42.ナノ襲来
平日の朝も朝、学校に行く前に聞きたくない音としてはかなり上位にランクインするんじゃないかと密かに感じているオレは、たぶんアイツなんだろうなと一人頭に思い浮かべながら玄関の戸を開けた。
「おはよっ、キズナ♪」
そこには、予想していた通りの人物――隣人兼幼なじみの柊木 名乃が満面の笑みでつっ立っていた。
「ああ、おはよう」
そしてオレも出来る限り平常心で挨拶を交わし、戸を閉めた。めでたしめでた――
『――ちょっ、なんで閉めるのよ!? 開けてッ、開けなさいッ』
ドアを一枚挟んだ向こう側でナノがワーワー喚いているが、全てを無視してリビングに戻る。まだ家を出るには早い時間帯だ、もう少しゆっくりしていても問題ないだろう。
――ガチャ
と思ったら勝手に玄関を開けてきやがった。
「むっ、何よそのイヤそうな顔は? キズナが開けないから私が開けたんじゃないの」
我が物顔でリビングに入って来たナノに、オレは半ば諦めながら頭を抱えた。
「あのな、世の中には不法侵入って言葉があってだな」
「子供の頃どれだけお互い出入りしたと思ってるのよ?」
「……じゃあアレだ、世の中には親しき中にも礼儀ありという言葉が――」
「――私達家族の間にそんなものあったかしら? あっ、お父さんは別か」
そう言って少し考える素振りを見せるナノだが、ぶっちゃけそんな事はどうでもよかった。……おじさんには悪いけど。
「でオマエは何しに来たんだよこんな朝っぱらからッ」
「何って、キズナがみんなに襲われてないか心配で様子を見に来たの」
するとナノの視線がオレから僅かに逸れる。
「おはよう、守護霊の皆さん。どうせキズナの周りに居るんだよね? 今の私なら何となく分かる」
明らかに目つきが鋭くなったナノが嫌味ったらしくみんなに声をかける。
いつも通りだが、特にみんなからの反応は返って来なかった。
ただそれよりも、コイツの言い方が昨日から気に入らなすぎて腹が立つ。
「おいナノ、オマエいい加減にしろよ? なんでみんなと話す時に毎回ケンカ腰になるんだよッ」
「ハァ〜」
するとナノは深い溜め息を吐き、スタスタと目の前まで近づいて来るといきなりオレの両頬に手を添えた。
「おまッ、なにしてッ――」
「――さて問題です。今、キズナの守護霊達は何をしているでしょうか?」
オレの目を覗き込むように見つめるナノが、またいきなり突拍子もない事を投げかけてくる。
「何をしているって、視えないのに分かる筈ないだろ?」
「そうだね、キズナには何も視えてないよね。目の動きで分かるよ。で、正解なんだけど……」
そこで、ナノが目を逸らさずに右手でオレの後ろを指さす。
「そこと……」
次に、自分の顔のすぐ横を指さした。
「ここで、ずっと私のことを睨み付けている、でした〜♪」
何故か楽しそうな表情で正解発表しているナノだが、それはとりあえず置いといてオレは素直に驚いた。
「オマエ、正確な場所まで分かるのか?」
「ん? あ〜睨まれてる時だけだけど」
「マジかよ…………そこに居るのか……」
そう言うと、オレはナノが指さしていたナノ自身の顔のすぐ横に、そっと手を伸ばした。
何かに触れた感触はなかったが、そこに三人の内の誰かが居てくれてると思うと、自然と心が安らぐような気持ちになった。
しかしそれも束の間、伸ばしたオレの手をナノが掴むと、自分の頬へとあてがった。
「……は?」
「んふふ♪」
満面の笑みで微笑むナノ。
まさに今、お互いがお互いの頬に手を添えてるという謎の状況が生まれたのだった。
「いや馬鹿かオマエはッ!?Σ 何してんだいきなりッ!!」
あまりの訳分からん行動にさっさとナノの手を振りほどく。
何が悲しくてコイツと至近距離で見つめ合わなきゃならんのだ。しかも互いの頬に手を添えて。
「決まってるじゃない、みんなと違って私は触れ合えるんだぞっていうアピールを――」
と、話しの途中で急にナノが動きを止める。
そして視線を右へ左へと一度向けると、最後に正面を見据えた。
「………………これは凄いね……。てゆーか、これ絶対ユイまで怒ってるでしょ……?」
明らかにさっきまでと雰囲気の違うナノが、油断のない目つきで神経を研ぎ澄ましている。きっとみんなの威圧をもろに浴びているんだろう。
「オマエなあ、そんなふざけた態度を取ってたら、普通誰だって怒るだろうが」
言いながらダイニングチェアに腰掛ける。コイツとの会話は昔から精神的に疲れるから嫌になる。
「ふざけてるんじゃないよ。牽制してるの。これがキズナの質問に対する私の答えだよ」
するとナノもオレの隣の椅子に座り、ダイニングテーブルに頬杖を突きながらじっとこちらを見てきた。
「ケンカ腰になるのも当然。だって私と彼女達は敵同士なんだから」
「敵って、なんの?」
「恋」
ずっとオレを見たまま、ナノが躊躇いもなく言い放った。
そして、それを聞いた瞬間、ほんの一瞬だが、動揺が顔に出てしまった。
「ふーん、やっぱりそうなんだぁ」
途端にナノがニヤける。
当たり前だ。そんな致命的な凡ミスを、コイツが見逃す筈がない。
「昨日のユイの告白、結構真に受けてるんでしょ? そのせいで、あんまり眠れなかったんじゃないの? 目が寝不足って言ってるよ?」
「いや、それは……」
的確に事実を見抜かれどう答えたものかと言い淀んだその時、ゴンッという鈍い音が天井から聞こえ、更にリビングに置いてあるテレビがひとりでに点いた。
「へぇ〜、みんなも動揺してるみたいね。意外とウブなのかしら?」
ナノが優越感に浸るような顔で部屋全体を見回す。テレビのリモコンなんて二人とも触ってないから、恐らくみんなの影響で勝手に電源が入ったんだろう。
「で、キズナはどうなの?」
ナノが優しく微笑みながらオレを見る。
分かってる。
この笑顔には裏がある。
そしてこの話しがオレにとって有耶無耶に出来ない話しだと、ナノも分かっている。
下手な回答がみんなを傷つける事に繋がると、コイツは知っているから……
「オレはッ……」
と、意気込んだは良いものの、その後の言葉が出ない。
気持ちは既に纏まっている。
でも、ナノが相手となると、どうしても自分の本心を曝け出すことが出来ない。
(子供の頃のコイツとの記憶がトラウマになりすぎてるんだよッ)
「ねえ、教えて? キズナはどうなりたいの?」
ナノは痺れを切らすこともせず、ただじっとオレの返答を待っている。
「……オマエってホント卑怯だよな」
「そうかもしれないわね。ごめんね、キズナ」
困ったような顔で謝るナノ。それは同時に逃がさない事を意味していた。
「…………好きって言われて……嬉しくない訳ねえだろ」
観念したオレは、ナノに本心を告げる。
これが心の無防備になっていることなど百も承知だ。
それでも、やっぱりみんなに対しては誠実でいたかった。
「そりゃ誰でもいいって訳じゃないけど、少なくともオレは、ユイに……三人に好きって言われた時、イヤな思いなんてしなかったよ」
そう言った直後、テレビの音量がみるみる上がっていく。もちろんオレもナノもリモコンに触れていない。
「うるさいわね、ちょっと落ち着きなさい」
みんなに向けて言ったであろうナノがテーブルに置いてあるリモコンでテレビを消す。すぐさま辺りに静寂が訪れた。
「それで、好きなの?」
「……これが好きって気持ちなのかどうかは、正直分からない。ただ間違いなくオレの中で大切な存在にはなってる」
「私よりも?」
「オマエとはそもそも方向性が違うんだよ」
「なるほど、そこからか……」
そう呟くと、オレの目を見たまま考え込むように口元に手を当てるナノ。
「な、なんだよ……?」
「ねえキズナ、今日学校から帰ったらさ、私と守護霊のみんなだけで話しさせてくれないかな?」
「はあ!?」
予想外のナノの発言に思わず身を乗り出してしまった。
「いやオマエだってみんなの声までは聞こえてねえんだろッ? どうやって会話すんだよ?」
「昨日みたいにユイと入れ替わってもらう」
表情一つ変えずにナノが答える。
昨日みたいにっていうことは、また自分は幽体離脱して代わりにユイに自分の身体へ乗り移ってもらうつもりなんだろう。幽体離脱した状態なら守護霊のみんなと会話出来るとナノ自身が言っていたからな。
ただ問題が一つある。
「メチャクチャ簡単に言うけど、それって大丈夫なんだろうな?」
「あー、それってユイの心配ぃ? それとも私の心配ぃ?」
何を勘違いしたのか、ナノが不貞腐れた顔で訊いてくるので即答してやる。
「オマエだよ」
するとナノが虚をつかれたような反応で目をパチクリした。
「あぅ……ぁ…………ありがと」
今日初めて見せるような素直な態度にオレは頭を抱えた。別に感謝される為に言ったんじゃないんだよ。そういう事じゃないんだ。
「あのなぁ、幽体離脱って、ようするに魂が身体から抜けてる状態なんだろ? もしそれで万が一にも自分の身体に戻れなくなったらどうするつもりなんだよ?」
「その時は、ユイが私の身体で生活するようになって、私がユイの守護霊になるんじゃない?」
冗談混じりに笑うナノを見て、呆れと苛立ちが同時に込み上げてきた。コイツはまたオレに言わせたいのか?
「大丈夫、心配しなくても無茶は絶対にしないし、そもそも出来るかどうかも分からないからね。ホントは今試してみたいけど、さすがにそれは――」
言いながらナノがリビングの時計を見る。
確かにそろそろ家を出る時間だった。
「……分かったよ。オマエがそう決めたんならもう止めない。てゆーか、昔からオレがどうこう言っても聞く耳持たなかったしな」
「さすがキズナ、私のことホントに理解してくれてるから大好き♪」
「やめろ、今のオレにその言葉は洒落にならん」
「あれ? もしかして今ゴリ押ししたら私勝てる?」
そう言って一瞬で顔つきの変わったナノに少々身の危険を感じたが、それを無視してソファに立て掛けてある鞄を持つと、言い忘れていた事を伝える。
「そうだ、ちなみに今日夕方に来客あるから、もしみんなと話しするなら晩飯食った後になるぞ?」
「はあ!?」
オーバーな声を出しながら今度はナノが身を乗り出した。
「ちょッ、誰が来るのよッ!? 聞いてないわよッ!? まさか新しい女じゃないわよねッ!?」
その時、再びゴンッという鈍い音が天井から聞こえてきた。
みんなオレ一人の時だと全然反応を見せてくれないのに、ナノが居るとメチャクチャ反応してくれてるな。それは嬉しい事だけど、少し寂しい気持ちもあったりなかったり……なんて感傷に浸ってる場合じゃねえ。
「来るのは男の人なんだけどオマエその言い方マジで勘違いされるから二度と言うな、いやマジで。あと朝から叫ばないでくれ、寝不足に響く」
「知らないわよそんな事ッ!」
血相変えていきり立っているナノ。なるほどオマエはオレの身体と名誉のことなんて全然気にも留めてくれないのか……。
「ハァ〜、その辺のことは学校向かいながら話してやるから、とりあえずもう家出るぞ」
「逃がさないわよキズナ!」
「逃げんじゃなくて登校すんだよ! 遅刻する気か風紀委員長ッ!」
コイツの我儘に付き合うのにも限度というものはある。
オレは朝早くからとんでもない襲来を受けた事にうんざりしながら、ナノと共に家を出た――
作中で名乃がお互いの家族に礼儀なんてものはないと言っていますが、
当然なんでもかんでもやりたい放題という訳ではありませんでした。
当時まだ幼かった名乃から見て、ただ相手の家の事情に遠慮することなく自由に過ごせただけであり、一人だろうが絆と一緒だろうが度が過ぎたマネをやらかした時は、それはもう双方の親にガンガン怒られていました。
小学校を卒業した辺りから徐々にお互いの家へ転がり込む回数が減っていきましたが、そういう日常の変化を良くも悲しくも『成長』と呼ぶのかもしれませんね!(適当)




