40.隣人は静かに嗤う
帰って早々に自分の部屋へ戻った名乃は、電気もつけずにいつものようにカーテンの隙間から隣の家の二階に目をやる。絆の部屋に明かりがつく様子はない。
「リビングかな?」
いったんカーテンを戻し、そこでようやく自分の部屋の電気をつけると大きく息を吐きながらベッドに腰掛けた。いくつか壁にかけてある額縁の一つに手が伸びそうになるが、寸前で思い止まる。
「なんなのよッ……アイツら……!」
顔を両手で押さえ込みながら悪態をつく。苛立ちを抑え込もうにも後から後から湧き上がって落ち着かない。
「私のッ! 私のキズナなのよッ! 私だけのッ! それをあんなヤツらにいきなりッ……!」
今もキズナが他の女と一緒に居るということが信じられない。吐き気がする。
……いや、人ではないのだから心配しなくても良いのではないか?
――――そういう問題なのか?
触れることは出来ないと言っていたし、プライベートもしっかりと保たれているとも言っていた。だから安心して良いのではないか?
――――本当にそういう問題なのか?
「違う。そんな表面上の話しなんかじゃない」
第一そんな事が問題というなら、今、無理矢理にでもキズナの家に居座っている。当然キズナは嫌な顔をするだろうけど、それで事が済むなら迷うまでもない。
問題は、キズナが私以外の女に靡いたという事。
一瞬でも惹かれたという事実。
「本当に私の事なんか何とも思ってないの?」
放課後の出来事を思い出す度に、心が折れそうになる。
――いや、悲観するのはまだ早い。
先程キズナは学校で珍しく隙を見せた。それも誤魔化しようのない完全な隙を。
「キズナはユイにドキッとしたのかもしれないけどさ、その時のユイの姿って……私だったんだよ?」
言葉にすると、みるみる口元が緩んだ。
それはつまり、自分の容姿がキズナの好みに当てはまっているということ。
プロポーションやオシャレにはキズナに幻滅されないよう勿論気を配ってはいるが、どうやらその努力は実を結んでくれていたようだ。代償に他の有象無象にも群がられてしまう羽目に合っているが、今ではそれも使い様である。
「でも今回のは許せないな〜」
校内デートの最中に邪魔された事を思い出し、昂っていた気持ちが一気に冷める。
あのタイミングはダメだ。
いや、もしも私を怒らせることが目的なのだとしたら、それは完璧なタイミングだったといえよう。お返しに『◯⚪︎ッキン、エクセレント』なんて賛辞でも贈ってやれば、喜んでくれるだろうか。
「とりあえず明日、あの女の言ってた意味を訊いてみようかな?」
意識を失う直前、どうでもいい恨み妬みに交えて確かに女は聞き覚えのある名前を口に出していた。
『千歳くん』と。
「ちょうど私も訊きたい事があったし、好都合かもね」
言いながらベッドから腰を上げると、もう一度キズナの部屋を覗き見る。中の様子は分からないが、今度は明かりがついていた。
「必ず私のモノにするからね……キズナ」
ボソリと呟いた名乃の素顔は、誰よりも輝いていた――――
はい、え~そんな訳で、各々が色々な出会いを経験した今回のエピソードですが、ほとんどが険悪な出会いという不安しか残らない結果となりましたね。
運命の出会い?そんな幸せイベントはごく一部です(ラブコメとは……)
兎にも角にも、第二幕 〜めぐりあい〜
これにて了
新章は、年内に完成&公開予定です。
もしも読者様から高評価などの応援バフがかかれば、モチベ上昇の執筆加速へ繋がります。
読者様の好きな登場人物とかも密かに気になっています。
それでは、未来でまたお会いしましょう。