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2.仲良きことは紙一重かな


 空は快晴。

 身を切るような寒さだった冬はすっかりナリを潜め、ぽかぽかと温かい日差しが降り注ぐ昼下がりの繁華街。

 行き交う人々は他愛もない話を談笑し、ある者は頭をぺこぺこしながら電話をしつつ足早に歩いていたり、またある者は額に汗を滲ませながら、たくさんの買い物袋を持って次なる獲物を探し求めていたりと、それぞれの目的で休日を謳歌する人や仕事に勤しむ人達で溢れ返っていた。


「んぅ~~……っはぁ~、今日も良い天気よねぇ。まさに買い物日和って感じ♪」


 人目も気にせず豪快な伸びをしたポニーテールの少女が、ウキウキとした表情で賑やかな街並みを眺める。

 彼女の名前は――(ユイ)

 身長は平均的で、思春期を迎えた活発な風貌と、まだ幼さを残した大きな瞳が純粋さと無邪気さを振りまいていた。

 胸元に何処かの校章が金糸で刺繍されている黒のブレザーは前のボタンを二つともきちんと留めており、内側には清潔感のある白のカッターシャツ。控えめな赤いレディースネクタイを付けており、それと同じ色彩のチェック柄でやや短めのプリーツスカートからは健康的でスレンダーな足を覗かせ、焦げ茶色のローファーと黒のニーソに包まれていた。いわゆる学生姿である。


「そうね、ただちょっと……人が多すぎるわ」


 わずかに戸惑いの色を浮かべつつ落ち着いた声で答えたのは、隣で歩いているくびれショートヘアの女性。

 彼女の名前は――(カエデ)

 高身長でスタイルも良く、艶のあるエッジの効いた黒髪がクールな女性を演じている。

 両肩の膨らみとロングスカートが特徴的な紺色のパフスリーブワンピースに黒のブーツが様になっており、襟元には直径五センチほどの丸みを帯びた檳榔子黒(びんろうじぐろ)のブローチが、見る者をその深みへと手招きするように妖しく煌いている。

 対照的に袖口から覗く両手は白魚のように美しく、身体の前できちんと組まれた姿勢が上品さと貞淑さを物語っているが、切れ長の目をした表情に活気はなく、どこかミステリアスな雰囲気も漂わせていた。


「あっれぇ~、なになに? 顔色悪いわよぉ? もしかしてアンタってば、こういう人混みで酔っちゃうタイプだったりぃ?」


 ポニーテールをひらりと靡かせた唯が、意地の悪い顔を浮かべながら楓を覗き込む。

 平静を装ってはいるものの、その青ざめた表情から体調が優れていないことは明らかだった。


「まさか、そんなはずウップ……ゥェェ-……」


「バリバリ酔ってんじゃないの……」


「あらあら、せっかく殿方と一緒に街を出歩いているというのに、はしたない小娘達だこと♪」


 凛とした声で上からものを言ってきたのは、前を歩いている青年の首元に後ろから抱きついている小柄な少女だった。

 彼女の名前は――(ミヤビ)

 ふわふわで腰の辺りまで届くボリューミーなロングヘアーは色素が薄いためかその一本一本が月白(げっぱく)の輝きを放ち、幻想と高潔さを体現している。

 純白をベースにピンクや淡い紫で彩られたフリフリのロリータファッションを見事に着こなし、首元のチョーカーには前面に小さなハート型の宝石が可愛らしく装飾されている。

 小学生ほどの華奢な体つきだが、その瞳は自信に満ち溢れており不屈の精神が窺えた。

 

「見た目ガキのアンタに小娘とか言われてもねぇ~ってなにどさくさに紛れて抱きついてんだゴラァー!!」


 知らぬ間に『彼』に抱きついている雅を見て声を荒げる唯だが、雅はそれを軽くあしらう。


「あら、殿方を悦ばせるのも女の嗜みよ?」


「背後からガッチリ首にホールド決めといて嗜みもクソもないわよ! 苦しそうにしてるじゃないの!」


「キーキーとうるさい小娘ね。それだけお互いの想いが強いってことなの、お分かり?」


「アホなこと言ってないでは~な~れ~な~さ~い~よ~ッ!」


「あっ、こらちょっと! や~め~て! 引っ張らないでぇ~!」


 両手でむぅ~むぃ~と引き剝がそうとする唯に、高飛車な令嬢を気取っていた雅もたまらず応戦する。

 人込みのど真ん中で激しい攻防を繰り広げる二人だが、突如――


 ――ドゴォン!!

「へぶぅぅぅぅぅぅーーーーーーー!!」

「へぶぅぅぅぅぅぅーーーーーーー!!」


 首が陥没するほど、お互いの脳天にとんでもない衝撃が走った。

 崩れ落ちる二人がチカチカする視界で見上げると、ダブルチョップを振りかざした眼光凶悪で顔面蒼白の悪魔がそこに居た。


「人が気持ち悪いのを必死に我慢している時に、目の前でワチャワチャしないで。ぶっかけるわよ」


「そ、それだけは嫌ッ」


「ごめん、ホントごめん」


 この悪魔なら間違いなくやると瞬時に悟った雅と唯が、震える声で許しを乞う。誰だって他人のリバースをスプラッシュされたくはない。


「ふぅ~……まったく。あのね、二人とも……私たちが一体どういう存在なのか分かっているの?」


「それは……」


「もちろん! 伴侶よへぶぅぅぅぅぅーーーーーーー!!」


 ドヤ顔で立ち上がった愚かな女に、すかさず悪魔の制裁が下った。

 

「幽霊よ」


 再度へなへなと崩れ落ちる雅に吐き捨てる――スプラッシュではない――楓。


「痛ったぁ~い! 分かってるわよそんなことくらい!! 人の頭ボコスカ叩いて、アナタちょっと頭おかしいんじゃないの!?」


「貴女が羨まッ……ふざけているからでしょ!」


 珍しく感情を露わにした楓だが、その()()()()を見逃す二人ではなかった。


「(ボソッ)コイツ今羨ましいって言ったわね」


「何よ、この年増妬んでるだけじゃない」


 刹那、先程よりも強烈な一撃が雅に襲いかかる。

 聞こえないように耳打ちした二人だったが、気持ちの入りすぎた雅の声はバカみたいに筒抜けだった。

 しかし――


「そこぉ!」


 襲来する楓の一撃を読んでいたのか、雅が素早く身を躱す。

 いや正確に言えば、予想よりも速い一撃に思わず前を歩いていた青年を引っ張るようにして立ち位置を入れ替えたのだ。

 結果、身代わりとなった青年は楓の一撃を後頭部に食らい、ぱたりとその場に倒れた。


「うぎゃあああアアアアァ!!!」


 その光景を見て絶叫する唯。

 だがこの惨劇を作り出した雅は楓の一撃を避けた事に大満足しているのか、一ミリも気づいていなかった。

 そして一撃を放った楓もまた、屈辱的な怒りで目の前の標的しか見えていなかった。


「ふふーん♪ そう何度も当たるほど、ワタシは甘くなくってよ♪」


「年増ですって? 私は、成人を迎えたばかりでしたけど。それに、年増というなら貴女の方がよっぽどババアじゃないですか」


「ババ!? フ……フン、年齢なんて関係ないわ、見た目の問題よ。このワタシのような、ピチピチしたお肌を保ってこその――」


「――なにしてくれてんだクソババアぁああああああ!!!」


 叫びながら血眼でブチ切れた唯のハイキックが、ふんぞり返って偉そうにさえずる雅の横顔に直撃する。


「ほぶぇぇえええぇーー!!!」


 話の途中だった雅が(きり)もみしながら吹っ飛び、周囲の人達の身体を透過し、突然見えない壁に激突したかのように何もない場所で顔面からゴンッとぶつかると、ばたりとその場に倒れた。

 

「それからアンタも! 自分が憑依してる人間を本気で殴ってどうすんのよバカ! ったくもう!」


 怒りとも悲しみともとれる表情をした唯がポカンとしている楓に言い放つと、気絶している青年に何度も声をかけていた。


「いけない……私としたことが、ついカッとなりすぎてしまった。……ウップ……ゥェェ-……」


 冷静さを取り戻した楓だったが、同時に気持ち悪さも呼び戻してしまうのだった。



霊なのに痛みがあったり気分が悪くなったりするのかという疑問について。


まず、痛みに関しては同じ物質で形成されている霊同士は干渉し合えるのでダメージは通ります。

しかし『痛い』と感じるのは生前の記憶が勝手に痛いと思わせているだけで、実際は痛みはありません(ただし衝撃は伝わります)


気分が悪くなるという点も同様で、生前の記憶がそう思い込ませているだけで、実際は霊体になんら影響は与えていません。


つまり、タチの悪い錯覚だね!!

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