最終話 私の誓い
私とガーゼルド様の結婚式は数日後に迫っていた。
準備はすっかり整っていたし、手順も全部覚えた。嫁入り先の公爵城のお部屋も完璧で、お城で私に仕える侍女とも顔合わせが済んでいる。
ここまで来るともうジタバタしても仕方がないので、私は社交に出る時以外はのんびりしていた。もちろんガーゼルド様とは定期的に会ってはいたけど、彼は忙しいからね。暇さえあれば、という訳にはいかなかった。
なので私はこの時たまたま時間が空いて暇だったのだった。
ロバートさんに会ってみようかな? と思ったのはただの思い付きだった。元雇い主の宝石店の店主ロバートさんだ。彼とは貴族になってからも準皇族になってからもたまには会っていた。
ロバート・レバンゼというのがフルネームだけど、お店の名前はなぜかロバート宝石店だった。
孤児院にロバートさんが来た時に、ロバートさんの持ってきた指輪の宝石が偽物だと指摘した事をきっかけに、私はロバートさんに雇われたのだった。
茶色い髪とベリドットみたいな色の瞳を持つ、細身で痩身のお兄さん。宝石を見る目はあまりなかったけど、女性に似合うアクセサリーを見抜くセンスとセールストークが上手くて、お店はそれなりに繁盛していたわね。
私はリューネイに頼んで平民街向けの服を用意してもらった。リューネイはいい顔をしなかった。
「レルジェ様は結婚間近の大事な身。護衛もなしに平民街に行く事は賛成出来ません」
という事で、急遽私担当の護衛の騎士から二人が私服で護衛してくれる事になった。最初は十人というのを粘って二人にまけてもらったのだ。
ロバートさんのお店は表通りに面した治安のいいところにあるんだから、心配し過ぎだと思うんだけどね。もっとも、リューネイも結婚式間近のこの時期でなければここまで神経質なことは言わなかったに違いない。彼女は私を最高の花嫁にすべく奮闘してくれているから。
私は裕福な平民の若奥様というような服装で馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
帝都は今日も喧騒に満ちていた。まぁ、帝宮が静か過ぎるんだけどね。これでも帝都に放射状に八本通っている表通りは大人しいものだ。裏路地に入り下町に行けばもっと煩雑で猥雑な雰囲気が漂う。
歩道脇には街路樹が若葉を揺らしている。春なのだ。この木は秋になると葉が鮮やかな黄色になり、道路が降り落ちた落ち葉で別世界のように黄色く染まるのである。私はそれが毎年楽しみだった。そういえばその光景はもう四年くらい見ていないという事になる。
あの頃は私は馬車に乗る事などほとんどなく、いつもこの歩道を早足で歩いていた。今は二騎の護衛付きで、お忍び用とはいえ立派な馬車に乗っている。大出世といえば出世だけど、新緑の香りを楽しみながら歩くのも好きだったのにな、とも思う。
馬車を降りて、護衛は外に待たせ、入り口の階段を数段登って静かにドアを開ける。働いてる時なら飛び上がるようにして駆け上がったものだけど。
「おや、珍しい。久しぶりじゃないか。レルジェ」
ごく狭いお店の中、掃除でもしていたらしいロバートさんが緑の目を丸くした。お店の中にはカウンターと応接セット。壁には着飾った貴婦人の絵が数枚飾られ、壁際の台には模造宝石で作られたアクセサリーの見本が飾ってある。
懐かしいな。私は目を細める。このお店の中をピカピカにする事が私の朝のお仕事だった。絵を飾ったり見本を飾るのは私が出したアイデアだ。
ロバートさんは私にソファーを勧めながら、お茶の準備を始めた。働いてる時なら私の仕事だった事だ。慌てて手伝おうとしたらやんわり拒否された。
「君はもう従業員じゃないからね。それに皇族にそんな事させたら私が罰せられる」
確かにリューネイが睨んでるしね。私を。私は諦めてソファーに座った。
「私の代わりの従業員は雇わないの?」
私が尋ねるとロバートさんは肩をすくめた。
「君ほど信用出来て働き者で宝石に詳しい子がいたら雇いたいんだがね。なかなかね」
確かにそれはレア人材だ。それに、元々この規模のお店ならロバートさん一人で回せない事もない。
「ごめんなさい。突然辞める事になって……」
「仕方ないさ。あんな都合ではね。それに君は程なく独立して辞める気だっただろう?」
「そう簡単に独立は出来なかったわよ。あと五年はここで働くつもりだったわ」
「どうだかね。君は商才もあったからね」
ロバートさんはカップを私の方に押し出すと、自分のカップに瓶からスプーンで掬ったジャムを入れてゆっくりと混ぜた。
お茶にジャムを入れるのは帝国の風習ではない。昔から変な飲み方をするんだなと思っていた。私は貴族になってから知ったけど、これは北方のヴォイア王国の飲み方なのだそうだ。
「ロバートさんて、もしかしてヴォイア王国の人?」
ロバートさんは驚いたように眉を上げた。
「言った事はなかったかい? そうだよ。私はヴォイア王国出身さ。逃げてきたんだ」
「は? 逃げてきた?」
目を丸くする私にロバートさんが苦笑しながら説明する事には、ロバートさんの実家レバンゼ家はヴォイア王国の伯爵相当の貴族だったのだけど、政争に巻き込まれて粛清されてしまい、ロバートさんは命からがら国外に逃げ延びたのだ、という事だった。
「逃亡資金に持ち出した宝飾品をリュグナ婆ちゃんに売ったら、店をやる事を勧められて、この店を始めたんだよ」
一応、ヴォイア王国から手配が回っている可能性があるので、店に家名を使わなかったのだそうだ。いきなりお店を始められたんだから、元々実家が何か商売をしていたのかもね。
「始めたはいいけど、私は石を見る目がからっきしだからね。君が来てくれて助かったんだ」
言うほど見る目がない訳じゃなかったけどね。たまにうっかり偽物を見逃したり、価値判断を誤ったりすることがあるだけで。それくらいは皇族御用達の宝石商人でもたまにはあることだ。
「そういえば、私の専属宝石商人になる話、考えてくれた?」
前々から私はロバートさんに、資金援助するから店を大きくして、私の専属の宝石商人の一人になるように依頼していたのだ。そうすればお世話になった彼に恩も返せると思ったのである。
「いや、止めておくよ。私にはそんな大店は分不相応だ。大失敗して君に恥をかかせるのがオチさ」
……ロバートさんは前と同じくそう言って、私の依頼を断った。私は不満だったけど、今日知った彼の事情を考えると、あまり店が大きくなるとヴォイア王国に見つかってしまうと考えているのかもしれないわね。
「結婚式は来週だったっけ? いいのかい? こんなところに来て」
「もう準備は終わって暇なのよ」
「ならあの旦那さんとデートにでも行けばいいんだよ。あの溺愛ぶりならどこへでも連れて行ってくれるだろう?」
ロバートさんは思い出すようにクククっと笑った。
ガーゼルド様とはもう何度かこの店に来た事があるからね。最初は驚いていたロバートさんも、気さくなガーゼルド様にすっかり慣れて、親しく話をするようになっている。
「また連れて来るといい。レルジェが家の店に来たばかりの時にした失敗を一つ思い出したんだ。彼に聞かせてあげなくっちゃあ」
「やめてよロバートさん!」
ロバートさんはガーゼルド様に会うと大抵私の失敗話を笑い話としてガーゼルド様に教えるのだ。ガーゼルド様はあの性格だから、それで私を揶揄うような事はないけども。
ロバートさんからすると、私とガーゼルド様の関係が、婚約者にしてはよそよそしくて心配になるらしい。
「余計なお世話よ。ロバートさんは結婚しないの? もう四十でしょ?」
ロバートさん顔も良いし口も上手いから、昔から結構モテてていた。付き合っている女性も複数いたと思うんだけど、不思議と結婚する気配がないのよね。
するとロバートさんは少し遠くを見るような目つきをした。
「故郷にね、いたんだ」
私はウッと胸が詰まったような心地になる。ロバートさんが帝国に逃げてきたのは恐らく二十代の頃だっただろう。貴族なら結婚していてもおかしくない。
妻子を捨てて命からがら帝国に逃げて来たのだろうか。
「……ごめんなさい」
「いいさ、つまらないこだわりだ。そうそう、せっかくだから君にこの石を見てもらおうかな」
ロバートさんは立って奥の部屋に行った。奥の部屋には金庫があって商品が入っている。
戻ってきたロバートさんは指輪を一つ持っていた。大きな赤っぽい石を頂いた金の指輪だ。これは……。
「ファイアアゲートですね。不思議な色合い……」
オレンジに近い赤の中に虹のような紋様が波打っている。その名の通り燃えているようだ。
ロバートさんは目を細めながらその指輪を見て、言った。
「実家から持ち出したものの一つでね。……妻のものだったんだ」
……宝飾品を身に付けるのは主に女性である。なので、ロバートさんの実家が宝石商人でもない限り、帝国に逃げる時に持ち出した宝飾品は女性のもの、母親か奥さんのものであった可能性が高い。
それを元手に商売を始めたのだから仕方がないけども、ロバートさんはその奥様の思い出の詰まった宝石をあらかた売ってしまったのだと思われる。
この指輪はその数少ない残りなのだろう。……恐らくは、遺品だ。奥さんの。
「何か分かるかい?」
ロバートさんは軽い口調で言った。
私は彼には自分の「宝石の記憶が視える」能力の話はしていない。しかし、能力で宝石を鑑定したり、いわくある宝石を買わないようにアドバイスした事は何度もあるため、私が宝石から「何かが視える」事はロバートさんも察していると思われる。
ロバートさんの落ち着いた、しかし何かを渇望するようなその視線は、私の能力に期待しているという事なのだろう。
私は息を一つ吐いて、そのファイアアゲートの指輪を『視た』。
すると、映ったのは金髪を後頭部で結い上げた女性の姿だった。細身の美人である。目は、ロバートさんと同じベリドットのようなグリーン。
表情は……、必死だった。眉を吊り上げ、目を血走らせて、彼女は叫んだ。
「ロバート! 行って! 私も後から行くから! さぁ、この指輪も持って!」
「しかし、サーシア!」
これは姿は映ってないけどロバートさんの声だろう。
「生きて! ロバート! 生きていれば、また会えるから!」
指輪はそのまま多分ロバートさんのポケットに入れられたか何かして、記憶は途切れる。
後は時折指輪を取り出して、悲しそうな表情で眺めるロバートさんが映るばかりである……。
「どうだい? レルジェ?」
ロバートさんが尋ねた声で私は宝石の記憶から現実に戻る。……なんと言ったら良いのか。
あのサーシアさんの最後の言葉なら、ロバートさんは覚えているのではないだろうか。あれが恐らく夫婦の最後の会話だったのだろうから。そうそう忘れられるものでもないと思う。
だからこそ他の宝飾品は売っても、この指輪だけは残していたのではないかと思えるのだ。その思い出の石を、私に見せる意味はなんだろうか?
……私はお店の中をそれとなく見回す。私が来た時、ロバートさんは掃除か片付けをしているように、店の入り口近くにいた。
少し不自然だ。宝石商は扱っているモノがモノだけに、強盗を非常に警戒している。
なので普通は来客の気配があるとカウンターの向こうでお客を出迎える。初めてのお客だったらそのまま出ない事も珍しくない。
もしも相手が強盗だったら、すぐに奥の部屋に飛び込んで厚い扉を閉じて立て篭もる。この部屋の扉には厚い鉄板が貼られていて、しっかり内側から閂を掛ければ鉄斧を使ったってそうはこじ開けられない。
ただ、窓もない部屋だから逃げることは出来ないけどね。宝石商人にとって在庫は命と一緒だもの。商品を残して逃げるような事はしない。
それがロバートさんは、馬車の音が聞こえて来客が来るのが分かっていたにも関わらず、カウンターを出て入り口近くにいた。多分、窓から馬車を窺っていたのではないかと思う。
そう。ロバートさんは外を警戒していたのだ。店に来る者を。そして警戒していたのは強盗ではない。もっと剣呑な相手だ。
「……生きろ、と。この指輪は生きろと言っているようですよ」
私がそう言うと、ロバートさんは目を一瞬見開き、それからため息を吐いた。
「そうだよね。そうだよ。仕方ないかぁ……」
ロバートさんの呟きには諦めの響きがあったわね。
そう。ロバートさんは迷っていたのだ。その決断のために、サーシアさんの言葉がもう一度必要だったのだろう。
私は腹を立てた。
「逃げる必要などありませんよ」
私の言葉にロバートさんが明らかに動揺する。私は彼を睨んで更に言った。
「私を誰だと思ってるのですか! 私は来週には次期公妃になるんですよ。そうなればヴォイア王国に圧力を掛けるなど簡単なことです。ロバートさんは私が守って差し上げます!」
そう。ロバートさんはヴォイア王国の追手を恐れていたのだ。恐らく最近になってヴォイア王国に自分の情報が漏れてしまった事を知ったのではないか。
もしかしたら既になんらかの接触があったのかもしれない。このままでは誘拐、もしくは暗殺の危険まである。
それでロバートさんは帝国から更に他の国への逃亡を考えていたのだろう。しかし、帝国にようやく築いた基盤を放棄するのかどうかで迷っていたのだ。
その後押しの為に必要だったのが、妻との最後の約束。「何があっても再会を願って生きる」という約束だったのだ。
しかし、そんな事はさせない。この私がさせない。せっかく次期公妃になるんだもの。
ヴォイア王国なんて帝国に比べればちっぽけな国だからね。ガーゼルド様でも皇太子殿下でも皇帝陛下にでも掛け合って圧力を掛けて、絶対にロバートさんへの手配を取消させてみせるわよ!
ただし、条件がある。
「ヴォイア王国に説明する時に困るから、ロバートさんが私の専属商人になるのなら、守ってあげます」
御用商人でもない他国人を皇族が保護するなんておかしな話だからね。
私がニヤッと笑うと、ロバートさんはオロオロとした様子になってしまった。
「そ、そんな、そんな迷惑を君に掛ける訳には……」
私は苦笑した。
「ロバート・レバンゼ。少しは私に恩を返させなさい」
孤児院から連れ出してくれて、娘のように可愛がってくれて、何不自由ない生活をさせてくれて、宝石商人としての全ての事を教えてくれた。ロバートさんは私の一番の恩人なのだ。
「こんな事では返しきれないとは思うけど、私に任せて。必ず、ロバートさんが安心して暮らせるようにするから」
私は彼の両手を取って言った。
……その後、結局それからなんやかやあってロバートさんは私の専属商人の一人になってくれた。
ヴォイア王国には皇帝陛下に使者を出してもらい、ロバートさんへの手出しを禁じさせたわよ。ヴォイア王国は二、三の外交対立の解消と引き換えに、これを呑んだ。これでロバートさんはようやく帝国で安心して暮らせるようになったのである。
……残念だけど、ロバートさんのご家族は全員亡くなっていたけどね。
◇◇◇
帰り際、ロバートさんが言った。
「そういえば、前にチラッと言っていた彼に贈る宝石は決まったのかい?」
う……。よく覚えていたわね。
以前に、ガーゼルド様に贈って頂いたルベライトの指輪。あれはガーゼルド様の誓いの宝石だった。
だから、彼には私からも誓いの宝石を返したかったのだ。……愛の、誓いの石だ。
だけど、いい宝石が思い付かなかったのよね。
ガーゼルド様が贈って下さったのは彼の瞳の色であるルベライトだ。これには「常に私は君と共にいる」「いつも私を感じてほしい」という意味が含まれている。だから、そのお返しなら私の瞳の色の宝石をお返しするのが常道だ。
私の瞳の色の宝石というならインペリアルトパーズよね。でも、なんかピンと来なかったのだ。既にガーゼルド様がいくつも購入して常に身に付けているというのもある。今更そんなものを贈っても面白くないじゃない?
そう思って前回ロバートさんと会った時にチラッと相談していたのだった。それをロバートさんはちゃんと覚えていたのだろう。
「いいえ、迷っているところよ」
「ふぅん。私はこれがいいんじゃないかと思うんだけどね」
ロバートさんはポケットから小箱を出してテーブルに置く。目線で開けてみろと促す。
私は首を傾げながら小箱を取り。開いた。
「……これは……」
「どうだい? ピッタリだろう?」
ロバートさんはウインクをした。……私は納得する。さすがはロバートさん。私の師匠よね。
◇◇◇
私はロバートさんのお店からそのまま皇太子宮殿の、公務区画へと出向いた。私の住んでいる侍女部屋とは大分離れている。
ここは皇太子殿下、皇太子妃殿下が公務をなさる区画で、私も侍女の頃は毎日ここに出勤していた。
そして当然ここは。皇太子ご夫妻の警備担当であり皇太子殿下の腹心であるガーゼルド様の職場でもある。彼の事務室もある。
私が婚約者の職場を訪ねることはほとんどなかった。侍女時代にはお仕事で多少出入りしたけども、侍女を辞してからは一度もないはずだ。
だから入室してきた私を見てガーゼルド様は大袈裟に驚き、喜んだ。
「どうしたのだレルジェ!」
わざわざデスクから立ち上がって入り口まで飛んで来たからね。私の手を取って部屋の中央にある応接用のソファーに導いてくれる。
そして従卒に命じてお茶とお菓子を用意してくれた。ガーゼルド様のお顔はとても嬉しそうだ。
……考えてみれば、私は婚約してこのかた、ガーゼルド様に自分から会いに行った事がなかったのだ。お会いする時はガーゼルド様が会いに来てくれていた。
こんなに喜んでくれるなら、もっと自分から会いに行けば良かったと反省する。もう来週には結婚してしまうので、遅過ぎた反省なんだけども。
「それで、何の用なのだ?」
ガーゼルド様は私にお茶を勧めながら言った。彼も私が単に「会いたい」という理由だけで仕事中の婚約者のところに来るような女だと思っていないのだろう。それはそうよね。
私は此の期に及んで恥ずかしくなる。……これから私がやる事は、ちょっと私らしくない行為だという自覚があるからだ。
しかし考えてみれば、それまで堅物で通っていたガーゼルド様が、私のところに通って、侍女たちの前で私に愛を打ち明けるだけでも結構な勇気が必要だった事だろう。
彼はそれをやってくれたのだから、私もお返しをするべきだろうね。私と彼は夫婦になるのだから。恥ずかしさもお互いに分け合わないと。
「ガーゼルド様、立ってこちらに来てくださいますか?」
ガーゼルド様はいよいよ驚いた顔をしたけど、私の求めに応じて立ち上がって下さった。私も立ち上がりテーブルの横で向かい合う。
私は跪き、彼の手を取る。手袋をしていたので、私が丁重に脱がせる。ガーゼルド様の表情は驚きを通り越して困惑になってしまったけど、私は続けてスカートのポケットからそれを取り出した。
「レルジェ、それは……」
ガーゼルド様が声を上げ掛けるけど私は微笑んで、そのままその指輪を彼の左手人差し指に差し込む。そして言った。誓った。
「私、レルジェ・ジェルニアは、私の神であるガーゼルド・グラメールに永遠の愛を誓います。大女神とこの石に誓って」
彼と、自分自身に、私はガーゼルド様への愛を誓ったのだった。
不思議と、言い切ってしまえば恥ずかしくはなかった。ようやく言えた。そういう安堵感すらあったわね。
ところがガーゼルド様の方はそうではなかった。彼は彼とも思えぬほど取り乱していた。
「ど、どうしたのだ? レルジェ? 何があった」
真っ赤な顔をしてオロオロしている。私は苦笑するしかなかった。
「どうもこうも。誓いのお返しですよ。結婚前に、どうしても誓いを返しておきたかったのです」
ガーゼルド様はまだ信じられないといった表情でその指にある黄色い石を見つめていた。……不意に気が付いたようだ。
「これは……、インペリアルトパーズではないな?」
さすがはガーゼルド様。鋭いわね。
「なんだこれは……、琥珀ではないし、黄色水晶でもイエローダイヤでもない……」
ガーゼルド様は悩んでいたけど、私は黙っていた。私は私の旦那様の目を信じているからね。
「もしかして……、トルマリンか?」
「正解です。お見事。ガーゼルド様」
私はパチパチと拍手までして差し上げた。ガーゼルド様は感心したような表情で指輪を窓に翳している。
「こんな見事な黄色の発色をするトルマリンがあるのだな」
「珍しいでしょう? ロバートさんが見つけて下すったんです」
ロバートさん曰く「ガーゼルド様が贈ってくれた石はルベライト、ピンクのトルマリンだろう? なら君が贈るに相応しいのは君の瞳の色をしたトルマリンじゃないかなと思ってね」
とロバートさんが八方手を尽くして探してくれたのだそうだ。
ただ、リュグナ婆ちゃんに相談したらいつものようにふぇふぇふぇと笑いながら、指輪のサイズまでぴったりなこれを出してくれたそうだけどね。
「ふむ。なるほどな……」
ガーゼルド様は嬉しそうに私の左手を取り、私の指に輝くルベライトと自分のイエロートルマリンを比べていたわね。彼なら私が指輪に込めた意味も分かってくれたと思う。
……私と貴方は同じです。共にいつまでも。
そんな風に思いながら婚約者の顔を見上げていたら、不意に彼のルベライト色の瞳と目が合った。例の魔法で火花を散らしていたルベライトのようにキラキラと赤い目が輝いている。私は思わず顔が赤くなってしまった。
しかしガーゼルド様は興奮を隠さない顔で、叫ぶように仰った。
「君が誓ってくれたなら、私も誓いを返さねばなるまいな!」
今度は私が驚く番だった。
「え? だってこれは、ガーゼルド様が誓って下さった事のお返しなのですよ?」
「よいではないか。愛の誓いは何度でも立てるべきだとルシベールも言っていたしな」
確かに皇太子殿下はヴェリア様に何度も何度も愛を誓っていたけども。
でも、ガーゼルド様にそんなに何度も誓われたら、私も何度も愛の誓いを返さなければならないではないか。それはさすがに恥ずかしい。
私がどうお断りしようかと迷ってると、ガーゼルド様が突然私を抱きしめ、そのまま抱き上げるとダンスでもするようにクルクルと回り出した。意外な行動に従卒や副官やリューネイが驚いていてもお構いなしだ。
「ちょっと、ガーゼルド様」
「レルジェ、愛しているぞ!」
ガーゼルド様はみんなからの注目を集めたまま、私の唇に熱いキスを落としたのだった。
……結婚してない男女が人前で唇同士のキスをするのは破廉恥行為なので、私とガーゼルド様は後でユリアーナ様にちょっと怒られたんだけどね。
ご愛読ありがとうございました。こちらはこれで当面は完結と致します。面白かったと思ったら高評価よろしくお願いいたします。著作も好評発売中です。買ってねヽ(´▽`)/





