第四十三話 ユリアーナ様の難題(中)
翌日、とりあえず私はグラメール公爵城へと向かった。
「とりあえず件のカメオを見てみなければ始まるまい」
とガーゼルド様が仰ったからだ。確かにね。あと、ユリアーナ様の持っている宝飾品も調べておきたいし。
ガーゼルド様、イルメーヤ様と合流してユリアーナ様のお部屋を目指す。ユリアーナ様はお茶会に出かけていて今は不在だそうだ。
公爵城にはもう頻繁に来てるので勝手は知っているけども、ユリアーナ様の私的エリアにはほとんど立ち入った事がない。例のオパールの件で一度だけ私室に入れて頂いた事はあるけど、それ以外はお茶に呼ばれて付属のサロンに入った事があるくらいだ。
ユリアーナ様がお使いの宝飾品はほとんどが公爵家で所有しているものだ。しかしながら一部はユリアーナ様個人の資産であるらしい。
ユリアーナ様は元皇女だから、皇族所有の宝物をいくつか嫁入り道具として持ち込んでいる。それは公爵家ではなくユリアーナ様個人の所有となるらしい。ただ、ユリアーナ様がお亡くなりになればガーゼルド様が遺産として引き継ぐわけで、そうすれば当然公爵家の資産になる訳だけど。
他人事のように言っているけど、私はこのまま行けば次期公妃になる訳なので、ユリアーナ様所有の宝飾品は私が使う事になるのよね。あんまり実感がないから考えた事もなかったけど。
侍女長に取り次いでもらって、ユリアーナ様の私室に入る。内装は青系統の色合いで統一されていて涼しげな印象がある。
「ふむ、これが母上の私室か。初めて入ったな」
ガーゼルド様がポツリと仰った。私は驚いた。
「そうなのですか? 子供の頃にお入りになったことは?」
「ないな。子供の頃は母上とほとんど会わなかったし、会う時は母上が私の部屋に来たからな」
なんと。ただ、貴族であれば育児は完全に乳母任せなのが当たり前なので、それほど珍しい例ではないそうだ。
「へぇ。私は子供の頃からよく来てたわよ?」
とイルメーヤ様が仰った。それは男の子と女の子の違いなのではないかしら? と思ったのだけど、そういえばあの時ユリアーナ様はハーヴェイル様だと推定されるお子が「宝石箱をいたずらした」と仰ったわね。
普通、宝飾品は女性の私室に保管(宝物庫は別として)されているものなので、ハーヴェイル様が宝石箱をいたずら出来たという事は、ハーヴェイル様がこの部屋に入っていたという事になる。
ユリアーナ様は、子供の頃のハーヴェイル様とイルメーヤ様は自室に招いたのに、ガーゼルド様はお招きにならなかったという事になる。私はこの時、そこが少し引っ掛かった。
宝飾品担当侍女に、ユリアーナ様の許可は頂いてあるので宝飾品を見せて欲しいと言うと、彼女は難色を示した。
「確かにレルジェ様にはお見せするようにと伺っておりますが、ガーゼルド様やイルメーヤ様には……」
そもそもこの調査は私が依頼されたもので、ガーゼルド様たちは関係ないからね。ただ、次期当主のガーゼルド様とお姫様であるイルメーヤ様が強く望んだら、公爵家の侍女には抵抗しきれない。彼女は少しの押し問答の末、渋々ガーゼルド様たちの閲覧を認めてくれた。
ユリアーナ様の宝飾品ケースは大きな引き出し付きのものが三つで、貴族女性が普段使いするのなら普通くらいの量だろう。もちろん、新しいものを購入したり売ったり、宝物庫のものと入れ替えたりしてマンネリにならないようにはしていると思うけど。
ただ、中のアクセサリーは流石に選び抜かれた超一級品でさすがだと思ったわよね。イルメーヤ様なんて目が輝いて大変な事になっていた。まさかお母様の宝石はくすねないと思うけども、気を付けて見ておかねば。
基本的には銀、プラチナ地のアクセサリーが多く、石は色合いが淡いものが多かった。意外な事に赤系統の宝石より青い宝石の方が多く、赤系統の石はほぼピンクダイヤモンドしかなかった。
「ふむ。結構偏っているな」
ガーゼルド様が仰ったけど私もそう思う。貴族女性はいろんな色のドレスを着るものだから、多彩な宝石を所有しているものなのだけど、ユリアーナ様の宝飾品は青系統の石とピンクダイヤに集中していて、緑や黄色の石はほとんど無かったのだ。
私は試しに幾つかの宝飾品を視てみたのだけど、特に手掛かりはなかった。一通り見て、私は侍女に言った。
「あのカメオがありませんね?」
すると宝飾担当侍女も侍女長も表情を曇らせてしまった。
「あのカメオは……。公妃様の大事なものですので……」
それは分かるのだけど、今回のお話で鍵になるのはどうしてもあのカメオだ。あれを精査しない事には始まらない。私は渋る侍女長を口説き落としてなんとかカメオを出してもらった。
カメオは黒いケースに入っていた。先日見た時にも思ったが、大きさは私の手の平くらいあって結構大きなものだ。
少年の肖像。少年というか幼児よね。小さな男の子がこちらを向いている。素材は恐らくは象牙で、カメオの素材としてはそれほど珍しいものではないのだけど、高級なカメオは瑪瑙やシェルを使う事が多いのでその点は意外な選択だと思った。
珍しいといえばカメオの肖像の目に宝石を象嵌するのも珍しい事だ。しかも精巧に瞳の部分だけにピンクダイヤが嵌め込まれている。肖像の周囲を金箔で装飾している他は、他の宝石で飾るでもないシンプルな仕上げになっている。
肖像の少年の顔は……、ガーゼルド様に似ていると言えば言えなくもないけど、正直分からないわよね。あまりにも幼すぎて。端正な顔立ちだとは思うけども。
「これが、私の兄か……」
ガーゼルド様がポツリと仰って、年嵩の侍女たちが一斉に姿勢を正した。おそらく彼女たちはハーヴェイル様の事を知っていて、次期公爵であるガーゼルド様に隠していたのである。ガーゼルド様が気難しい主人であったら罰せられてもおかしくはない。まぁ、ガーゼルド様はそんな方ではないけどね。
私はとりあえずカメオの瞳、小さなピンクダイヤモンドの記憶を視てみる。
しかし大した情報は得られなかった。というのは、私の能力は宝石に蓄積された魔力から、そこに含まれている「記憶」を視るというものらしく、魔力の少ない者の記憶は読み取り難く、また宝石の大きさが小さくても魔力が溜め込めないせいで記憶が残り難いらしいのだ。
なのであまりに小さなこのカメオのピンクダイヤでは、本当に一瞬の記憶しか残っておらず、何の声も聞こえなかったのだ。僅かに残る、ユリアーナ様の悲しげなお顔しか視る事が出来なかったのである。
私は困り果てたのだけど、ガーゼルド様はカメオをジッと見詰めそっと手に取ると裏を見たり光で透かしたりして、それからこう言った。
「なるほどな。レルジェ。これは違うな。前提条件からして間違っているぞ。これは」
「え?」
驚く私を尻目に、ガーゼルド様は目を細めつつ仰った。
「このカメオは私の兄をモデルにしたものでは無いな。もっと全然古い物だ」
「えええ?」
ガーゼルド様曰く、おそらく二百年は前の、かなり古典的な造りの品だという。そして最初からカメオとして作られたものではなく、レリーフか何かの一部を削り出したものではないかとのこと。
「どうしてそんな事が分かるのですか?」
「私は古美術に関する教育も受けたからな」
次期公爵として様々な教育を受ける中に、様々な芸術についての教育もあったのだそうだ。私も絵の見方や描き方の教育はされたわね。ガーゼルド様はそれだけでなく、独自に勉強もしているらしいけど。
確かによく見ると、象牙の表面が少し黄色くなっている。それとカメオにしては大きいのはレリーフから切り出したからなのだろう。言われてみれば少年像もどこかエキゾチックな雰囲気がある。もしかしたら外国のものなのかもしれない。
しかしそれでは確かに前提条件が全て覆ってしまう。このカメオがハーヴェイル様を偲ぶためにユリアーナ様が作らせたものではないのだとしたら、どうしてユリアーナ様はあの時私の推論が間違いだと言わなかったのだろうか。どうしてあんな事を依頼してきたのだろうか?
イルメーヤ様もカメオをウムムと眺めて仰った。
「私もこのカメオは知らないわね。どう考えてもお母様の趣味ではなさそうだけど」
確かにユリアーナ様がこれ以外のカメオを身に付けていたという記憶はない。さっき見せてもらった宝石箱にもカメオは入っていなかった。
な、謎が解けるどころか謎が深まってしまったわよ! 私は思わず目眩を催した。ふらつく私をガーゼルド様が優しく支えてくれる。
「落ち着けレルジェ。母上からの依頼は亡き兄上が好んだ宝石を探す事なのだろう? カメオの謎解きではないはずだ」
それはそうなんだけど、何もかも何にも皆目見当も付かないから、カメオから何か手掛かりを得たいと思ったのだ。それが手掛かりどころか新たな謎が生まれてしまったのだから、私が心を折り掛けても仕方がないと思うわよね?
イルメーヤ様が侍女長に尋ねる。
「ねぇ、お母様がこのカメオを着けて社交に出られた日は、やっぱり何か亡くなったお兄様に縁がある日だったの?」
グレーの髪色をした四十代中頃と思しき侍女長は、言いたくないと表情で訴えていたけど、わがまま姫であるイルメーヤ様に逆らう愚を知ってもいたのだろう。渋々答えた。
「……はい。命日であったと伺っております」
「あのカメオを着けて行ったのもお母様の意思なのね?」
「年に一度、ハーヴェイル様のご命日のみ、そのカメオを用意するようにとの指示でございます」
……やはりこのカメオはハーヴェイル様を偲ぶためのものであるらしい。なのになぜ、ユリアーナ様は新しく作らせるのではなく、アンティークなカメオを亡き息子の肖像のように扱っているのだろうか?
「やはり鍵はこのカメオの瞳であろうな。この繊細に象嵌されたピンクダイヤモンド。そもそもこれありきだったのではないか?」
カメオは普通、素材の美しさを生かすために金銀や宝石での装飾を行わないものだ。それは職人に指示すれば作ってくれないという事はないのだろうけど、こんなに小さな宝石を的確に象嵌するには特別な技術がいる。カメオ職人に断られてしまったのではないか。
なのでユリアーナ様はたまたま見つけた異国の特殊な技術を使ったレリーフからこの肖像を削り取ってカメオに仕立て直させたのではないか、という事だった。なるほど。さすがはガーゼルド様。的確な推理よね。
だとすればカメオについて残る疑問は一つ。
「でも、ハーヴェイル様の瞳は青かったのですよね?」
「そうだな」
亡きハーヴェイル様の瞳は青かったのに、どうしてユリアーナ様はピンクの瞳を持つこの肖像に拘ったのか。ハーヴェイル様とは違う瞳の色を持つこの肖像で亡き息子を偲んでいるのか。
……問題はその謎が果たして本題の、ハーヴェイル様がお好きだった宝石の事にどう繋がるのか……。
「フェレメーヤ。亡き兄について知っていることを教えてはくれぬか? 私はもう知ってしまった。秘密にしておく必要はないであろう?」
ガーゼルド様は侍女長の名前を呼んだ。侍女長は俯いていたが、やがてポツリとこう言った。
「ユリアーナ様に固く口止めされております故、なにとぞご勘弁ください」
次期公爵のガーゼルド様のお願いを侍女が断るというのは相当な覚悟がいる事だ。あっぱれな忠誠心である。
「なぜだ。そもそもなぜ秘密にする必要がある? 父も母も其方たちも、どうして私に兄の事を言わなかったのだ?」
ガーゼルド様の疑問ももっともだ。子供が死ぬのは珍しいことではない。早逝した兄がいたことを、ガーゼルド様に対して秘密にしておく理由がよく分からない。
しかし侍女長は悲しげに首を横に振った。
「お答え出来ません。お許しくださいませ」
ガーゼルド様としてもそれ以上の無理強いは出来ず、結局私たちは大した手掛かりも得られぬままユリアーナ様の私室を後にした。
◇◇◇
ガーゼルド様の私室付属の応接間に入る。ソファーに腰掛けたガーゼルド様は珍しく不機嫌な表情をしていた。眉の間に皺が寄っている。私は何となく放置しておけず、自分が腰掛けるのは中止してガーゼルド様の前に立った。
「なんだ?」
私に気を遣って口調は穏やかだったが、眉の間の皺は取れない。私は指を伸ばしてそのシワを押した。
「ひどい顔をしていますよ。美男子が台無しです」
クリクリと指先でガーゼルド様の眉間を押す。ガーゼルド様は何だか驚いたお顔をなさっていたわね。
「落ち着かれませ。ガーゼルド様にお兄様の事を内緒にしていたのにも、何が事情がおありになったのですよ」
しばらくそうしていたら、ガーゼルド様のお顔は次第に優しい笑顔に戻っていった。うん。これでよし。ガーゼルド様はこうでなきゃね。
「ありがとう。レルジェ」
ガーゼルド様は私の手を取って軽くキスをなさった。イルメーヤ様がなぜかウンウンと頷いている。なんですか?
私はガーゼルド様の向かいのソファーに腰を下ろすと、リューネイが入れてくれたお茶を口に含んだ。
「ほとんど何も分かりませんでしたね。諦めるしかないかもしれません」
私は素直に言った。こうも何も手掛かりがないのでは、ユリアーナ様に「分かりませんでした」と謝って許してもらうしかないだろう。ちょっとユリアーナ様に借りを作る事になるけど仕方ないわよね。
「……ここで何も分からぬまま終わるのは気に食わぬな。せめてもう少し兄上の事が知りたいところだ」
ガーゼルド様はまだ独自に調査を続行するおつもりだ。まぁ、公的機関や皇族の方にお話を聞けばまだハーヴェイル様についての話は集まるかもしれないからね。
「それにしてもお母様がピンクダイヤがお好きなのは知っていたけど、青い宝石が好きなのは知らなかったわ」
イルメーヤ様が仰った。確かに、ユリアーナ様が青い宝石を偏って身に着けていたという記憶はない。思い出すと、確かに緑や黄色の宝石も身に纏っていた気がするのに。今日見た宝石箱ほど偏っていた記憶はない……。
あ!
「もしかして私が宝石箱を見に来るのを見越して中身を入れ替えたのでは?」
私はユリアーナ様にご所有の宝石を視る許可をもらっている。それに備えて宝石箱の中身を調整したという可能性は十分に考えられる事だ。
「一体なんのためにだ?」
「……私にヒントを出すためだと思います」
そもそも問題、今回のお話は無茶振りもいいところだった。何しろ見たこともないハーヴェイル様が一度だけ触れた宝石を見つけ出せっていうんだからね。そんなの普通に考えれば無理に決まっている。
それに、ユリアーナ様が本当にその宝石の事を知らないのなら、例えば私が適当な石を持って行って「これでございます」と言ったって、お義母様には分からないという事になる。あのユリアーナ様がそんないい加減な事を依頼されるだろうか。
そこに気が付くと様々な疑問点が次々と見えてくる。
ユリアーナ様はどうしてハーヴェイル様がお好みになった石を私に探させるのか。なぜハーヴェイル様の瞳の色とカメオの石の色は違うのか。どうして侍女たちは頑なにハーヴェイル様の話をガーゼルド様にしないのか。どうしてユリアーナ様の宝石箱の中身に偏りがあったのか。
そもそもなぜ、ユリアーナ様はハーヴェイル様がお好みになった石が分からないのか。
そういう疑問点がウワーッと押し寄せてきて、私の中である仮説が音を立てて組み上がって行く。カメオのピンクダイヤモンド。ルベライト色の瞳のガーゼルド様……。
「……ガーゼルド様。ユリアーナ様にその瞳の色について何か言われた事はありますか?」
私が問うとガーゼルド様は間をおかずに首を横に振った。
「いや、一度もないな。母が私の容姿について何かを言ったという記憶はない」
私は目を瞬く。
「本当ですか? 一度も?」
「ああ」
これほどの美男に育った息子に対して容姿に対する褒め言葉一つ掛けた事がないらしい。
「私は母に何かを褒められた経験がほとんどないからな……」
ガーゼルド様はさりげなく仰ったが、それで私はピンときた。
「……それは、ガーゼルド様が私に明かしていない秘密の一部なのではございませんか?」
ガーゼルド様は一瞬硬直し、それから私の事をまじまじと見詰めた。ルベライト色の瞳に非難の色が混じっている。
「……どうして分かった?」
「今回のお話にも関わる事でございますけど、その、ユリアーナ様とガーゼルド様は関係が薄いのではないかと以前から思っておりました」
ガーゼルド様とユリアーナ様が直接会話をしている所はほとんど見たことがないし、親子らしい親愛に満ちたやり取りをしている様子もない。ユリアーナ様とイルメーヤ様はよく仲良く戯れあっているにも関わらず。
女親と成人した男性なんてそんなものなのか、とそれほど気にはしていなかったのだけど、そのよそよそしい態度が幼少時から同じであるとなれば話が変わってくる。
そしてガーゼルド様には厳重に秘密にされていた亡くなった兄君の秘密。それを考え合わせると……。
「……ユリアーナ様は亡くなった兄君の事が忘れられずに、ガーゼルド様の事をあえて遠ざけてお育てになった、という事でしょうか」
あるいはあまりにも親密に育てていたせいでハーヴェイル様を失った時の悲しみがあまりに大きかったため、ガーゼルド様はあえて親密に育てなかった、という事も考えられる。
私の推測を聞いてガーゼルド様はしばらく私の事を睨むように見詰めていたが、やがてはぁと息を吐いた。
「……私は乳母も二歳の時に失ってな。それからは抱いてくれる女性がいない状態で育ったのだ……」
ガーゼルド様が言うにはユリアーナ様はガーゼルド様によそよそしく、乳母もいなかった彼は女性からの親愛の情を知らずに育ったものらしい。
何しろ公爵家の跡取りだから厳しい教育に耐えねばならず、本来はそのような時に愛情で支えてくれる母や乳母がいなかったガーゼルド様はずいぶん辛い思いをしたようだ。
必然的に他人に甘えず自分に厳しく育ったガーゼルド様は、その時点で既に女性観がずいぶん歪んでいたらしい。というより女性を知らな過ぎて女性というのがどういう存在なのかが理解できなかった、と言っていいだろう。
それが年頃になり急にお妃狙いの女性たちに囲まれ、甘えられ、媚を売られて、女性から愛情を寄せられた事がなかったガーゼルド様はずいぶんと面食らったらしい。それで深刻な女性不信に陥ってしまったようだ。
母性の不在というのは男子の女性観に深刻な影響を及ぼすものだ。孤児院にいた頃も、妙に女性を避ける男の子、逆に女子に暴力的に振るう子がいて、そういう子は大抵捨てられる前に母親と大きな問題を抱えていたものである。
この欠点一つない完璧超人のガーゼルド様が女性を避けていた原因はここにあったのか。私は納得したのだけど、それはそれで、ではどうして私に求婚してきたのかが気に掛かるところではある。
「……怒らずに聞いてくれるか?」
「……なんでしょうか?」
「つまり君は母に似ていたのだ」
最初に会った瞬間から、私はユリアーナ様に色々似ていたのだそうだ。何を考えてるのか分からない所とか、何か秘密を持っていそうな所だとか。妙な存在感だとか。
母親と関係が遠かったガーゼルド様は逆にユリアーナ様を思わせる私が気になった、それが最初のきっかけだったようだ。なるほどね。以降は二人で色々やらかして、ユリアーナ様とは関係なく私を好きになって下さったそうだけど。
「それが秘密ですか?」
「そうだな。この歳になって母親を求めるなどみっともない秘密であろう」
ガーゼルド様は自嘲するように仰ったけど、孤児である私には母親を求めるガーゼルド様の気持ちがよく分かる。全然違う育ちだと思ったのだけど、意外と似た境遇だったのね。私たち。だから気が合ったのかもね。
ガーゼルド様の気持ち。ユリアーナ様の想い。亡くなったハーヴェイル様の思い出。食い違う親子の想い。そして、母の願い、か……。
私はこの人の妻になると同時に、あの人の娘にもなる訳だからね。確かに私が適任だわ。もう少しわかり易い役目を振ってくれれば良かったのに。相変わらずひねくれた、素直じゃない人だ。そうでなければ公妃なんてやってられませんよ、というメッセージなのかも知れないけれど。
「さて、ではガーゼルド様。ハーヴェイル様の宝石を探しに行きましょうか?」
ガーゼルド様は目を丸くした。
「分かったというのか?」
「これだけヒントを頂いて、分からなければユリアーナ様に怒られてしまいますよ」
驚愕の表情だったガーゼルド様のお顔が、緩み、次第に笑顔になって行く。
「さすがは我が婚約者だな。お手並み拝見といこうか」
「お任せくださいませ」
私はガーゼルド様に手を取られ、静かに立ち上がったのだった。
貧乏騎士に嫁入りしたはずが!のコミカライズ二巻が六月六日に発売ですよ!よろしくね!買ってね!





