4.予測範囲外
「キャー!」
「おいなんだ!?」
「逃げろ逃げろ!」
前方から慌ただしい雰囲気が漂い始めたことに、周囲の人達も歩を止めて様子を窺っている。
「どうしたんだ?」
只事ではないと感じ注意深く観察していると、悲鳴や罵声をかき分けるようにして男が走ってくるのが見えた。
「どけ! どけぇ!」
「なんだアイツ、こっちに走ってきて………っておいおい、手に持ってるアレもしかして刃物かぁ?!」
走りながら逃げ道を作るように刃物をちらつかせ、周囲の人達を脇へ追いやる二十歳前後ほどの男。
その直線上にちょうど自分が重なっている事に気づき、急いで左右どちらかに避けようとしたのだが……
「そいつ強盗だ!!」
誰かが叫んだ瞬間、『捕まえるべきなのか?』と刃物を持っている相手に出来もしない愚かな考えがよぎってしまった。
――その一瞬の判断ミスが逃げる機会を失わせた。
「テメェ邪魔だどけぇー!!」
男と目が合う。もう目の前だ。二人の間に遮るものは何もない。
「くっそマジかッ!!」
全てが手遅れ。
せめて致命傷だけは避けようと必死に身を屈めた。
――――
―――
――
「……あれ?」
来ない。
絶対に何かしてくると思ったのに、何もされていない。
恐る恐る目を開け、男の方を見る。
男は、自分ではない《何か》を見つめ、そして怯えていた。
「お……おまっ……なん…だ……その……周りにいる奴らッ……!」
「……えっ?」
ガチガチと震える声で一歩、また一歩と下がる男。
だが足に力が入っていないのか、何かを見つめたままその場に崩れ落ちた。
「がっ……がぐっ……ぐぎッ……!!」
男の顔は恐怖で引きつり、口の端に泡を作り呼吸もまともに出来ていない状態だ。
男の視線を辿りゆっくりと振りかえってみるが、そこには緊迫した顔の人達や急いで電話をかけている人がいるだけだった。
「……なあ、アンタ――」
そう言って男に向き直った直後、
「ヒィィィィィィ!!!」
突然男がドタバタと立ち上がり、盗んだものには目もくれず一目散に背を向けて逃げ出した。
「……何なんだ?」
意味が分からず走り去る男を茫然と眺めていたが――
「ってバカ! そっちは車がッ!」
あろうことか車が行き交う大通りに飛び出してしまった男。
瞬く間に大音量のクラクションが大量に鳴らされるが、男はそんなことなどお構いなしに突っ走っていく。
すると男をギリギリで避けた一台の車が、勢いそのままにこちらへ突っ込んできた。
「ちょっ、おいマジかよこっち来んなっ! ……おわッ」
逡巡としている間に誰かに引っ張られるように飛び退くと、車も直前でハンドルを切ったのか真横をすり抜けていった。
そのまま他の人達を巻き添えにするかという寸前のところで、街路樹に衝突し停車する。
車のフロント部分は大破し、けたたましいクラクションが鳴り響いていた。
「……痛っつつ、今日は厄日かよッ。ってゆーか車悲惨なことになってるし。ドライバー無事なのか?」
「とんだ災難だね、キミ」
「えっ?」
いきなり後ろから声をかけられて振り向くと、無地のスーツに色眼鏡をかけたホストっぽい男がこちらを見つめていた。
「あ、いえ、大丈夫……でもないか。すみません、二回も大怪我するところでした。最悪死んでたかも」
「いや、そっちじゃなくて」
「……はい?」
予想だにしない返答に思わず聞き返すと――
「キミ、取り憑かれてるよ」
「…………………はいぃぃ?」
真顔でとんでもないことを宣告された。
最後の彼のリアクションについてですが、作中にコミカルな雰囲気を残す為に敢えて加えております(異論は認める)




