渡辺 美沙⑦
大成功を喜んでくれないし
晩御飯に誘ったが
断られてしまった。
『だったら少しの
お時間を作ってくれませんか?』
『会って直接
お礼が言いたいんです』
そう感謝の意思を
渡辺が伝えたが
『ちょっと難しいかな?』
『まぁ、会社の付き合いが
上手くいったなら
俺の役目は終わりだよね?』
『じゃあ、これからも
頑張ってね』
そう言って宇都宮に
一方的に電話を
切られてしまったのだ。
え?
どういう事?
私、何か嫌われる事をした?
会社の先輩との関係は
良くなって
万々歳だが
宇都宮との
関係は悪くなって
しまったのか?
そんな事を頭の中で
考えて会社に帰る。
オフィスで自分の机に座り
今日の成果をまとめて
会社を後にしたが
やはり、しっくり
こない。
そんなモヤモヤしたまま
布団に入り寝るが
頭の中は宇都宮の事ばかり
考えている。
写真すら持っておらず
飲み会で一度会っただけで
時間も経過しており
顔がハッキリと
思い出せない。
少し落ち着いたら
改めて、お礼をしよう
そう心に決めて
寝ることにした。
翌朝、目覚めたが
やはり考えるのは
宇都宮の事だけだ。
オフィスに向かい
同僚と話しをしていると
自分が以前より
みんなと仲良く
喋れている事に気付く。
この人は内向的な
思考型だから
こう喋ろう
宇都宮に聞いた
人間は8タイプに
分けられる
そのタイプに合わせて
話し方を少し変えただけで
相手は驚くほど
渡辺に親近感を持って
接して来てくれている。
人間は波長が合うタイプだと
自分の味方だと感じて
心を開いてくれるモノだ。
社内も社外も
今の人間関係が
上手くいっているのは
間違いなく
宇都宮のおかげだ。
宇都宮さんが
いなくなったら
この先、どうするの?
相談する人が
居なくなり
以前の
先輩達からの
塩対応に戻ったら
どうしよう?
そんな不安感を持ったまま
外回りに出たが
何処も、
お菓子大作戦が
功を奏して
渡辺を友好的に
迎え入れている。
すると、なおさら
宇都宮抜きの
この先が
不安で堪らなくなってきた。
『渡辺さん、新商品の
パンフレットは
いつ、届くかしら?』
しまった。
確認し忘れていた。
どうしよう?
『いいかい?渡辺さん』
『一生懸命に頑張っていても
失敗する時はある』
『そんな時は己れの悲は
素直に受け入れる』
『そうして
一番に出来る打開策を
相手に示す』
『そうすれば
相手も分かってくれる』
この2週間の
電話レクチャーで
宇都宮が言っていた事だ。
『店長、申し訳ありません』
『新しいパンフレットの
発注を失念してました』
『すぐに発注するので
4日後には納入出来ると
思います』
そう言って頭を下げて
謝罪すると
『正直な報告が嬉しいわ』
『入荷したら、すぐに
届けてね?』
そう言って
ウィンクをして
許してくれた。
またも、宇都宮に
救われた。
あの人に会うまでの
自分がいかに
ダメダメだったか
改めて分かった。
やはり宇都宮さんに
お礼を言いたい。
そう思って
携帯を取り出して
宇都宮にLINEをする。
今日も宇都宮さんに
教えて貰った
色々な方法で
職場で大変助かりました。
やはり、お礼として
晩御飯を
ご馳走したいのですが
ご都合の良い日を
お知らせ下さい。
その日は会社を休んでも
宇都宮さんの予定に
合わせます。
彼女なりの渾身の
LINEであったが
それは夜になっても
既読になる事はなかった。
見た目90点の彼女は
他人からの
メッセージの返信を
これほど
待った事はなかった。
仕事が忙しくて
携帯に触れないの?
もしかして熱を
出しているかも?
嫌われていて
既読スルー
色々と考えて
自宅で、何度も
携帯を眺めていた渡辺は
ついに我慢出来ずに
宇都宮に電話をする。
すると、すぐに
繋がった。
やっと話せる喜びで
『もしもし、渡辺です』
『昼間にLINEしたのですけど
返信がないから』
『心配で電話しちゃいました』と
一方的に話しだす。
すると数秒の沈黙の後
『コッチは仕事です』
『その内容なら
LINEで良かったんじゃ
ないんですか?』と
不機嫌そうな声で
宇都宮に言われてしまった。
しまった
時間は21時
この時間まで残業って事は
仕事が大変なんだ
『大変、申し訳ありません』
そう言って
宇都宮に謝る渡辺に
『急用じゃないんですね?』と
彼が再確認すると
『はい、急用じゃありません』と
彼女が答え
電話は切れた。
電話を切った後
渡辺は自分の部屋で
冷や汗をかきながら、
どうしよう?
これで完全に嫌われた
そう言って頭を
抱えている。
すると急に不安に
なってきた。
もう宇都宮さんの
アドバイスは
受けられないの?
彼の助言で
今の自分の環境が
好転している事が
身に染みて
分かっているからこその
不安であった。
泣きそうなくらいに
なっている時に
LINEが入る。
宇都宮からであった。
『渡辺さんは
他人のペ-スを考える事に
気をつけていきましょう?』
そう書かれていた
メッセージを見て
彼女にも
見に覚えがあった。
昼でも夜でも
自分のタイミングだけで
相手に電話を
している事が多々合った。
『わかりました』
『今後は絶対に
気をつけます』
宇都宮のメッセージを
見た彼女が
独り言のように呟くと
新しいLINEが入る。
『この2週間の渡辺さんは
本当に頑張りました』
『職場の環境が良くなったのは
渡辺さんの努力の結果です』
『おめでとうございます』
その文面を見て
彼女は涙が溢れてきた。
努力を認められた事
嫌われていなかった事
助言を受け入れて
職場環境がよくなった事
色々な感情が
彼女の中で溢れたものである。
『宇都宮さん、これからも
色々と教えて下さいね』
自分の部屋で
携帯の画面を見ながら
彼女は、そう呟いた。
これから沼に
落ちていく事を知らずに。