや綺麗なんだろうけど、別に今はそんなのどうでもいいっていうか、のんびりしてる時間ないっていうか」


「あっ、そういえばそんな事言ってたね」


「ハァ〜、やっぱり私とキズナの会話聞こえてるんだ」


 唯の言葉を聞いて、がっくしと肩を落とす名乃。そもそも今更という感じではあるが、それでも二人きりの時の会話まで筒抜けというのは正直いい気はしない。


「まあ、アタシ達ずっと絆くんの傍に居るからね」


 唯も苦笑いしながらも、決して遠慮しようとはしない。これは絶対に譲れない事であり、自分達にとっての存在意義そのものなのだから。


「ところでユイ、雅はここに居ないの?」


「え? あ、うん。たぶんミヤビもカエデも柊木さんの中には入って来れないんじゃないかな」


 名乃と二人で辺りをキョロキョロ見回しながら唯が答える。

 昨日の一件の後の帰り道、試しに楓と雅も名乃の身体に触れてみたが、透き通るだけで名乃の反応もなければ乗り移れる気配もなかった。因みに唯は入れ替わったばかりだったので遠慮していた。


「私の中? え、ここって私の中なの?」


「えっ、違うの? 柊木さんに触れたら身体の中に引き込まれたから、てっきりそうなのかと」


「引き込まれた? 私なにもしてないけど……」


「う〜ん、どういうことなんだろ……。実はアタシもよく分かってなくて」


「私はてっきり、なんか現世と幽霊の世界の境界線みたいなとこなのかなって勝手に思ってたんだけど」


「おぉ〜ッ、そういう可能性もあるね!」


 素直な驚きを見せる唯に、名乃がまた脱力する。


「いやアンタ、ホントに何にも知らないのね?」


「あ、アハハ〜。よく言われるかも……」


 唯も困ったような表情で受け答えするが、実際分からないものは分からないのでどうしようもない。その点は名乃も汲み取ったようで、答えの出ないものにわざわざ時間を割く必要性はないと踏み、さっさと見切りをつけた。


「まあ他のメンツがいないならここに居ても意味はないわね。さっさと外に出たいんだけど」


「そ、そうだね」


「で、ユイはどうするの? やっぱり、また私の身体に乗り移ったりするつもりぃ〜?」


 少し不服そうな目で問いかける名乃に唯の身体がビクッと跳ねる。


「ぅえ!? え……え〜と、アタシは」


 そう言ってあからさまに名乃から目線を逸らす唯。

 その瞬間――





「ひゃあああァァァァー!!!」





 いきなり唯の身体が勢いよく上空の彼方へ飛ばされていった。





「……は?」


 唯の叫び声が木霊する最中、目の前で起きた一瞬の出来事に思考が停止する名乃。

 しかしその直後、まるで唯の後を追うように自分の身体も上空に吸い上げられる。


「ちょっ、いきなり何よ!?」


 風圧は感じないが、物凄い速度で上昇しているのが周囲を流れる景色で分かる。唯の姿はもう見当たらない。

 そして、すぐに白い光の中を突き進むような景色に変わる。


「この光の道……ってことは今度こそ?」


 そうして前方の視界が開ける。


 そこには雲一つない青空が広がって――











御機嫌好(ゴキゲンよ)う、クソ眠り姫ェええ〜!」











 ――突如視界いっぱいに飛び出てきた白髪の女の顔が、瞳孔の開き切った眼と醜い笑みを携えながら名乃の瞳を覗き込んでいた。





唯の推測と名乃の推測、いったいどちらが正しいのかと言えば、答えは唯です。

厳密に言えば、名乃という一人の人生を具現化した世界であり、たくさんの光は将来における無限の可能性の数々を秘めたものです。暖かさや安らぎを感じるかどうかは人それぞれで、どうやら唯は心地よいと感じたようです。



では、名乃が舞い降りた灰色の世界は、いったい何なのか?






…………彼女達は、今日も元気です。


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