44.切実叶わず諦め付かず
今朝も途中までナノに付き纏われながら登校する羽目に遭った訳だが、話しをしているとどうにも今までのアイツとは違うような、そんな印象を強く受けた。
(焦ってるっていうか、なんか余裕なさそうな感じに見えるんだよな〜)
家を出る前もやたらと守護霊のみんなと張り合うような態度を見せていたし、オレに対してもいつも以上に過剰なスキンシップをとっていたから明らかに訳アリといった様子なんだろうけど、それの意味するところが謎すぎる。
(たしか恋の敵同士って言ってたなアイツ。これが関係しているのか?)
だとしたら、まず恋という言い回しを考えなければならない。
あの時はオレの反応を見たかっただけのただのトラップだと思っていたが、もしもそこにナノ自身の想いも込められていたとしたらどうだろうか?
――ナノの想い
――オレに対する想い
――そして守護霊のみんなに対する当たりの強さ
その時、一つの答えが思い浮かんだ。
(…………もしかしてアイツ……)
気づいてしまった。
そしてもうこれが正解だと確信めいた瞬間、自然と深い溜め息が出てしまう。
(どんだけ子供のままなんだよ、ったく)
負けず嫌いにも程がある。
つーか、オレ自身がアイツのおもちゃになったとでも思ってるつもりなのか?
今まで真剣に考えていたのが馬鹿みたいな時間だったと完全に悟りきったオレは、さっさと気持ちを切り替えて本日も勉学に勤しみますかと教室に入った。
「おはようございますッ、皆様方!!!!」
――と思った矢先にこれである。
「……なあ、これは一体なんのつもりかなヨシテル君?」
いきなりのデカい声とその内容にかなりイラっとしたが、極力感情を表に出さないよう冷静に対応する。
そこには、頬にかかるくらいまで伸びた赤い髪をかき上げてマンバンヘアにしている級友、佐久間 義輝が全力でこちらに一礼をしていた。
「おっ? よおキズナ、おはよう」
オレの顔を見るなり何事もなかったかのようにいつもと同じ簡素な挨拶をしてくる義輝に、怒りのパラメータが更に上がった。
「おはようじゃねえんだよマジでふざけんなよオイ? 一体どういうつもりだバカ野郎ッ……!」
コイツのあり得ない無神経さに声を抑えつつもグイッと詰め寄る。昨日のとんでも騒動が起こった放課後の帰り間際、義輝とナノには守護霊であるみんなのことはくれぐれも他のヤツらには話さないでくれと固く忠告しておいたのに、開幕いきなりヘッドショットをかましてきやがった。
「どういうつもりも何も、皆様に朝の挨拶をするのは当然の事だろうが。それともなにか? もしや俺に話しかけるなとでも言うつもりか? そりゃいくらお前の頼みでも滅茶苦茶に駄々こねまくってやるぞぉ? もう滅茶苦茶だぞぉ? いいんだなキズナぁ?」
「そういう事を言ってんじゃねえんだよ。あとオマエとりあえずそのハァハァ言うのやめろ」
さっきから何を興奮しているのか荒い呼吸のまま話しをしている義輝。よく見ると両目もバッキバキだった。
「分かってる、俺だって分かってんだよそれくらいッ。でも止まらねえんだッ。昨日だって一睡も出来ちゃいねえ。今日また皆様に会えると思うともう脳汁ドバドバドババンバン……俺いま何つった?」
「知るかッ! 朝からうっとおしいんだよッ!」
「お前が俺をそうさせてくれたんじゃねえか!! 昨日の放課後の事は俺にとって一生忘れられない思い出として刻み込まれたんだぞ!?」
「いやなに言っちゃってんのオマエッ!?Σ」
間違いなく周囲のクラスメイト達に勘違いされそうな物言いに一瞬で血の気が引いていく。そして案の定あちらこちらでヒソヒソと耳打ちし始めるクラスメイト達。
せっかく校内に蔓延している変態夫婦という名のレッテルをナノに浄化してもらおうと思っている時に、この追い討ちはあまりにも致命的すぎる。
先に教室に来ていたナノに助けを求めるようチラリと視線を向けると、ナノは取り巻き達に気づかれないよう口パクで「むり」と言いながらゆっくりと首を振っていた。
「ちょっとあんた達、朝から騒がしすぎなのよッ! みんな迷惑してるって分からないの!?」
そこへ学級委員長の小山内さんが痺れを切らしたのか、怒りの形相で目の前に立ちはだかった。あんた達と言われたことは少々引っかかるところだが、この際コイツの暴走を止めてくれるならもうなんでも良い。
すると義輝が眉間をピクピクさせながらゆっくりと小山内さんの方へ振り返った。
「なあ〜委員長ォ〜、前にも言った筈だよなぁ〜? 何も知らない奴が俺達の間に――」
「黙れアホめッ!!」
――ドスン!!
「へぶぅん!!!!」
義輝の止まらない暴走に堪らず頭上から鞄を叩きつけた。コイツは本当にどれだけ周りの事が見えてねえんだよ。
すると義輝が前のめりに倒れ込み、すぐ目の前に居た小山内さんに思い切り抱き付いてしまった。
「なッ!? ちょっとッ!? アンタなにしてッ……!」
突然の抱擁に顔を真っ赤にした小山内さんがあたふたと狼狽している。周りのクラスメイト達もワォッと息を呑んで見守る。誰かこの負の連鎖を止めてくれ。
「痛ってぇ!! おい何すんだよキズナッ!? 今のはマジでシャレにならねえぞ!?」
対して義輝は、小山内さんに抱きついた事など気にも留めずに涙目でこっちを振り向いた。
しかし、その背後から――
「ァアンタが何すんのよバカぁああッ!!」
――ズドン!!
「ごぶぅん!!!!」
同じく涙目になっている小山内さんが恐らく自分のであろう鞄を掴むと、思い切り義輝の後頭部にぶつけた。今のは相当痛いだろう。
「って、おい義輝ッ!?」
余程衝撃が強かったのか、今度はこっちに倒れてきた義輝を思わず抱き止める。
その瞬間、周囲から悲鳴にも似た声が飛び交うのが聞こえてきた。頼むから誰かこの負の連鎖を止めてくれ。
「あっ、わりぃ……キズナ」
「いや分かったから、早く離れろッ」
「お、おう」
そうして謎に顔を赤くした義輝が目を逸らしながら離れる。なんでオレには律儀に謝ってんだよ。あとこっちまで恥ずかしくなるからそんな顔をしないでくれ、マジで。
――バァンッ!!!!!
そこで机を叩きつけるような大きな音が教室内に響き渡る。
雑談を止めた全員が一斉に音の発生場所に目をやると、大きく目を見開いてこっちを凝視しているナノが自分の机に手をついて立ち上がっていた。いやオマエまで何してんだよ。
「ぁ……」
すぐに目をぱちくりさせたナノがいつもの表情に戻ると、ポカンと口を開け間抜けヅラを並べているクラスメイト達をさらっと見渡し、はにかむような笑みを披露した。
「アハハ、みんな驚かせてごめんね。突然虫が飛んできてビックリしちゃった♪」
そして何事もなかったかのように着席すると、隣の女子に「もう嫌になっちゃうよね〜」などと困り顔で声をかけていた。話しかけられた女子は最初こそ呆けた顔をしていたものの、「そ、そうだよね〜! うんうん分かる! 私も虫大っ嫌い!」と再び楽しそうに話していた。
(アイツ凄いな。一瞬とはいえ素の片鱗を見せたっていうのに、誰一人何も疑ってねえよ)
普通なら『女神の二つ名を持つ柊木名乃があんな思い切り机を叩くような真似をするなんて……』などと怪しんでもいい筈なのに、アホなヤツに至っては疑うどころか「俺も虫になりてぇ!」などと全力で喚き散らかしている始末だった。
やがて校内に鳴り響くチャイムがこのカオスな状況に終止符を打つと、それを皮切りに周りのヤツらが各々自分の居るべき場所へ気怠そうに動き出した。
「アンタ覚えておきなさいよ」
まだ怒りが収まっていない小山内さんも義輝をキッと睨みながら自分の席へ戻っていく。
「いや俺の方が被害デカいからな委員長!?」
後頭部を押さえながら訴えかける義輝だが、最早聞く耳を持たれていなかった。
「ったく、沸点低すぎだろあの女。俺じゃなかったらガチでキレられてんぞ?」
「その前にオレがオマエにキレてんだよ。後で説教確定だからな」
「うぉい待てよキズナッ! マジで俺はただ皆様に挨拶したかっただけで――」
「――それをこの場ですんなって言ってんだよッ。てかオマエも早く戻りやがれッ」
「くそっ、目の前に追い求めた方々が居るっていうのに、どうして届かないんだッ」
本当に戻る気がないのか、視えも聞こえもしないくせに血眼になりながらオレの周りを観察する義輝。不審者極まりねえな。あとみんなに失礼だからジロジロ見んな。
と、その時――
「忙しそうだな、佐久間」
教室の入口から、少なくとも今日この時間帯ではまず聞く筈のない何とも落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
「はあッ!? なんで先生がここに居るんだよ!?」
相手の姿を見た義輝が驚愕の眼差しで一歩後ずさる。ぶっちゃけ義輝だけじゃなく、オレを含めたクラスメイト全員が意表を突かれた顔になっていたと思う。
そこには、チャコールグレーのスーツに黒のローヒールをかっちりキメた担任の日和見先生が、腕を組みながら無表情で入口の柱にもたれかかっていた。よく見ると、手に持っている出席簿にトントンと一定のリズムで中指を当てている。
「私が何故ここに居るか? それは臨時で頼まれたからと答えておくが、問題はそこじゃないだろう? なあ? 佐久間ァ」
ピキピキと聞こえそうなほど徐々に青筋を浮かび上げていく日和見先生が不敵に微笑む。
「いや、聞いてくれヒヨリ先生、これは俺の人生そのものが関わっている問題で――」
「――なるほど、それは随分とご大層な事じゃないか。だが、個人の我儘でクラスメイト全員に迷惑をかけるなよ? 学校ってのはお前一人のモノじゃないんだよ」
「ぐっ」
「ついでにお前が追い求めている世界は授業後に待っている。分かったら自分の席に戻れ」
「……分かりました」
切れ長の目から放たれる有無を言わせぬ迫力に観念した義輝が、名残惜しそうにこちらを見ながら自席に戻る。その際、他の誰にも聞き取れないほどの声で「マジ最強か……」と吐き捨てていたが、それにはオレも心の中で同意した。
素直に従った義輝を確認した日和見先生が小さな溜め息を吐くと、大人の女性を象徴するかのような小気味よいヒール音を数回鳴らし教壇に立つ。そして今日唯一の空席をチラ見すると――
「千歳は、またか……」
少し呆れるように呟いた後、いつもの調子で点呼を取り始めた。
本作の主人公の一人である絆ですが――
彼は、名乃が《もしもキズナが自分以外の女性を好きになってしまったら永遠に『好き』と言わせられなくなる。つまりキズナとのゲームに永遠に勝てなくなる。だから恋の敵だと言った》と本気で勘違いをしているので、作中のような解釈をしてしまっています。
一見すると、何とも鈍感すぎてアホかと言いたくなるようなレベルに感じてしまいますが、物心ついた時から名乃と過ごしてきた絆だからこそ、名乃に恋愛対象としてみられるなど何万回生まれ変わってもあり得ないと思ってしまうんですよね~。
それは何故か?
理由は『名乃の人格が子供の時から特殊すぎるから』です。
いったい絆と名乃はどんな子供時代を送ってきたのでしょうか。
そして、どうして名乃はそんな独特な子に育ってしまったのでしょうか。
……………




