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36.その一瞬に咲いた花


愛するヒトから突如発射された愛の弾丸(勘違い)が見事にクリティカルヒットした三人は、そのあまりの破壊力に一瞬視界が真っ白になり、雅と楓に至っては為す術もなく後ろに倒れ込むほどの衝撃を受けていた。


「ちょっとアンタ達、急にどうしたのよ?」


 いきなり仰向けで倒れた楓と雅に名乃が声をかける。二人は口から謎の液体を垂らしながら――その内一人は鼻からも垂らしながら――うっとりするような顔つきで天井を見上げていた。


「こッ……これは……ッ……ダメなやつだ……わ」


 時折ビビンッと身体を反応させながら呟くのは楓。


「だ……だから……い言った……でひょ、……とと……トぶわよっ……てヘェー」


 もう一人の変態は、大変満足そうな声色で小刻みに身体を痙攣させていた。


「おーい、どうしたぁー守護霊たちー?」


 なんとなく状況を理解した名乃が拍子抜けな眼差しで問いかけてみるが、今の二人には何一つ届かなかった。




「あぐっ……!」


「ど、どうしたんだユイさんッ!?」


 突然胸を押さえ込む唯にすぐさま駆け寄った絆が両肩を掴む。


「ちょっとキズナ! 私以外の女に触るなんて許さッ…………んん?」


 反射的に女生徒の身体を突き飛ばそうとした名乃だが、直前でストップする。


「……よく考えたらこれって、私なのよね?」


 絆に触れられている自分の身体をしげしげと見つめながら、深く考え込む名乃。

 そして……


「…………悪くないわね」


 ほんのり赤らめながら、そんなことを呟いていた。





 ――――


「どっか痛むのかユイさんッ!?」


 突然苦しみだした唯を必死に介抱しようとする絆。不安と焦燥に駆られたその顔には嫌な汗がじわりと浮かび上がっていた。


「違ッ……そうじゃッ……なくて……ッ……」


 息も絶え絶えといった様子の唯が、弱々しくも絆に返答する。



 ――本当に心臓が爆発するかと思った。あまりの嬉しさにまだドキドキが……いやバクバクが止まらない。荒くなった呼吸を、ゆっくりと、ゆっくりと落ち着かせる。



「だ、大丈夫……ちょっとビックリしただけだから……ふぅ……。……それより、また『さん』付けしたよ?」


「あっ、いや、今のは……ごめん」


「えへへ、いいよ〜別に♪」


「ッ……!!」


 その間近で見たあどけない表情に思わずドキリとする絆。子供の頃から嫌というほど見てきた名乃の顔だが、こんなにも異性として意識してしまったのは初めてだった。


「いや、ま、まあ……あれだ。なんていうか……これから徐々に慣らしていくよ」


 思わず掴んでいる両肩を放して視線を逸らした絆が、気を紛らわすように話題を変える。


「と、ところで、ミヤビとカエデはホントに気にしてないのか?」


「あー、あの二人なら」


 そう言って後ろを振り向いた唯が、数秒フリーズする。

 そこには未だ立ち上がれずに悶えている――絆には決して見せられない二人の姿があった。


「……そだね、全然気にしてないっぽいから大丈夫だよ。むしろ幸せそうだからこのまま永遠に放置しとこう」


「幸せそう?」


「あっ、気にしないで。この二人ちょっと特殊なだけだから」


「そっか。視えないからよく分かんねえけど、喜んでくれてるなら良かった!」


「うん!」


 そうして、どちらからともなく笑みが零れる絆と唯。まだお互いに対する意識が強すぎて笑いにぎこちなさが残っているが、それでも二人はこの瞬間、確かに同じ思いを共有していた。



「で、話しは済んだのかしら?」


 二人の仲睦まじい雰囲気に耐えきれず、少し拗ねたような口ぶりで声をかける名乃。


「あっ、柊木さん。えっとぉ……」


 唯が未だ後ろで倒れている雅にチラリと目をやる。起き上がる気配は全くない。


「終わったんならそろそろ変わってもらいたいんだけどぉ?」


「……うん。……そうだね、待っててくれてありがと♪」


 本心を悟られないよう、精一杯の笑顔で答える唯。

 本当は話したいことなんて山のようにあるし、ずっとこのまま傍に居たいとも思っている。




 ――でも、それは出来ない。




 それはただの我儘であり、この身体は柊木さんの身体だから、ちゃんと元に戻してあげないといけない。

 何より絆くんがそんな事を望む筈がない。




 だから、そんな世界は訪れない――




「ユイ、もう戻るのか?」


 名乃と会話をしていたであろう唯の言葉を聞いて、おおよその見当が付いていた絆が尋ねる。


「うん。あんまり柊木さんをこの状態のままにもしておけないし、絆くんに一番伝えておきたい事は伝えられたから」


「そっか、じゃあ……また視えなくなっちゃうな」


 そう答えた絆が寂しそうに視線を落とす。

 仕方ないとはいえ、せっかく日頃コミュニケーションの取れない唯とこうやって会話することが出来たのだから、本音を言えばもっと話しをしていたかった。


「そうなっちゃう……のかな。あでも、絆くんの傍には居るから気軽に話しかけてくれてもいいんだよ? もちろん言われた通り、絆くんがプライベートな空間に居る時は決して近づいたりしてません!」


 そう言ってビシッと敬礼のポーズをとる唯を見て、思わず吹き出してしまう絆。


「いやマジかよッ、ちゃんとオレの言ったこと聞いてくれてたんだッ!? 正直ちょっと疑ってる自分が居ました、ごめんなさい」


 素直に頭を下げる絆を見て、再び笑みが零れる唯。こっそり雅達が彼の部屋に侵入していたことは大目に見てもらうことにしよう。


「それじゃあ、柊木さんと交代するね」


「ああ、ありがとうなユイ。それにカエデ、ミヤビ。三人とも、いつも感謝してる」


 恐らくそこに居るであろう楓と雅に向けて言い放った絆だが、残念なことに二人は未だ恍惚な表情で倒れ込んだままだった。


「絆くん」


「ん?」


 名前を呼ばれた絆が視線を戻すと、唯がそっと手を差し出していた。


「最後に、握手してもらってもいいかな?」


「えっ……あ、うん。全然構わないけど」


 むしろこちらこそ、と言わんばかりの気持ちで差し出す絆の手を唯がギュッと握ると、その上からもう片方の手も添えた。


「あぁ……本当に夢みたいだなぁ〜。こうしてちゃんと絆くんの温もりを感じることが出来てる。ちゃんと絆くんと触れ合えてるんだ。……ありがとう神様。……ありがとうッ……」


「えっと……ユイ?」


 目を瞑り、嘘偽りのない気持ちを吐露する唯に戸惑いを見せる絆だが、やがて唯がゆっくりと目を開けると、澄み切った瞳で絆に微笑んだ。





「握手……ありがとね、絆くん! アタシ達三人とも、絆くんのことが大好きです!!」





「へっ?」




「なッ……!!」




 突然の言葉に呆然とする絆と、まさかの意表に絶句する名乃。




「あはは、言っちゃった〜♪」


「〜〜ッ!!」


 気持ちをカミングアウトした唯がはにかむような笑顔で口元に手を当て、その純真無垢な笑いを見た絆の心臓が再びドキリと脈打つ。


「あ……アンタっ、なに言ってるのよぉおおお!!!」


 感情のままに動いた名乃が、自分の身体に向かって両手を押し出す。

 しかしそれよりも僅かに早く――



「じゃあね、絆くん!」



「ユイさん待っ――」



 元気溢れる笑顔で唯が挨拶を告げると、フッと力が抜けたように足元から倒れそうになる。


「――っと」


 しかし絆が反射的に手を伸ばすと、意識を失った名乃の身体をしっかりと支えた。



「…………ちゃんとナノと入れ替われたかな?」



 心配になった絆が反応しなくなった名乃の顔を覗き込むと、そんな心配などお構いなしに穏やかな寝息を立てていた。



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