小比類巻かおり①
俺な名前は宇都宮武
リフォーム会社で働く26才。
もう、この会社で6年働く
中堅社員である。
仕事とは、お客様からの
見積もり依頼を受けて
打ち合わせと商談を
何度も繰り返して契約。
工事が始まれば
現場に行って
職人さんと打ち合わせ
図面通りに
リフォームが進んでいるか?
現場を確認して
お客様に報告をする。
営業、設計、現場管理を
1人で一気通貫する
ブラック企業の社蓄である。
残業、休日出勤は
当たり前だが
他に出来る仕事が
ないために
このリフォーム会社に
残っていた。
従業員15人ほどの
弱小企業には
俺以外にも
営業が7人ほどいる。
その中の入社3年目の
女子社員
小比類巻かおりが今
居酒屋で酔い潰れていた。
事の発端は
彼女が担当した現場で
お客様の発注した
赤い鏡面扉のキッチンが
納入された日に
お客様立ち会いの元
梱包を開いた事から始まる。
真紅のキッチンを
待ち構えていた
彼女達の前に登場したのは
真っ青なキッチンであった。
無言になる、お客様に
『納品間違いだと思います』と
小比類巻は説明して
その場を取り繕う。
メ-カ-側の配達ミス
たまに、ある事だ。
だが、今回は
小比類巻が間違えて
青と発注していた。
そうすると返品や
交換はムリである。
念の為に
お客様に聞いてみる
『青のキッチンじゃ
ダメですよね?』
聞かれた奥様は
『絶対にイヤだ』
『早く赤いキッチンで
作業を再開して下さい』
そう言われて
小比類巻は困った。
キッチンには
2400mm.2700mm.3000mmと
家に合わせた寸法がある。
更にオ-ナ-である
奥様の趣味が一番
強く出る場所である。
ゆえに木目調や
ホワイトと言った
無難な色なら
他の現場に安値で
納入出来るが
紺に近い
真っ青である。
ショ-ルームに
下見で来た客が
100人いたとして
1人、選ぶか?
選ばないか?の
だいぶ攻めている色であった。
結果、彼女は
120万円のキッチンを
自腹で買い取り
置き場所に困るキッチンを
引き取り手が見つかるまで
倉庫で保管する費用を
毎月払わないと
いけなくなった。
会社の社長は優しかった。
キッチン代の120万円は
10万円の12回払いに
してくれた。
彼女が住むアパートの
家賃を払うと
わずかだが
給料は残る。
『バカな事、考えるなよ?』と
社長に釘を刺される。
夜逃げしても
青森の両親が保証人に
なっているから
迷惑がかかるという
意味だろうか?
お星様になるなよ?
そんな意味もあったかも
しれない。
倉庫を借りるあてもなく
一週間後には
自分のアパートに
青い2700のキッチンが
届いてしまう、
絶望に打ちひしがれていた
小比類巻に宇都宮が
『青いキッチン、
俺のお客さんの現場で
使って貰える事になったよ』と
話してきた。
『宇都宮先輩
本当ですか?』
2m70cmの
青いキッチンが
ワンルームの
アパートを占拠する
地獄から解放される。
キッチン代金を
給料天引きにされて
家賃を払ったら
水を主食に
しなくては、ならなかった。
それから解放される?
そう思った小比類巻は
宇都宮の肩を掴んで
詰め寄った。
『あぁ、本当だよ』
『俺の担当している
オ-ナ-夫婦が
サ-フィン好きだったから』
『いつでも海を感じれるように
キッチンの扉を
青にしてみませんか?、って
提案したら』
『喜んで提案を
受け入れてくれたよ』
『正規の値段だから
お前の持ち出しはゼロだよ』
それを聞いた
小比類巻は嬉しさの余り
その場で泣き出していた。
彼女のピンチに
付き合って2年になる
彼氏は
『そんな事、俺に
相談されても困るよ』
『俺も金が無いから
金なら貸せないからな?』と
シャットアウトしてきた。
学生時代の友達は?
『ゴメン、忙しいから
また連絡するね?』と
電話を切った後に
彼女をブロックしていた。
別の友人は笑いながら
『風俗で働けば?』と
言っている。
自分の人生で
最悪のピンチの時に
信用していた人が
自分に冷たかった。
更に会社の誰も
助けてくれなかった。
『宇都宮さん、営業利益は
どうすれば良いですか?』
誰も助けてくれなかったのに
宇都宮さんは、救ってくれた。
ボーナスに影響する
営業利益を
担当同士の貸し借りに
使う事はあった。
だから、今回の
自分の現場の
営業利益を
差し出しても良いと
思っていた。
『営業利益は
移譲しなくてもいいよ』
『お前も給料が少なくて
困っているだろ?』
そう言って
損得無しで助けてくれると
言ってくれたのであった。
ウソでしょ?
誰も助けてくれなかったよ?
『そんな訳には、いきません』
『現場2件分の営業利益を
宇都宮さんに渡しても
足りないくらいです』と
小比類巻も言ったが
宇都宮は
『会社の後輩のピンチを
先輩の俺がフォローした』
『それで良いじゃないか?』と
言って
彼女の提案を受け入れなかった。
数回の押し問答の後
小比類巻が
宇都宮を飲みに一回
連れて行く事で
この借りは決着する事となった。
飲みに行った場所は
彼女のアパートの近くにある
沖縄料理屋である。
彼女は安くて美味い
この店が
お気に入りだった。
2人で店に入り
泡盛を飲んで
ラフテ-に
喜んでいた彼女は
最初は彼への
賛辞の言葉を並べていたが
やがて仕事のグチを
話した後
付き合って2年になる
彼氏の話になると
悪い酒になり
やがて恩人の前で
酔い潰れて寝てしまっている。
1人で飲み続けていた宇都宮は
寝ている後輩を見ながら
こう思っていた。
『こいつ、けっこう
胸あるんだな』と