第四十一話 ケセレン伯爵家の事情(下)
ケセレン伯爵家のお屋敷は帝宮のすぐ近くだった。五代前に戦争で手柄を立てて皇帝陛下から褒美を賜るくらいだから古い家なのだろう。でも、私が覚えていないくらいだから近年は家勢が衰えていたんじゃないかと思う。
お屋敷の立派な玄関前で馬車を降りると、白髪のご婦人が私とガーゼルド様を出迎えた。表情に緊張がみなぎっている。
「け、ケセレン伯爵夫人ルレーニアでございます。皇族の方々のご来訪、誠に名誉な事でございます。あいにく、主人は不在でございまして、ご無礼をお許し下さいませ」
おそらく五十歳前後と思われる痩せた夫人は深々と頭を下げた。私もガーゼルド様も微笑みながらそれを受ける。
「突然の訪問、こちらこそ対応してくれた礼を言わねばならぬ。伯爵も忙しいのだから不在は仕方がなかろう。かまわぬ」
「もったいないお言葉でございます」
伯爵夫人ルレーニア様は私たちを一階奥のサロンまで導いた。落ち着いた内装の、歴史を感じさせるお屋敷だと思ったわね。装飾や置物も良いもので、おそらく事業が失敗するまではかなり裕福なお家だったんじゃないかしら。
サロンに入りガーゼルド様とソファーに並んで座る。古風なテーブルに侍女がお茶を並べる。そのティーセットも古いけどかなり上等なものだ。
侍女は三人。お仕着せも綺麗に洗濯されアイロンも掛かっていた。皇族が来たから慌てて新しいものを出したという雰囲気ではなく、普段から綺麗にしているようだ。
掃除も行き届いていてガラス窓にも一つの曇りもない。お茶を飲んでみるけど上等の茶葉だった。ふむ。事業に失敗したいう割には、それほど困窮しているようには見えないわね。
ガーゼルド様に目をやると、彼もティーカップをジッと見ていた。おそらく私と似たような感想を持ったのだろうね。
「そ、それで? 皇族の方々が緊急で我が家に何のご用でございましょうか?」
ルレーニア様が慎重な口調で仰った。ガーゼルド様は頷くと、自分の従卒に命じてテーブルの上に例のネックレスのケースを置かせた。それを見てルレーニア様が目を丸くする。
「そ、それは……」
「ふむ。覚えはあるようだな」
ルレーニア様はコクコクと頷いた。
「それはもう。私のネックレス……、だったものです。夫に売られてしまいましたが」
私のとは言っているけど、ケセレン伯爵家の財産だったのだから、売却を決める権利は家長の伯爵にあった筈だ。その口調からすると、反対したけど止められなかったと言ったところだろうか。
ガーゼルド様は自分でケースを開いて中のルベライトが7つ連なったネックレスを夫人に見せた。
「間違いないか?」
「はい。間違いありません。……これをどうして皇族の方々が?」
これには私が答える。
「私の所に出入りしている宝石商人が勧めてきたのです」
嘘は言っていないわよね。ルレーニア様はやはり驚いたようだった。
「こ、これをレルジェ様にですか?」
ルレーニア様にもこのネックレスが皇族に相応しいとは思えなかったからだろう。私は続けて言った。
「なんでも、触れ込みではこのネックレスは滅びた王国の秘宝だったとか。それで私は興味を持ったのですが、そんなの本当かどうか分かりませんでしょう? それで、元々の持ち主であるケセレン伯爵家に事情を伺おうと思って」
すると、ルレーニア様は少し厳しい表情をした。
「これが当家所有だったと宝石商人から聞いたのですか?」
あ、しまった。これだとハイアール男爵が顧客の秘密をバラした事になってしまう。下手をすると契約違反で男爵の首が飛んでしまう事態だ。私は内心で大慌てになりながら表面上は優雅な微笑を浮かべて言った。
「いえ、先日のお茶会で同席した方に披露したところ、ルレーニア様が着用していたような気がする、と仰っていたのですよ」
嘘の上塗りだけど仕方がない。幸い、ルレーニア様は納得したようだった。ルレーニア様はこれを最近までよく着用していたから、私の知り合いの貴族夫人が見ていてもまぁおかしくはない筈。
「と、いうわけなのだ。私も婚約者も宝石が好きでな。これが秘宝という事なら、是非とも由来が知りたいのだ。教えてはくれぬだろうか」
ガーゼルド様が身を乗り出して言うと、ルレーニア様は若干引きながら頷いた。
「は、はぁ、それは構いませんが、滅びた王国の秘宝ですか? そんな事は初耳でございますけど……」
ガーゼルド様は目を丸くする。私も少し驚いた。
「知らぬとは? 何か伝来はないのか? ……何代前から伝わっているとか」
「それは、確か五代前から伝わってるとは聞いておりますけど、どのような品なのかはよく分からないのです」
ルレーニア様が言うには、実はケセレン伯爵家は二代ほど前に後継争いで大揉めに揉めた時代があって、その時には一週間ごとに当主が入れ替わる大混乱だったそうだ。
その時に財産の奪い合いが起こって宝物庫を荒らしてしまった結果、家宝の伝来がほとんど失われてしまったのだそうだ。それはまた……。
歴史ある伯爵家の宝物だから数も多かっただろう。口伝でその伝来を残すのは限界があるので、書き付けか何かが付属していたのだと思われる。それが揉め事の最中に失われてしまったという事だ。
宝飾品の価値には伝来の付加価値が含まれるので、その伝来が失われたらその宝飾品の価値は下手をすると半減してしまうかもしれない。なるほど伯爵がハイアール男爵にこのネックレスを売った時、あんなあやふやな言い方をした訳だ。
「伝来が失われたのに五代前から伝わっていると分かるのはなぜなのだ?」
ガーゼルド様が鋭い指摘をなさったが、これは空振りに終わった。
「そのケースに、五代前の伯爵のサインが入っていますので」
見てみるとケースの端に掠れたサインが残っていた。なるほど。これは盲点だった。私は宝石の記憶しか見ていないからね。
「その、これが滅びた王国の秘宝だとなぜ思われたのでしょうか?」
ルレーニア様は不審げな顔で仰った。もっともな疑問だろう。元所有者の自分も知らないことを何故私たちが知ってるのか。これは確かにおかしい。
しかしガーゼルド様は顔色一つ変えずにしれっと言った。
「売り込んだ商人が適当な事を言ったのだろうな。商人は売り込むためならいい加減な事を言うものだ」
皇族にそんな出鱈目付きで売り込みなんかしたら、宝石商人が不敬の罪で首刎ねられちゃうけどね。
しかし、元所有者の伯爵夫人がネックレスの伝来を知らないとは予想外だった。私は少し考えて言った。
「このネックレスは分解して、ブローチとしても使えるようになっていますね」
「え、ええ。よくお気付きで」
「このルベライトは最初から七つしかなかったのですか?」
私の問いにルレーニア様がさっと顔色を変えた。私もガーゼルド様もそれを見逃さない。私は追求する。
「もしかしたら、九つあったのではありませんか? そしてその二つはまだルレーニア様が所有しているのでは?」
ルレーニア様は私の言葉を聞いて明らかに動揺していた。これは、当たりかな?
「九つ? 八つではなく?」
「奇数でないと胸の中央にメインの石がきませんでしょう?」
ガーゼルド様の小声の問いに私も小声で返す。
おそらくだけど、ルレーニア様は売却に行くという伯爵にネックレスを渡す際に、中央の石ともう一つを外したのだ。
おそらく惜しくなったからだろうね。中央の石は他の高位貴族が見ても称賛するような見事な石だったようだから。
夫の伯爵はそこまでは確認しないと踏んだのだろう。それでネックレスから二つ外して何食わぬ顔で伯爵に渡したのだ。
ネックレスとしては使えなくてもブローチとしては使える。ルレーニア様としては自分の意向を無視してお気に入りの宝飾品を売ってしまう夫へのせめてもの抵抗だったのだろう。
「な、なぜそれを……」
ルレーニア様は顔色を白くして震えていたわね。私はつけ込むように畳み掛ける。
「おそらく中央にだけ特別な石が付いていたのでしょう? 他とは違う。そうではありませんか?」
「お、お許しくださいませ! け、けして、けして皇族の方を謀る目的では!」
ルレーニア様は必死に謝罪したが、もちろんそんな筈はない。何故ならハイアール男爵が私にこのネックレスを持ち込む事などルレーニア様が知るはずがないからだ。私は彼女を安心させるために微笑んだ。
「分かっておりますとも。ですけど、私はこのネックレスの謎を知りたいと思っておりますの。ぜひ、その残りの石を見せて頂けないかしら」
私の言葉にルレーニア様は何度も頷き「少々お待ち下さいませ!」と叫んで自らサロンを飛び出して行った。
「ふむ、よくあの夫人がメインの宝石を隠している事が分かったな」
「石の記憶からすると、ルレーニア様はこのネックレスがお気に入りだったようです。それなのに、ネックレス自体にはそれほど未練はなさそうでした」
であれば一番大事なメインの石を抜いて隠しているのではないかと思ったのだ。貴族婦人の宝石に対する執着は強いからね。
「さて、君はネックレスのメインの宝石はなんだと予想するね? 私はやはりルビーかレッドスピネルではないかと思うのだが」
ガーゼルド様はニヤッと笑って仰った。ふむ。私も応ずる。
「私はガーネットではないかと思います。ルビーではルベライトとあまりにも色が似過ぎていて目立ちませんもの」
あれほど中央の石に見た者の視線が吸い寄せられているのだから、何か他の石とは違った特徴がある筈である。
「面白い。賭けようではないか」
ガーゼルド様が挑戦的な口調で仰った。お貴族様は賭けが好きね。
「いいですわよ。何を賭けるのですか?」
「そうだな。お互い『自分が相手に隠している秘密』を一つ明かす事にせぬか?」
「秘密?」
私はキョトンとしてしまう。……私にガーゼルド様に隠し果せている秘密なんてもう無い気がするけど。この人はどうも私の事を徹底調査したみたいだからね。
……ならいいか。もしも私負けても、もう何もかもガーゼルド様が知っているなら損はないわけだ。
……ガーゼルド様が隠している秘密ってなんだろうね? そっちの方に興味が湧いてきたわよ。
「いいですよ」
「では決まりだな」
賭けの約定が決まったところでルレーニア様が戻ってきた。少し息を切らしている。そんなに急がなくても良かったのに。
「こ、こちらにございます
テーブルの上に丁重に置いたのは、手の平サイズの黒い小箱だった。ありふれた宝石入れなので元々あのネックレス用にあつらえられていたものではなく、何か別のものを流用したのだろう。
「開けても?」
「も、もちろんでございます」
私は頷くと箱をそっと開いた。
……中には赤い大きな宝石を、小さな沢山のダイヤモンドが取り巻いたものが二つ入っていた。一つはネックレスの他のものと全く同じルベライト。
そしてもう一つは……。
「……あれ?」
私は目が点になってしまう。
そこにあったのは桃色の濁った宝石。やはりルベライトだったからだ。
もちろん、他と同じではない。石が少し大きめで質の高いダイヤモンドで囲まれており、そして銀の細い線で装飾されていた。
しかしそれだけだ。石自体はお世辞にも一級品とは言い難いルベライト。発色も透明度も他の八つとどっこいどっこいだ。どういう事なのか。
私も当惑したが、ガーゼルド様も驚いたようだった。
「これで全部なのか?」
「え、ええ。そうでございますが」
ルレーニア様が嘘を言っているとは考え難い。嘘を吐く意味がないからだ。
しかしそうであるなら、このネックレスを見た人は、このなんの変哲もない二級品のルベライトをあれほど賞賛していたという事になる。いったいどういう事なのか。
うーんと考え込む私とガーゼルド様をルレーニア様はオロオロしながら見ていた。皇族の機嫌を損ねたと思ったのだろう。
「ど、どう致しましたか?」
「……伯爵夫人。このネックレスを着用していた時、これを見た者たちの反応を教えてくれぬか? なんでもいい」
ガーゼルドのお言葉にルレーニア様は考え込んでしまう。
「え、ええとですね。不思議とこの中央の赤い宝石が褒められました。『神秘的な輝きだ』とか『煌めきが素晴らしい』とか」
その辺は私が他の石の記憶を読んで見た通りよね。しかしルレーニア様はややがっかりした口調でこう呟いた。
「しかし、この宝石をブローチにして付けても、全く気付かれないのです。何が違うのでしょうかね」
ネックレスを売った後に、このメインの石をブローチとして着用して社交に出た事があるのだろう。しかし、思った程見た者の関心が引けなかったという事だろうね。
? ネックレスとして使うのと、ブローチとして使うのとでそれほど評価に差が出るものだろうか。確かにネックレスの方が目立ちはするけど。
「ふむ。興味深いな。どう思うね、レルジェ」
ガーゼルド様の言葉に私は首を捻る。
「そうなると、何か仕掛けだとしか思われませんね」
「仕掛け?」
「ええ。宝飾品には仕掛けが施されてるものがあります。動くと震えて光を散らしたり、光の入り加減が変わって色が変わったりするのです」
他にはバネの力で時間の経過とともに花びらが開くようになっている髪飾りなんてのも見た事がある。
「何かネックレスの形になった時にのみ、発動する仕掛けがあるのではないでしょうか。……皆目見当は付きませんが」
メインの石を見ても複雑な装飾が施されている以外は普通の宝石に見える。ネックレスにした途端、何か劇的な変化が起こる仕掛けなど想像も付かないわね。
すると、メインのルベライトを手に取って見ていたガーゼルド様が「うん?」と唸った。何かに気が付いたようだ。
「……ほほう。なるほどな。これは、君では分からぬだろう」
ぬぬ? 聞き捨てならない。宝石に関して私に分からなくてガーゼルド様に分かることがあるなんて。私が目付きを鋭くしたことに気付いたのか、ガーゼルド様がイタズラっぽく笑った。
「論より証拠だ。これを君が着けてみればいい」
意外な提案だったけど、理には適っている。確かに着用するとどう変わるかを見れば仕掛けも判明するだろうから。
私はネックレスに夫人によって外されていた石を付け直し、侍女のリューネイに手伝ってもらって
自分の首に掛けてみた。何しろ大きめなルベライトが九つも付いているネックレスなので、重いし長いしで一人ではとても付けられない。結局は伯爵家の侍女にも手伝ってもらってようやく着用に成功する。
九つ全部をセットすると、ネックレスはかなり長くなり、中央の石は私の胸元に収まった。外出着であまりデコルテの開いたドレスじゃなかったからいいけど、夜会ドレスだったらガーゼルド様にそこを見詰められるのはちょっと恥ずかしかったかもね。
こうして着用してみても、特になんの変哲もないルベライトにしか思われないのよね。私は首を傾げたんだけど、ガーゼルド様はじーっと私の胸元を見詰めている。……前言撤回。外出着でも恥ずかしいわこれ。
「あの、ガーゼルド様?」
「ああ、始まったな」
ガーゼルド様の言葉に中央のルベライトに目をやると、驚くべき現象が起こっていた。
なんと中央のルベライトが強い輝きを放って明滅していたのだ。な、何事? よく見てると、どうやら石の周りで微細な火花が散って、それがルベライトを輝かせているようだ。どういう仕掛けなのか。私はよく見るために手を伸ばしたのだけど……。
「触ってはならぬ!」
とガーゼルド様に怒られた。え? っと思った瞬間、ルベライトが「バチン!」と音を立てる。驚いて見ると、ルベライトの周りにはバチバチと幾つもの火花が浮かんでいた。何これ! 怪現象に私は硬直し、リューネイは「レルジェ様!」と悲鳴をあげる。
その時、ガーゼルド様の手がさっと動いて火花を起こしていたルベライトを掴む。そして軽く捻って引っ張ってネックレスから外してしまった。途端に怪現象は収まった。私はドキドキする胸を抑えながら安堵の息を吐く。
「な、何が起こったのですか?」
ルレーニア様は肝を潰した表情で呆然と呟いた。ガーゼルド様はネックレスから外した、今はもう普通の状態のルベライトを窓にかざしながら少し得意げな口調で仰った。
「魔法だな」
「「魔法ですか?」」
私とルレーニア様の声が意図せず揃う。ガーゼルド様は頷くと説明してくださった。
「大した魔法ではない。ここに魔法印が施してあって、着用すると着用した者から魔力を吸って、少し発熱するようになっている」
それを聞いて私はハッとなった。
「電気石!」
ルベライトはトルマリンの一種である。
トルマリンには面白い性質があって、熱したり圧力を掛けると静電気を帯びるのである。
もちろん、ほんの微弱な静電気なのでせいぜい埃を吸い付けるくらいなんだけどね。しかし何かの拍子に身体に帯びた静電気は、ドアノブに触ろうとした時などに火花を発することがある。
なのでトルマリンも強い静電気を帯びれば、火花を起こしてもおかしくない。おそらくそういう仕掛けなのだろう。
「そうだ。ルベライト一つでは弱い静電気しか起こらぬから、複数のルベライトを連結して中央でのみ火花を起こす構造になってるようだな。よく出来ている」
それでブローチ状にした場合は火花が起こらず、輝きが弱くなってしまったのか。
「し、しかし、私が着用していました時には、あのような火花は起こりませんでしたが」
ルレーニア様が当惑気味に言ったけど、ガーゼルド様は自明の事のように仰った。
「それは夫人よりレルジェの方が魔力が大きいからだ。おそらく製作者もレルジェほど魔力が多い者がこれを着用することは予想していなかったのだろうな」
それで私が着用したら、あんなお祭りのような大騒ぎになってしまったのか。普通の人ならばたまに火花が散ってルベライトを妖しく輝かせるくらいの効果しかないのだろう。
「よく気が付きましたね」
「魔法印は初歩の初歩だからな。それに、よく使われるものでもある」
服に使って防寒効果を持たせたり、逆に涼しくするような使われ方を普通にしているそうだ。知らなかった。
「ただ、ルベライトの特性を活かした仕掛けと繊細な細工。なるほど、これは秘宝だな」
ガーゼルド様は納得していたけど、私が思うにこのネックレスのルベライトは元々はどれも秘宝に相応しい品質のものだったと思うのだ。
しかしこんな魔法の仕掛けで何度も熱を加えた結果、細かな亀裂が入って透明度が下がってしまったのではないだろうか。そういう意味ではこの仕掛けは見事だけど、宝石屋としてはあんまり歓迎出来ないものだとも思う。
……とりあえず納得した私だけど、気になることが一つ残っていた。私は楽しそうにルベライトを眺めるガーゼルド様を睨んで言った。
「それはそうと、ガーゼルド様。手を見せてください」
「手?」
「さっきのあれで手を火傷したでしょう? 見せて下さい」
私に言われて、ガーゼルド様は少しバツが悪そうな表情になった。差し出した指先が赤くなっている。
「あんな火花が散るほどだから、かなり加熱されていた筈です。私は感じませんでしたけど」
おそらく魔法印とやらで着用者には熱が伝わらないようになっているのだろう。ガーゼルド様が私が触るのを止めたのは、私を火傷させないためだったのだ。
「が、ガーゼルド様!」
悲鳴を上げたのはルレーニア様と伯爵家の侍女たちだった。皇族が自邸で怪我をしたなんて事になったら大問題になってしまう。私は即座に言った。
「大丈夫ですわ。ルレーニア様の責任ではございません。私たちが勝手にやったこと。ですけど、冷やすための氷を少し頂けませんでしょうか?」
侍女が即座に厨房まで飛んでいって氷を出してくれた。私はそれをハンカチで包んでガーゼルド様の指先を冷やす。
「大した事はないのだぞ? 私は銃も扱うからな。火傷はしょっちゅうだ」
「そうかもしれないけど、そういう問題ではありませんよ」
私のせいで、ガーゼルド様が無用な怪我をしたというのが問題なのだ。それはなんというか、凄く衝撃的な事で、この事で彼はおそらくどんな時でも、そのようにして私を身を挺して護ってくれるのだということが分かってしまった。
そしてこの人はもしかして、いやきっと、私が知らないところでもこんな風にして自分を傷付けながら私を守っているのではないか?
そんな事に気が付いてしまって、私はなんだかいたたまれない気分になってしまった。彼の事がまともに見れなくなった私は、俯きながら彼の手を逃さないようにしっかり握って、自分の指が冷たくなるのも構わず、婚約者の指に氷を当て続けたのだった。
◇◇◇
結局、私はあのネックレスをハイアール男爵から購入し(二万リーダで買うと言ったら男爵は仰天してたわね)、ルレーニア様から残り二つのルベライトも購入した。
ルレーニア様は喜んで売ってくれたわね。彼女としては、この石はブローチとしてはただの二級品だと分かったのだから所有にこだわる理由はないし、私に直接売ることで皇族と繋がりが出来るのもメリットが大きいと考えたのだろう。
私は一万リーダで購入したから、それを金策に奔走する夫に渡せば夫に対して今後強い態度にも出られるし、二度と同意なく宝飾品を売られるような事もなくなるだろうしね。
まぁ、私がこのネックレスを社交で使うなら、ルベライトは全部新しい一級品に入れ替えないとダメだと思う。面白い仕掛けはあるけど、それだけでは皇族の宝飾品としては格が不十分だから。
ただ、私の魔力ならメインの石のブローチだけでも十分光るらしいから、それくらいなら話題作りのために着用するのはいいんじゃないかしら。
私がルレーニア様から石を買うと言い出した時、ガーゼルド様はちょっと驚いていたわね。
「面白い仕掛けだとは思うが、君が興味を惹かれたのは意外だな」
そうね。私は大体宝石にしか興味がないから、魔法の仕掛けを気に入ったのは意外に思えるだろうね。私はその辺は笑って誤魔化した。
そのね、ちょっと本人には言えなかったのだ。
あの火花に包まれて不思議な輝きを放つルベライトの色が、今まで沢山見たルベライトの中でも一番、ガーゼルド様の瞳に似ていたから欲しくなった、なんていう事は。