第四十話 ケセレン伯爵家の事情(上)
宝石というのは家の資産だ。
元々、現在のように貨幣の価値が安定していなかった時代、自分の財産を保管する為に資産を金や宝石に換えたのが、王侯貴族が宝飾品を多数保有するようになった理由である。
現在では貨幣や銀行に預けるなどして資産を保管出来るようになっているものの、いざという時に持ち出せること、後は隠し資産として保管するのに都合が良いことから、未だに貴族達は資産のかなりの部分を宝飾品に換える。
なのでご婦人の着用している宝飾品が、ご婦人個人の所有である事は、余程の高位貴族か皇族ででもない限りほとんどない。大体はお家の財産なのだ。
お家の財産なのだから、お家の財政が危機に陥れば当然売却されて資金にされてしまうことになる。大きな出来事が起きて緊急で資金が必要な場合には急いで宝飾品の売却が行われるわけね。
例えば結婚式、嫁入りには多大な費用が必要なため、宝飾品が売られ易い。事業が失敗して資金が必要な際にも宝飾品が放出される。戦争が起こると軍備を整えるためにやはり売りが増えるので、宝石商人としては戦争は稼ぎ処になると教えられた事もあるわね。
ただ、宝飾品は女性の身を飾るために使われるので、どこの家がどんな宝飾品を持っているかは結構知れ渡ってしまうのよね。
だから宝飾品が売られるとすぐにバレてしまうのだ。あら、最近あのお気に入りだった髪飾り見ませんわね。お売りになったのかしら。みたいに。貴族夫人は目ざといからね。
そうすると、今度はその貴族家の懐具合が詮索されてしまう事になるのだ。あんな高価な宝飾品を売ったという事は、何か資金が必要な事情があった筈だと。それがもしも大借金とか破産とかいう大問題だった場合、親しい家などは巻き込まれる可能性があるわけである。
簡単に高価な宝飾品を売ってしまうと、それが妙な噂になってその家との付き合いを控えるとか、融資を引き上げるとかいう騒ぎになる可能性がある。なので貴族はそう簡単に高価な宝飾品を手放さないし、売るにしても段々と着用の頻度を落としていき、売ったことが周囲になるべくばれないように配慮するものだ。
他には売りに出す宝飾品のイミテーションを作成する場合もある。二級品の宝石を使うとか、ガラス細工で代用した模造品を、高額な宝飾品を売却した事がバレないように代わりに身に着けて社交に出るのだ。まぁ、これは鑑識眼のある貴族婦人にはバレてしまう方法だけどね。
宝飾品は個人売買される場合もあるけど、資金に換える時は宝石商人に売却する事が多い。その方が売った事が噂になり難いからね。宝石商人はもちろん、そういう売買の情報は絶対に秘匿する。口が軽い人間は絶対に宝石商人にはなれない。なれたってすぐにお貴族様に首を落とされてしまうだろう。
ただ、宝石商人は取引相手の貴族の事はちゃんと調べるから、もしもそのお貴族様が本気で困窮している場合などには買い取りを断る事もある。もしもその貴族が大借金を抱えているような場合、債権者が売った宝飾品の所有権を主張してくる場合があるからだ。債権者が大貴族だった場合など、抵当権がとか所有権の移転は済んでるなんて話をしても無駄だ。身分には勝てないからね。だから安全の為に断るのである。
逆に、それが一時的な急場をしのぐだけで、その貴族に確かな財政基盤があるような場合などは、恩を着せるために相場を無視して高額での買取をする場合もある。商売というのはつくづく綺麗ごとではないのよね。
その日、私の所に持ち込まれた話はそういう宝飾品の買取にまつわる話だった。
ハイアール男爵。ヴェリア様の専属宝石商人であり、その流れで私とも関わりが多く、先だっての四色ダイヤのネックレスの話でも役立ってもらったため、このままいけば私の専属になるかもしれない商人である。本当は私としては元雇い主のロバートさんを専属にしたいんだけど、支援をしてもまだまだ皇族の専属になるには店の規模が足りないのだ。
結婚式に向けて私は宝飾品を継続的に購入していた。公爵家の結婚式に使うような宝飾品はそう簡単には作れないため、少しずつ作成して納品してもらっているのだ。ヴェリア様の時は三か月でパリュールを納めろという無茶ぶりでハイアール男爵は泣いてたけど、私はそんな無茶は言いませんよ。結婚式は一年以上先の予定だ。
その日は指輪の納品で、宝石の品質にも指輪部分の仕上がりにも全く問題は無く、私は一目見て頷いた。ちなみに、私も次期公妃になったらこういう宝石購入や手入れの仕事を侍女に任せなければならないらしい。面倒くさいけどそれが伝統というものなのだそうだ。
「ご苦労様でした。ハイアール男爵」
私が言うと男爵は一度立ち上がり、跪いて頭を下げた。商人時代は格上の商人で男爵なのでかなりえばっていた彼に跪かれるのは、相変わらず妙な気分だったわね。
「そうそう。レルジェ様に是非見て頂きたい品があるのですよ」
男爵はソファーに座り直すと、思い出したようにトランクの中から一つのケースを取り出した。大きめのケースだ。
「こちらなどはいかがでしょうか?」
今日は指輪の納品だけの予定だったけど、何か良い品が入ったのでついでに営業して行こうというつもりなのだろうか。商人は商魂たくましいわね。私はそう思って頷いた。許可を得たハイアール男爵はケースを慎重な手付きで開く。
出てきたのはネックレスだった。開けた瞬間窓から差し込む光でキラキラと輝いて眩しいくらい。赤い大きな宝石が小さなダイヤモンドで装飾されていて、それが七つ連なっていた。ふむ……。
「ルベライトですか」
「さすがですな」
ハイアール男爵は感心したように言ったけど、これは能力を使わなくても分かる。何しろ私は最近、張り切ったイルメーヤ様が頻繁に持ち込む「お兄様の瞳の色の」宝石、ルベライトを何度も見せられていたからね。
「……これを私に勧める、と?」
私は思わずハイアール男爵をチラッと見る。男爵は愛想笑いを浮かべながらも少し真剣な目で私の事を見ていた。……うーん。私は少し迷った。
というのは、このルベライトのネックレスは、私に売るにはやや質が低い物だったからだ。
私は準皇族である。皇族の身に着ける宝飾品はとにかくずば抜けて最高級品でなければならない。これは私が好む好まざるに関わらず、そう決まっているのである。そうでないと貴族社会の秩序が保てないからね。私個人としては二級品の濁りの多い宝石も味があって好きなんだけどね。
ルベライトの品質はまず発色。ルビーと同じくピジョンブラッドと称される赤みの強いものが良いとされる。ルベライトはトルマリンの内、濃い赤の発色を持つ石の事なので、何より色が重要視されるのだ。
次に透明度。ルベライトは濁った石が多いので、クリアな石は希少である。最後に大きさだけど、ルベライトそのものはそれほど希少な石ではなく、大きさだけならかなり大きなものもあるので、やはり発色と透明度が大事なのだ。
その観点から見ると、このネックレスのルベライトは大きいけど色味が薄く、透明度は内容物が多くて非常に低い。ルベライトは品質を問わなければそれほどの希少石ではないので、この品質では皇族の前に出すに相応しいとは言えないだろう。
だけど既に皇族の御用商人として帝宮に出入りしているハイアール男爵がそんな事を知らない筈がないのよね。私はハイアール男爵に言った。
「……借りを返せという事ですか?」
ハイアール男爵は我が意を得たというように目を細めたが口ではこう言った。
「なんの事でございましょうな。一介の商人が皇族たるレルジェ様に貸しなど作れる筈はございますまい」
……先だっての四色ダイヤの騒ぎの時に、私はハイアール男爵以下の宝石商人をいわば「ダシ」に使った訳である。商人がそんないわばタダで利用されるような真似を甘受する筈がない。
商売は舐められたらお仕舞いである。例え相手が皇族であっても貸しは返してもらう。それが商人の心得だ。まして私は元商人仲間。商人の仁義は分かってるだろう? とハイアール男爵は視線で言っていた。
そうね。確かにハイアール男爵をタダ働きさせたのは悪かった。それに、皇族になってしまった私を彼らが未だに商人仲間扱いしてくれるのは嬉しくもある。私は頷くと、ルベライトのネックレスをジッと視た。
……? 浮かび上がってきた宝石の記憶を視て私は少し驚いた。顔には出さなかったけどね。私はしばらくネックレスを睨んでいたけど、やがてハイアール男爵にこう言った。
「……よく見たいから、しばらく預からせてくださいな。よろしくて?」
「もちろんでございます。是非、よろしくご検討ください」
ハイアール男爵は二つ返事で了承したけど、その表情には明らかな安堵の思いが浮かんでいた。
◇◇◇
私は私室でルベライトのネックレスを睨んで考え込んでいた。うーん。これはちょっと、複雑な話が絡んでいるっぽいのよね……。どうしたものか。
すると侍女のリューネイがやってきて言った。
「ガーゼルド様がお見えになりました」
あら、珍しい。お忙しいガーゼルド様が私の部屋までお見えになる事は滅多にないことだ。私たちが会うのは大体皇太子殿下ご夫妻と一緒のお茶会だもの。後は夜会とか。私たちは完全にプライベートな状況で会う事が未だにほとんどないのだ。
そんなだから皇太子殿下に「お前たちには恋人同士らしい行動が足りない!」と怒られちゃう事になるんだけどね。それを気にして来てくださったのかもしれない。
私は応接室に移動してガーゼルド様を出迎えた。ガーゼルド様は軍服姿で、明らかにお仕事中に少し抜け出してきたといった風情だった。
「君が今日は時間が空いてると聞いたのでな」
もちろん皇太子殿下かヴェリア様から聞いたのだろう。ガーゼルド様はお二人の護衛隊長が現在の主なお仕事だから。
ガーゼルド様は私の手にキスをすると微笑んで私を見つめたのだが、すぐに気が付いた。
「どうした。なんだか悩んでいるような顔をしているな」
相変わらず鋭い方だ。私だってお貴族様修行で感情を隠す微笑みを身に付けてると自負しているのに。この方には結婚しても隠し事は出来なそうだ。
「悩んでいるという程でもないのですが腑に落ちない事があるのです」
「ほう? 君にそんな顔をさせるものに興味があるな。宝石の話なのだろう?」
「なぜ宝石の話だと分かりましたか?」
「君が本気で興味を持つのは今のところ宝石についてだけだからな」
ガーゼルド様は自明の事のように言った。
私は私室から例のルベライトのネックレスを運ばせて、ケースを開いてガーゼルド様に見せた。ガーゼルド様は即座に言った。
「ルベライトだな。しかも、あまり良いものではない」
彼は私の許しを得てからネックレスを手に取る。
「ふむ。デザインは悪くないし、君に似合うとは思うが、君が悩んでいる理由はその事ではないのだな」
私は頷く。
「これを持ち込んできたのはハイアール男爵なのです」
「ふむ。この間の貸しを返すために、二級品を高く買え、という話ではなさそうだな。何か曰くがあるのか? このネックレスに」
ガーゼルド様は鋭いので話が早い。細かい説明がいらないのは助かる。
「『視て』みたところこれはケレセン伯爵家からの出物らしいのです」
「ケレセン伯爵家? 南方に領地を持つ貴族だな。……ああ、そういえば何やら事業に失敗したとかいう話だったな」
さすがは情報通のガーゼルド様だ。私は宝石の記憶で分かった事を言う。
「そうです。どうもケレセン伯爵家は事業失敗の穴埋めのためにこのネックレスを売って資金を作ろうとしたようですね」
それでハイアール男爵の店に伯爵本人が直接持ち込んだようだ。ハイアール男爵は帝都の表通りに立派な店を持ってるからね。
査定したハイアール男爵はこれはそれほど高価な品ではないと判断。持ち込んできたケレセン伯爵に「五千リーダ」の値を提示したようだ。まぁ、妥当な線だと思うわね。
しかしこれを聞いてケレセン伯爵が怒った。
「これの価値はそんなものではないはずだ!」
なんでも五代前から伝わる家宝だという事だった。宝飾品の価値というのは確かに伝来や曰く因縁で大きく変わることがないではない。
しかしながら今回の場合、ケレセン伯爵も実は由来をよくは知らないらしい。なにそれ。だが伯爵は絶対これは素晴らしいモノなのだと言い張った。
ハイアール男爵としては「それでは買取は出来ません」と言えばいいところだったのだけど、どうもハイアール男爵もこのネックレスに怪しい雰囲気を感じ取ったらしい。一流の宝石商人の勘というやつね。
で。結局根負けして。男爵は一万リーダでこのネックレスを買い取ったのだった。相場の倍である。ケレセン伯爵はそれでも不満そうだったけどね。
さて、買い取ったは良いけど、ハイアール男爵にはこのルベライトのネックレスの由来が分からない。分からないと伝来の価値が値段に乗せられなくて男爵は赤字を出してしまう。
困ったハイアール男爵はふと「そういえばこういう鑑定はレルジェが得意だったな」と思い出したというわけだった。商人時代、ギルドに持ち込まれる怪しげな宝石を、私が宝石の記憶を読んで鑑定していたのである。なので能力の内容までは詳しくは知らないけども、私がこの手の鑑定が得意な事は男爵も知っていたのだ。
それでこの間の貸しを回収する意味もあって、このネックレスを私の所に持ち込んで来たのだった。そこまで聞いてガーゼルド様は首を傾げた。
「君が断ったらどうするつもりだったのだ。男爵は」
言葉に少し不機嫌な響きがあるのは、私がいいように使われてると感じていらっしゃるからだろう。私は苦笑しながら言った。
「私なら断らないと思ったのでしょう」
「なぜだ?」
「私も宝石についての面白い話は好きですからね」
宝石商人時代にも胡散臭い宝石がギルドに持ち込まれると喜んで鑑定に出向いたものだ。ハイアール男爵は私のそういう所を知っているから、この話を私に持ち込んだのに違いない。
「確かに君も結構好奇心旺盛だからな」
「ガーゼルド様ほどではございませんよ」
この人は好奇心旺盛な上に、私よりもずっと行動派で骨身も惜しまないからね。
「で、どうなのだ。このネックレスは。君がそんなに悩んでいるくらいだから、一筋縄ではいかない物なのだろう?」
……ガーゼルド様の言う通りである。
「……このネックレスは、元々は帝国に滅ぼされた王国の秘宝だったようですね」
ケレセン伯爵は五代前と言ってたけど、百年くらい前の話みたいね。アーバイル王国という国が帝国に負けて滅ぼされてしまった。まぁ、王族は降伏してあんまり血生臭い事にはならなかったんだけど、王族の財産は殆ど没収されて、宝物は戦争に功があった帝国貴族に褒美として与えられた。
その時に、当時のケレセン伯爵が賜ったのがこのネックレスだったのだ。
「ふむ。アーバイル王国な。確かに裕福な国だったと聞いている。そこの秘宝であれば確かに付加価値が付いてもおかしくないな」
滅んでいるとはいえ、王国の秘宝だったという伝来を好む貴族もいるだろう。そういう顧客に売り込めば、ハイアール男爵も損をしないで済むと思われる。
ちなみにこの場合、公文書を調べればケレセン伯爵家が本当にこのネックレスを皇帝陛下から賜ったのかどうかは分かる筈なので、それを証拠にするのである。
「それならば君が悩むような所は何もないな。他に何かあるのか?」
私は頷いた。
「実は、このネックレス、元々は七つ全てがルベライトだったわけではないようなのです」
「? というと?」
私は中央、着用すると顎の下に来る所にある赤い石を指し示す。
「この中央の石は元は何か違う石が使われていたようなのですよ」
宝石の記憶からすると、どうもそうみたいなのよね。
アーバイル王国の王族が使用していた時代はもとより、ケレセン伯爵家所有の時代もそうだったようだ。
なんでそう思ったのかというと、着用時に対面する人が特に中央の石を指して賞賛していた記憶が残っているからだ。「素晴らしい」とか「見事な発色ですね」などと褒められているので、今セットされている二級品のルベライトではないと思うのだ。
そもそも、裕福だった筈のアーバイル王国の王族が秘宝とするには、このネックレスのルベライトはあまりにも品質が低い。であれば恐らく中央の石は秘宝に相応しい希少で質の良い宝石だったと考えるのが自然だろう。
「ふむふむ。興味深いな。それで? どんな石があったのだ? そこに」
ガーゼルド様は興味津々に尋ねてくるが、私は首を横に振らざるを得ない。
「それが分からないのです。どうやら同じ赤系統の石であった、としか……」
ネックレスのどの石の記憶を辿ってみても、中央にあった石の記憶は出て来なかったのである。中央の石を讃える言葉には「まるで燃えているかのよう」という台詞があったので、多分赤だったのではないだろうか。
「ふむ……。赤ならルビーかガーネットか……」
考え込んだガーゼルド様だけどふと何かに気が付いた。
「そういえば、この今着いている中央の石の記憶はどうなのだ? 付け替えの時にその中央の石は見ていないのか?」
そこに気が付くとはさすがにガーゼルド様は鋭い。しかし私は頭を振った。
「分からないのです。実は……」
私はネックレスを手に取り、ダイヤモンドに囲まれたルベライトを手に取って少し捻って引っ張った。
するとその石はネックレスから簡単に分離した。ガーゼルド様は目を見開く。
「このネックレスは分解してブローチとしても使えるようになってるのです」
宝飾品にはよくある仕掛けで、ティアラが分解して髪飾りとブローチになったり、大きなブローチが分解して小さなブローチとしても使えるようになったりするのだ。
このネックレスのルベライトもそのようにして分解してブローチとして使われることが多かったらしい。そのため、ネックレスとして使われる場合も石が七つではなく三つだったり五つだったりする事があったようだ。
「なのでこの中央の石もいつも中央にあった訳ではなく、順番がよく入れ替わっていたようなのですよ」
色んな使い方が出来るだけにこの石達の使用頻度も高かったようで、どれも膨大な記憶を内包していたわね。これでは何処で出会った石が本来の中央の石なのか分からない。同じ赤い石では記憶に映っていても判別出来ないかもしれないからね。
そういう訳で私の鑑定は行き詰まってしまったのだ。
「ふむ。面白いな。その謎が解けさえすれば、このネックレスの価値はもしかしたら何倍にもなるかもしれないという事だな」
それはそういう事になるだろうね。滅びた王国の謎の秘宝という触れ込みがあれば、このネックレスを買いたいという貴族が殺到するかもしれないから。
「では、調べてみようではないか」
ガーゼルド様が当然のように仰ったが私はため息を吐く。
「どうやってですか? これ以上宝石の記憶を読んでも何か手がかりがないと分からないと思います」
ガーゼルド様が来るまで頭痛がするくらいルベライトの記憶を読んでいたのだ。あまりに記憶の量が多過ぎて頭がこんがらがりそうだ。
憮然と言う私の表情を見てガーゼルド様は声を上げて笑った。
「君らしくもなく発想が囚われているようだな。何も手掛かりは宝石のからのみ得られるものではあるまい?」
そうまで言われて私もあっと気が付いた。そうか。別にこのネックレスから手掛かりを得ないでも良いのか。
「ケセレン伯爵家から聞けば良いのですね」
「そういう事だ。それが一番早かろう?」
ガーゼルド様はそう言うと機敏に立ち上がった。
「では行くか。支度をせよ」
「え? 今からですか?」
確かにまだ日は高くはあるけど、それにしても拙速過ぎるのでは?
「私も君も暇ではあるまい。今日を逃したら何日後になるか分からぬではないか」
「ケセレン伯爵家への面会申し入れはどうするのですか?」
「皇族からの面会を断る者などいる筈がない。今から使者を走らせるさ」
……まぁ、確かにその通りだけども、ガーゼルド様は普段は慎重な癖に、こういう時はびっくりするくらい強引なのよね。
もっとも、私も忙しいのは確かだし、このネックレスの謎を早く解きたいと思っているのは私も同じだ。
「さぁ、早くいこう!」
ネックレスのルベライトとそっくりな色の瞳を、少年のように輝かせるガーゼルド様に、私は苦笑しながらも素直に右手を差し出したのだった。





