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宝石令嬢は帝宮で銀色の夢を見る  作者: 宮前葵
第三章 婚約編

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第三十九話 ネックレス詐欺事件(下)

 私の言葉にアルベール伯爵夫人は戸惑いを隠さなかったわね。それは、出入りの宝石商人が偽物だと断定したものを私がこうも執拗に称賛したら疑念も出てくるでしょう。


「そ、それは構いませんが、どのようにして証を立てるのですか?」


 私は自信満々にこう答えた。


「簡単です。皇族出入りの宝石商人に鑑定してもらうのですよ。そうすれば真実が分かるでしょう」


 私は左手を振って合図をする。すると、隣室に控えていた三人の宝石商人、バイイール男爵、ケヘラン男爵、ハイアール男爵がホールに呼び込まれる。三人とも全身を硬直させていたわね。男爵が皇太子殿下が出るような社交に招かれる事なんてあり得ない事だから。


 三人とも帝都最高の宝石商人で一流の目利きだ。この三人を騙せる偽物なんてこの世に無いと考えて間違いない。ちなみに全員、私が宝石商人であった頃からの知り合いである。


「さて、皆様。皆様はこちらのアルベール伯爵夫人のネックレスをどう見ますか? 忌憚のない所をお聞かせくださいませ」


 三人の男爵は跪いたまま怪訝な顔をした。私はこの時あえて三人になんの事情も話していない。単に呼び出しただけである。


 私の笑顔に向けて三人は愛想笑いを浮かべながらも視線で「何を企んでる! レルジェ!」と言っていたけどね。私は知らんぷりだ。


 私はアルベール伯爵夫人にネックレスを外してもらって、それを用意させた台の上に置いた。そして三人の宝石商人に見てもらう。三人は恐々ネックレスを覗き込み、顔色が変わった。まぁ、そうでしょうね。


「どうですか? ハイアール男爵?」


 彼はヴェリア様専属の宝石商人なので、私との付き合いも長い。私の正体も知っているから多少気安い関係だ。男爵は引き攣った表情で私を見た。


「どうもこうも。なんでこんな物がここにあるのだ、……ですか」


「アルベール伯爵夫人のネックレスですよ」


「伯爵夫人? あ、ありえぬ。伯爵家が所有出来るような宝飾品ではありませんぞ!」


「う、うむ。これはちょっと、とんでもない代物ですぞ」


「どこからの出物なのか」


 口々に驚きを口にする宝石商人たちに、アルベール伯爵夫人も困惑し、見守る皆様も騒めき始める。十分に間をとって私はハイアール男爵に尋ねた。


「ふむ。何がそんなに驚きなのですか? 男爵?」


 ハイアール男爵は首を横に振りながら答えた。


「このダイヤモンドは品質が高すぎます」


 本物偽物の話を遥かに通り越して、ハイアール男爵はダイヤモンドの品質の話をしだした。アルベール伯爵夫人はますます混乱した様子で言った。


「ど、どういう事なのですか?」


「私から説明をいたしましょう」


 私はスカートを翻して踊るようにホールの中央に進み出ると、大きく両手を広げて、夫人だけでなく場の全員に届くように大きな声で言った。


「ダイヤモンドの品質を決める要素はなんだか知っていますか? 伯爵夫人」


 アルベール伯爵夫人は急にイキイキとしだした私の圧にのけ反りながらもなんとか返答した。


「い、石の大きさと透明度でございましょう」


「その通りです。付け加えればダイヤモンドの品質を決めるのは石の重さ、透明度、色、輝きです」


 これを通称4Cという(carat、clarity、color、cut)。


「つまりダイヤモンドは大きくて、透き通っていて、色が良く、強い輝きを持っているほど品質がよく高価なのですよ」


 なので大きくても濁っていたり、他が良くてもカットに失敗して輝きが弱ければそのダイヤモンドは価格が大幅に安くなる。


 ヴェリア様の結婚衣装のティアラに使用するブルーダイヤのリカットを、ハイアール男爵のところの職人が尻込みしたのは、ダイヤモンドを活かすも殺すもカッティング次第なところがあるからだ。


 なんでダイヤモンドはそれほどカッティングが重要視されるのかといえば、ダイヤモンドほど光を透過させた時に増幅させる石は他にないからで、正しくカットされたダイヤモンドは石の中で光が何度も反射して強い輝きを放つのである。


 もちろん、石が大きく内容物も少なく、透明度が高ければ輝きはそれだけ強くなる。


 最高の天然素材と最高の技術が合わさって出来上がるのが最高品質ダイヤモンドなのだ。正に宝石の皇帝。その価値は他の追随を許さない。


「このネックレスに使われた。四色のダイヤモンドの品質は最高クラスです」


 何しろどれも大きさは4から5カラットくらいはある。稀に見る大きさだ。これだけでも途方もないお値段になる。


 ところがそれだけでなく、その透明度もただ事ではない。もちろん、ルーペで以て詳細に観察しないとインクルージョン(内容物)の量は判断出来ないのだけど、この大きさのダイヤモンドで一見して濁りが見られないというだけでも、滅多にない事なのだ。


 しかも色も素晴らしい。クリアのダイヤは本当に透明で、他の黄色、赤、青のダイヤも色むらが見られず素晴らしい発色。


 そしてその輝きの強さは高い技術でカッティングされた事を示している。


 正に最高品質のダイヤモンドが集合したネックレスというべきである。一流の宝石商人なら瞠目せざる得ない代物なのだ。


「これだけの品。貴方なら幾らの値を付けますか? 男爵?」


 私の問いにハイアール男爵は「お前なら分かってるだろうに」という顔をしながら答える。


「無理です。値など付けられませぬ」


「う、うむ。これはちょっとウチの店では扱いきれぬ」


「とてもではないが取り扱えませんな」


 三人の宝石商人は口々に言った。いずれも名高い、帝都最高の宝石商人である彼らでも取り扱えない宝飾品だというのである。


 商人には扱える商品の限界というものがある。


 商人が分不相応な程の高価な商品を仕入れてしまった場合、それがすぐさま売れなかった場合は仕入れ費用がそのまま損失になってしまうからだ。なので中堅のロバートさんの店では皇族が着用するような一級品の宝飾品は取り扱う事が出来なかった。私が今身に付けている宝飾品一揃いで、ロバートさんの資産を軽く超えてしまうからね。


 しかし、皇族の宝飾品を日常的に納入しているハイアール男爵たちは当然だけど、一流品の宝飾品を多少在庫にしても耐えられるだけの資産を持っている。しかし、このネックレスはそんな彼らでも在庫として抱えられないという事なのである。


 つまり、このネックレスはそれくらい高価な代物なのだ。私はニコニコと微笑みながらアルベール伯爵夫人に問い掛ける。


「夫人。貴女はこのネックレスをバグラーツ伯爵夫人からおいくらで購入したのですか?」


 あんまり優雅ではない質問だったけど、アルベール伯爵夫人は場の雰囲気に呑まれたのか素直に答えてくれた。


「さ、三万リーダでございます……」


「まぁ! 三万リーダですって!」


 それなりに高額ではある。このネックレスのダイヤモンドが私があの時見たような二級品だったならそのくらいの値段だっただろうね。しかし、今のこのネックレスの価値はそんなものではないのだ。


「一桁違いますわ。ねぇ、男爵?」


 ハイアール男爵は段々状況を察したのか、本気で巻き込まれたくなさそうな、嫌そうな顔をしていたが、準皇族の言葉を無視する訳にもいかない。


「……そうですな。最低でも三十万。いや、五十万リーダか……」


 見守っていた高位貴族の皆様からどよめきが起こる。全員が当たり前に大資産家である高位貴族でも、五十万リーダというのはそうそう出せる金額ではない。何しろお城が普通に建つお値段なのだ。


「良い買い物をしましたねぇ。アルベール伯爵夫人。大事にするとよろしいですわよ」


 私がにーっと笑うと、アルベール伯爵夫人の表情が真っ青になった。アルベール伯爵家の資産はおそらく五十万リーダに届かないだろう。つまり、自分の家の総資産よりも高額なネックレスを首から下げる事になる訳である。手が震えてしまってテーブルからネックレスを取り上げられないでいる。


「それにしても太っ腹なのはバグラーツ伯爵夫人ではありませんか。本来の十分の一以下の値段でこのような素晴らしいネックレスをお譲りするなんて!」


 私が歌うように言った言葉に、その場の全員の視線がバグラーツ伯爵夫人に集まってしまった。


 バグラーツ伯爵夫人は四十二歳。少し豊満な体型で髪の色は薄茶色。瞳の色は水色だ。その水色の瞳を見開き、顔は真っ青になって汗まみれ。お化粧も崩れてしまっていたわね。


「な、なぜ……。ど、どうして……」


 バグラーツ伯爵夫人は呻いていたけどそんなの知ったことではないわよね。私はホールを大股で歩いて夫人の方に近付いた。


「この私が『良いものだ』と保証してあげましたでしょう? それとも、私の目が信じられなかったのですか?」


 私は滑るように進み出ると、伯爵夫人を間近から笑顔で睨んだ。


「あんな『皇族の秘宝』にも匹敵する宝飾品をわざわざ安価で売りに出した、その理由を是非伺いたいですわね?」


「こ、皇族の秘宝?」


「そもそも、そんな貴重なネックレスがどうしてバグラーツ伯爵家にあったのかから調べましょうか? いつどこでどうやって手に入れたのか。貴女のお家に出入りしている『宝石職人』なら何か知っているのかしらね」


 私のこの言葉で、バグラーツ伯爵夫人は私が彼女の企みの何もかもを把握してる事を察したらしかった。


「お、お許しを……」


「何を許すというのですか? 貴女は何もしていないではありませんか。国宝級の宝石を安値で売り払ったという愚かしい行為以外はね!」


 私が笑顔のままグイグイと詰めると、ついにバグラーツ伯爵夫人は突然、泡を吹いてひっくり返ってしまった。彼女の夫である伯爵やお付きの者たちは慌てたけど、私は意に介さない。この私の誇りを傷付けた者に慈悲などかけない。


 そして遂にアルベール伯爵夫人が泣き出した。


「お許しを! レルジェ様お許しくださいませ!」


 高位貴族夫人が一人は倒れ、もう一人は声を上げて泣き出すという異常事態に、会場は混沌としてしまって夜会どころではなくなってしまったわね。事情を知っている皇太子ご夫妻は笑い転げていたけど。


 ま、これで多少溜飲は下がったかな。全然足りないけども。あんまりやり過ぎて今後の私の評価が悪くなり過ぎても困るからね。このくらいで勘弁してあげましょう。


 私はガーゼルド様の元に戻ると、彼が苦笑しながら差し出したグラスの水を、一気に飲み干したのだった。


 ◇◇◇


 つまり、アルベール伯爵夫人もグルだった、という事である。


 動機は「元男爵令嬢である私がチヤホヤされているのが気に入らなかった」からとかいう、しょうもないものだったらしいわね。私に恥をかかせてやりたかったのだろう。


 つまりバグラーツ伯爵夫人はまず例のネックレスの本物(もちろん石は二級品だったけど)を私に見せて私から「良い品ですね」という言葉を引き出す。


 そしてアルベール伯爵にネックレスのレプリカ(ダイヤモンドは色水晶に置き換えてある)を売る。アルベール伯爵夫人は出入りの宝石商人にネックレスを見せ、偽物だとの鑑定を受ける。


 そうして暗に「レルジェ様が鑑定を間違えた」と騒ぎ立てる。そういう企みだったのだ。


 このやり口の巧妙なところは、あからさまに私を誹謗中傷する事なく、私の宝石についての信用を失墜させる事が出来る点で、しかも動かぬ証拠としてレプリカのネックレスが存在するので私は言い訳も出来ないという点にある。


 まぁ、ガーゼルド様の婚約者である私の名誉を貶めるような真似をしたら、ガーゼルド様とグラメール公爵家が怒って少なくともバグラーツ伯爵家は必ず重い処罰を受ける事になったでしょうけどね。そういう気は回っていなかったのか、私はまだ婚約者だからと甘く見られたのか。


 しかしながら例えばバグラーツ伯爵家が取り潰されても、私が鑑定に失敗したという事実は残る訳である。むしろ「恥をかいたレルジェ様の逆ギレで」取り潰されてしまったバグラーツ伯爵家に同情が集まってグラメール公爵家が逆に批判されたかもしれない。


 そういう事を考えればグラメール公爵家としても重い処罰を下せないんじゃないかという計算もあったのかもしれないわね。


 しかしそんな事になれば私は今後一生、貴族たちから宝石鑑定能力について信用されなくなるだろう。それどころか宝石商人ギルドで「レルジェが馬鹿をやった」と笑われ語り草になってしまう事だろう。


 そんな不名誉な事態は私にとっては許せない事だった。それを防ぐには「私は鑑定を失敗してなどいなかった」という事実を、全貴族界と宝石商人達に知らしめる必要があったのである。


 私はまず、帝宮の宝物庫に行った。


 そこで皇族の秘宝である、四色の最上級のダイヤモンドをお借りした。そしてそれを例のネックレスに合うようにカットし直させた。ちょっと大きさが縮んでしまったがこの際やむを得ない。


 同時に、ガーゼルド様が部下を使ってバグラーツ伯爵家を調べさせる。出入りの宝石商人を突き止めて例のネックレスのレプリカを作った職人を見つけ出し、職人からネックレスの図面を奪う。


 そしてその図面を元に帝宮の宝物のダイヤモンドを使い「レプリカのレプリカ」を作成したのだった。出来上がったネックレスはハイアール男爵が「五十万リーダ」と評価したのも当然のとんでもない仕上がりになった。そりゃそうよね。元が皇族の秘宝だもの。


 私はそれをドレスのスカートの裾に作ったポケットに潜ませ、アルベール伯爵夫人からネックレスを受け取った時にわざと取り落とした際に、すり替えたのである。その後はご覧の通りだ。


 これによって「レルジェ様は鑑定に失敗してなどいなかった」という事が明白になり、むしろ「超一流品の宝飾品をそうと見抜けなかった」バグラーツ伯爵夫人とアルベール伯爵夫人(ついでにアルベール伯爵家出入りの宝石商人)に恥をかかせる事に成功したのだった。


 同時に私はレプリカのネックレスを押収出来たのでバグラーツ伯爵夫人とアルベール伯爵夫人の行った企みの証拠を握る事が出来た。二人の計画は私を陥れようとしたのだから、皇族に対する不敬行為、下手をすると反逆行為に当たる。これは家は取り潰し、本人たちは斬首の刑に処されても全然おかしくない行為である。


 しかし私はあえて彼女たちに直接の罰は与えなかった。これは何も慈悲ではなく、彼女たちの口から私の恐ろしさを貴族たちの間に広めさせるためである。そうしないとまた私が舐められて、似たような行為を企む者が出てきかねないからね。


 実際、両夫人は震え上がり、夫婦ともども私に何度も贈り物をして謝罪をしにきたものだ。もっとも、何について謝罪をすると明確には出来なかった(罪が明らかになったら罰さねばならなくなる)から、何も言わない私に向けて、ただひたすらに震えながら頭を下げ続けるしかなかったんだけどね。


 社交の場でも「レルジェ様は恐ろしい方だ」と言い回ってくれたらしく、おかげで私はむやみやたらと社交に招待される事がなくなった。それまでは与し易いと、思い通りに動かし易いと見られていたからあんなに社交に招かれていたのだ。


 ちなみに私が作らせたあのとんでもないダイヤモンドのネックレスは「このようなものは我が家には分不相応である」としてアルベール伯爵家より皇帝陛下に献上された。皇帝陛下は対価を与えようとしたのだけど、伯爵家は固辞したそうだ。それは受け取れないわよね。


 皇帝陛下は苦笑していたわね。もちろん、事前にちゃんと許可はもらっていたわよ。両陛下にお願いに上がると、皇妃陛下が「いいわよ!」と食い気味に許可を下さったのだ。


 皇族の秘宝がちょっと形を変えて戻ってきただけなのでなんの問題もない。四色ダイヤモンドの内、特にイエローダイヤモンドは皇帝陛下の簡易冠に使用されていた逸品だったのだけど、ちゃんと代わりのダイヤモンドを購入して後日はめ込んだから問題ない。ヨシ。


 ちなみに、あのネックレスは「レルジェの四色ダイヤネックレス」と呼ばれるようになり、結局何かというと私が着用させられるようになる。お前が作ったんだから責任を持って使え、ということなのだろうね。


  ◇◇◇


「君も怒ると怖いのだな」


 とガーゼルド様は笑っていたけど、傷付けられた私の宝石商人としても信用を取り戻すにはこれしかなかったのだ。


 自分自身で築き上げてきた宝石商人としての信用と誇りは、私にとって何者にも代え難いものだったのである。そのためなら皇族の秘宝だろうがなんだろうが惜しくはなかった。なりふり構ってはいられなかったのだ。


「君の一番大事なものが私ではないのは残念だが、私の一番大事な君の事だからな」


 と言ってガーゼルド様も全面協力してくれた。さっき言ったアルベール伯爵夫人のところにレプリカを納めた宝石職人を捕まえて図面を奪い、ついでにその職人にレプリカのレプリカを作らせたのも全部ガーゼルド様の手配だ。


 そういう事を実に楽しそうにやってのけるのがこの人らしいのよね。しかも押し付けがましいところがないのだ。


 私はさすがに申し訳ない気分になって、例の夜会の直前に言った。


「ガーゼルド様も忙しいのに、お手間をお掛けして申し訳ありません」


 するとガーゼルド様は案外真面目な顔で言ったのだ。


「レルジェ。君が必要だと思った事なのだろう? それなら婚約者の私が手伝うのは当たり前の事なのだから、君が謝る必要はない。謝るのは私に無用なことをさせた時だけでいい。だが私は君が無駄なことなどしないと信じている」


 ……なんというか、私に対する絶大な信頼感を感じさせるお言葉だったわよね。私は首を傾げてしまう。


「私は、それほどガーゼルド様のご信頼を預かるほどの事を致しましたでしょうか?」


 それは私はガーゼルド様と色んな事件を解決したり問題事を乗り越えたりはしているけども、私は大した事はしていないし出来ていないと思うのだ。


 大体の時はガーゼルド様一人でも何とかなったのではないかと思えたし、とにかくこの人はいつも隙なく完璧なんだもの。私はなんとなく、この人の後ろをずっとついて歩いているような気分でいるのだ。


 私にはそれが、なんだか気持ちが悪い。私は孤児院出身だし、働き出してからは宝石商人として独り立ちする事を最大の目標にしてきた。つまり、独立独歩で生きて行くつもりだったのである。


 今回、宝石商人としてのプライドにあれほど拘ったのはそれが私が一人で生きていくための寄る辺であったからだ。結局、私は一人で生きていけない状況になるのが怖かったんだと思う。


 そんな私がガーゼルド様に守られている。実際、守られないと私は貴族社会で生きていけないんだから仕方がないんだけどね。でも、それがなんだか私には良い気分ではないのだ。


 でも、ガーゼルド様は私を守ってやっている、という態度ではないのだ。むしろ私を立て、信頼し、時には頼りにしてるような様子を見せる。私はそんな大した人物ではないと思うのに。私なんてぜいぜい自分一人でやって行くのが精一杯な女に過ぎないのに。


 ガーゼルド様は戸惑う私を見ていつものように楽しそうに笑った。


「君も案外自己評価が低いのだな。いいかね? 人が他人を信頼する時というのは『この人物は自分に欠けているものを持っているな』と思った時だ。私は君といれば君が私の足りない部分を補ってくれると思った。だから君を信頼し、愛しているのだよ」


 なんだかガーゼルド様の大きな身体がずしっとのし掛かってきたような気持ちがしたわね。私は少し狼狽しながら言った。


「ガーゼルド様に何か足りないところなどありますでしょうか?」


 この完璧超人に。


「あるさ。欠けたところのない人間などおらぬ。まぁ、私は自分に欠けた所を、君に会って初めて気が付いたのだがな」


 彼は大きな手を伸ばし、私の頬を撫でた。


「私は君に満たしてもらった。私も君の欠けた部分を満たしてあげたい」


 ……私なんて不完全そのもので欠点だらけだから、ガーゼルド様に補ってもらってばかりなんだけど、ガーゼルド様の欠けたところって何だろうね?


 私はそう疑問を持ったんだけど、とりあえず私がガーゼルド様に一方的に庇護されているのではなく、私も何か彼の役に立てているのだという事が分かって、少し気分が楽になったのだった。


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― 新着の感想 ―
色々と感想はあるにはあるのですが、これだけはツッコませて下さい。 >> ヨシ。 じゃない!wwwww
みみっちい嫉妬から、一・ニ家系処断になりかねぬ大ごとに……。  バクラーツさんの身内などにとっちゃ、とんだとばっちりですが、物理的な極刑にならなかっただけ、マダマシナノカナ???  しかし、レルジェ…
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