渡辺 美沙⑤
彼女の職場での悩みを
聞き出した彼は
昼休みとかに
電話は出来ますか?と
渡辺美沙に質問してみると
12時30分から
電話が出来るとの事。
宇都宮も、その時間なら
電話が可能だったので
『俺は、その前後なら
電話に出れます』
『メ-ルじゃ伝わらない
細かいニュアンスもあります』
『渡辺さんが大丈夫な時間に
電話を掛けて来てください』
そう返すと
『ご迷惑をお掛けして
すいません』
『よろしくお願いします』
そう返信をしてきた。
そして昼休みになり
約束の時間を5分過ぎた
12時35分に
渡辺から電話が入り
すぐに宇都宮が出る。
『遅くなって、すいません』
開口一番、渡辺が
5分の遅刻に詫びを入れると
『大丈夫です』
『Amazonのサイトを
見ていたから』と
宇都宮が答えると
『本当にご迷惑を
お掛けします』と
改めて渡辺が詫びてくる。
すると宇都宮は
一呼吸開けて
『本当に1人で、
今まで、よく頑張ったね』
『俺が相談になるから
もう大丈夫だよ』と
渡辺に告げた。
その言葉を聞いた渡辺は
電話の向こうで
黙ってしまう。
5秒ほど経った頃だろうか?
彼女のすすり泣く声が
聞こえてきた。
アパレル会社の倉庫から
隠れて電話をしていた
渡辺美沙は
大粒の涙を流していた。
宇都宮が掛けてくれた言葉は
渡辺が1番聞きたかった
モノであった。
自分が間違っているか
分からない
誰にも相談出来ずに
悩みを1人で
抱えていた彼女に
両手を広げて
救いの手を
差し伸べてくれている。
最初に彼女の
メ-ルを読んだ時に
くだらねぇ
そう言った男は
そこから親身になって
彼女の話を全て聞いた。
宇都宮のアドバイスを
含めると、電話をしていた
その時間は
30分を超えている。
『渡辺さんが、
よくなかった部分ですけど』
『先輩が、上がれて
良かったね?って
言ってくれた時です』
『私なんか
運が良かっただけです』
『そう答えたって
言いましたよね?』
『それは、先輩が
運も実力も無いって
言っているようなモノです』
そう宇都宮が言うと
『私は、そんなつもりで
言ってません』と
彼女が反発をした。
それを聞いた宇都宮は
『でも、聞いた側が
どう受け取るか?』
『それで変わってくると
思うんです』と
言葉を返す。
『渡辺さんがテニス部の
一年生だと思って下さい』
『顧問の先生は
2年生、3年生の先輩を
選ばすに』
『渡辺さんを試合の代表に
選んだ』
『試合に
選ばれなかった先輩に』
『私は運が良かっただけです、
って言ったら』
『先輩は、
どう思いますかね?』と
彼女に尋ねる。
宇都宮の例えに
自分の環境を照らし合わせ
納得した渡辺は
『ごめんなさい、
どう返すのが正解だったか
分かりません』と
ギブアップをして
宇都宮に助けを求めた。
すると宇都宮は
『負けた人間には
勝者が何を言っても
よく思われないんです』と
答える。
その答えを聞いた彼女は
クチには出さないが
何よ、その答え
と思っていた。
だが宇都宮は続けて
『慰めの言葉ではなく
行動で分かって貰う
しかないんです』
そう続けた。
『行動?』
渡辺は不思議そうに
彼の言葉を聞き返す
『そうです、行動です』
そう言いながら
宇都宮は話を続ける。
『1年生である渡辺さんに
レギュラーを持って行かれた
3年生が納得するのは』
『渡辺さんが
インターハイで優勝して』
『コイツには
勝てなかったんだ、って』
『納得して貰うしかないんです』
そう言われて彼女も
少し分かった気がしてきた。
圧倒的な実力差で
自分を昇格させたのは
上司のエコひいきでは
なかった。
インターハイで後輩が
活躍したのを
目の前で見たら
先輩も
顧問の先生の
選択は正しかったと
確かに納得するだろう。
そう分かった渡辺だが
彼女に現実が迫る。
『その、例え話は
凄く納得出来たのですが』
『残念ながら私には
先輩を納得させる
実力もないし』
『さっき話したように
人望もありません』
彼女の現況報告では
店舗には
先輩の同期も多く
店に顔を出しても
塩対応される事が
多いとの事だった。
そう悲観的に話す渡辺に
宇都宮は
『だから俺に
相談して来たんでしょ?』と
彼女に笑い声で話す。
『俺が、よく使う方法が
あるんです』
そう言って
宇都宮は説明を始めた。
『その名も、お菓子大作戦です』と
発表するが
『お菓子大作戦?』と
明らかに電話の向こう側で
怪訝な声で
渡辺が聞き返している。
現場の職人さんに
宇都宮も嫌われていた。
そこで彼は
お菓子のまちおかで
カントリーマムや
チョコパイが
たくさん入った大袋を
3つほど買って
現場に差入れをしていた。
最初は、
『そんなの、いらないよ』
職人は差入れを
拒絶していた。
話を聞いていた渡辺も
『そんな露骨な
ワイロは受け取らないだろ?』
そう思っている。
なかば無理矢理
現場にお菓子を置いて行った。
次回、またも
お菓子を持参して
現場訪問する。
職人さんは
『差入れは、いらないよ』と
またも拒否しようとしたが
彼は、今回も
押し付ける形で
お菓子を現場に
差入れして帰って行く。
そして3回目に
お菓子を持参して
現場に行った時には
『俺は、お前に
何をしたら良いんだ?、と』
『笑いながら職人さんは
話し掛けて来てくれました』
それまでは現場で
目も合わせてくれなかった
職人さんが態度が
軟化していった、と
いうのだ。
『普通に店舗を回っても
塩対応されるなら
一度試してみて下さい?』
宇都宮のアドバイスを聞いた
渡辺美沙は自分が
同じ事をしたら
返って反発が大きく
ならないか?
彼のアドバイスを
受け入れるか?
迷っていたのであった。