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32.罰


「ユイさんッ、これどこまで昇るんだ!?」


「ごめん分かんないッ!」


「じゃあ今までこんなことになったことは!?」


「ないよぉ!」


「マジかッ!!」


 顔を背けたくなるほどの上昇速度に絆の頭で絶望が(よぎ)る。こんなスピードで何かにぶつかれば少なくとも大怪我は免れないだろう。


「ユイッ、ちょっとアンタ大丈夫なの!?」


 程なくして二人に追いついた雅が、歯を食いしばりながらグッと堪えている唯に声をかける。


「ちょっとッ……キツイかもッ……!」


「ユイさん頑張れ! 必ず帰れる! だからもう少しだけ頑張ってくれ!」


 唯の辛そうな声を聞いた絆が懸命に励ます。

 しかし唯の表情は変わらず、まともに笑顔を返す事も出来なかった。


「この程度で弱音なんて吐いてんじゃないわよ! ダーリンが心配してるじゃないの!」


「違うのッ、なんか……さっきから眠ってる柊木さんが下に引っ張られてる感じがして、アタシも柊木さんの身体から引き剥がされそうなのッ!」


「はあッ!? なによそれ!?」


 言いながら雅が下を見る。女の霊の姿は見えないが、常人なら耳を塞ぎたくなるような断末魔が闇の空間に木霊している。


「だったらッ……!」


 唯の話しを聞いた絆が、空いているもう片方の腕で名乃の身体を強く抱きしめる。


「離さねえよ、ユイさんもッ、ナノもッ! 誰がこんなワケ分かんねえとこに置いていくかよ。死んでも離さねえ!」


「絆……くんッ」


 不意に抱きしめられた唯も、空いている手で絆の背中をしっかりと掴む。


「ハァ……カッコいい……。死んでも離さないで。(むし)ろ死んでも離さないわ」


 絆の漢らしい行動を見た雅は、こんな状況でもだらしなく口を開けながら恍惚な表情を浮かべていた。


「ところでミヤビッ、カエデはどうしたの!?」


 唯の言葉を聞いた雅がハッとした顔で我に返る。


「カ、カエデならすぐ下であの女の足止めをしてるわよ!」


「一人で大丈夫かなぁ!?」


 下を覗き込むように心配する唯だが、それよりももう一つの懸念を雅は危惧していた。


「ワタシみたいにならなきゃいいけど……」












 ――――


 ようやく追いついてきた女が、その姿を上下左右に、消えたり現れたりしながら近づいてくる。恨み辛みに歪んだ顔の両目は黒い穴で覆われ、血の気のない両手を前に伸ばし、まるで生者を奈落の底に引きずり落とすかのような執着と怨念を感じさせられる。

 しかし、そんな恐怖に身を震わせてしまいそうな姿を見ても尚、楓の表情は愉悦を物語っていた。



「フフフッ、いいわ、もっと憎みなさい。この世の全てを怨みなさい。そうやって貴女が憎悪を振り撒けば振り撒くほど、私もオマエを潰したクなるからッ……!」



 抑えきれない破壊衝動に目を見開いた楓が迫り来る女の首を掴もうとした時、女の姿がちょうど消える。

 だが楓がギョロリと目を動かすとすかさず身体を反転させて、再び姿を現した女の首を後ろから右手首を前面に回し込むような形で掴んだ。



「いつまで柊木名乃を追いかけるつもり?」



 女の背中越しに話しかける楓が、掴んだ首をグイッと引き寄せる。それでも女は楓には見向きもせずに、この先に居る名乃の方へと両手を伸ばすようにジタバタさせていた。



「憎イィ憎イィィイイイ!!!!」



「そう、そんなになるまで彼女の事を憎んでいるのね? 余程許せない事があったんでしょう。……ただ、私にとってそんな些細な事はどうだっていいの。柊木名乃も、貴女も、二人が何処でどうなろうが、私にとっては本当にどうでもいいことなの」



 そう言うと、楓が女の耳元に口を近づける。



「でもね、この手は放してあげない。何故だか分かる?」



 思わず心地良さを感じてしまいそうな甘い囁きだが、その甘さに反するように掴んだ手がギシギシと首にめり込んでいく。



「貴女、ご主人様にも危害を加えようとしたわね? ウフフフフフ……それだけで()()()()()()わよ?」



 優しく声をかけているようで、一切慈悲の感じられない視線を向ける楓。



「更に、ご主人様と話し合えるという何物にも代え難い奇跡が起きたというのに――」






 ――その時、楓の左腕が女の背中から胸にかけて勢いよく貫通した。






 女の伸ばした両手がダラリと垂れ落ち、終始叫んでいた怨み声は糸が切れたように静まり返る。



「あらごめんなさい、怒りで無意識に手が出てしまったわ」



 悪びれもなく淡々と謝罪する楓が、無造作に手を引き抜く。



「でも貴女の本体はここに居ないのだから、別に何ともないわよね? だから何をしても、消滅することがないのよネェ?」



 言いながら楓の目がドス黒く染まり始め、同時に胸元に付けられている檳榔子黒(びんろうじぐろ)のブローチが禍々しく輝きだす。

 女の首はあっけなく握り潰され、ただダラリと楓の掴んだ手で支えられている状態になっていた。



「雅ったら、すごく泣いていたわネェ? 唯も悔しくて悔しくてたくさん涙を流していたわネェ!? アッハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」



 狂気に嗤いながら楓が再び女の身体を手で貫く。






 ――何度も。






 ――何度も。






 ――何度も何度も貫く。






「分かるわぁッ。分かるに決まっているじゃないッ。だってワタシも同じ気持ちだったからッ。どれほどォ!! ワタシ達三人がどれほどオマエを八ツ裂キに殺し()たいと思ったかッ、貴女に分かるかしらぁ!? ご主人様に対する気持ちは誰にもッ、――――そう……誰にも邪魔されたくないの。それをオマエのようなゴミがッ……フフフ」





 そうして、楓が女の首を躊躇なく引きちぎった。その拍子に女の身体がサラサラと闇の中に溶けて消えてゆく。



「良かったわねぇ、中途半端な身体で。でなければ確実に殺シテいたわよ、()()()ッ……!!」



 一切反応のなくなった女の顔を間近で覗き込む楓が、殺意剥き出しの双眸で聞かす。



「せいぜい現世で私と会わないことを祈りなさい。私もこんな姿をご主人様やあの子達に見せたくはないもの。だからとりあえず今は、これで許してあげる。フフフ……じゃあね」



 そう言うと、楓が女の頭を手放した。



 女の頭は音もなく、眼下に広がる暗闇へと落ちていった――











 ――――


「……やっぱり駄目ね、感情に身を任せては」


 既に何も見えなくなった闇を見下ろしながら、ドス黒く染まっていた瞳と禍々しく輝いていたブローチが元の色へと戻っていく。


「ふぅ、……御主人様に顔向け出来ないわね」


 一度目を瞑り心を落ち着かせると、大切なヒトのもとへ踵を返した。




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